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#離婚
#ヒトコワ
#仕事
直樹が死亡し、彼が収容されていた独房の遺品が私の元に届けられた。
といっても、差し押さえを免れたものは、古びたノート数冊と、書きかけの紙屑だけ。
私はそれらを「ゴミ」として処分するため、事務的に目を通していた。
その中に、一枚のひどく黄ばんだ便箋があった。
日付は10年前
私たちが入籍して間もない頃のものだ。
『詩織へ。今日の家計簿だが、1円のズレがある。……いや、そんなことはどうでもいい。本当は、お前が笑っているだけで、俺の胸の奥にある「空洞」が埋まるような気がしているんだ』
文字はそこで途切れていた。
筆跡は荒く、何度も書き直した跡がある。
数字で人を縛ることでしか自分を保てなかった怪物が
一瞬だけ、その計算機を捨てて「人間」になろうとした証拠。
「……今更、何よ」
私はその紙を、父の万年筆でぐしゃぐしゃに塗り潰した。
愛を知らなかった男が、愛に恐怖し
それを「支配」という名の数式に無理やり当てはめて壊した。
その未熟な「迷い」さえも、今の私にとっては、一円の価値もない不渡り手形に過ぎない。
「詩織さん。……感慨に浸っている暇はなさそうです」
山崎さんが、厳しい表情でタブレットを差し出した。
直樹の死という空白を突くように
国内最大手の不動産デベロッパー「帝国開発」が、ルーツ・ガーデン周辺の再開発計画を強引に発表したのだ。
「彼らは、行政と結託してこの一帯を『特区』に指定し、ルーツ・ガーデンを強制収用する構えです。直樹のような小細工ではなく、圧倒的な『資本の暴力』で、この土地を更地にしようとしています」
デベロッパーの代表は、かつて父を裏切り、直樹に知恵を貸していた経済界の古狸だった。
「……なるほど。直樹という『駒』が消えたから、今度は本尊が出てきたというわけね」
私は、直樹の遺した未完成の手紙をシュレッダーに放り込んだ。
過去の感傷に一秒でも割く時間は、今の私には「経営上の損失」だ。
「山崎さん。帝国開発の株主構成と、彼らが抱えている『不良債権化しそうなプロジェクト』をすべて洗い出して。……相手が資本で殴ってくるなら、私は彼らの『信用』を一円単位で削り取ってあげる」
【残り22日】