つまらん話をされたんだ。
会社の所謂(いわゆる)、おつぼねさんっていう奴からだった、もう五十を越えているのにOLさん一筋で頑張ってるおばはんからだった。
何か、気付いてないから可哀想でぇ、とか何とか言いながら、俺の女房が浮気してるとか何とか、子供も他人の子供だったら俺君カーワーイソーウ! 的な事を、ニヤニヤしながら会社の内勤全員に向けて、まあ、優しさだろう…… 言いふらしやがったんだ!
俺は、おつぼねさま? まあ、良く知らんがブッ細工なおばはんを殴り付けた、皆見ていたし、しょうがない…… クビだろうなぁ…… そう思ったよ。
その日は終業を待たずに帰ったんだったな、ガラにも無くちょっと高い焼酎なんか買っちゃったりして。
もう、毎日のように酒に溺れてる俺を、まだアイツは心配してくれていたっけ……
こんな早い時間からどうしたの? だったっけな、ははは。
聞いた事しかなかった焼酎は、やっぱり美味かったな、ドンドン進んだよ、それで、言わなくて良い言葉、いや、墓までとか適当な覚悟で決めていた事を、口にしてしまったんだ。
いつものように、俺に纏(まと)わり付いて、今日あった事を楽しそうに大声で話してくれる二人の息子の姿が嬉しくて……
「おい! このガキ共をあっちに行かせろ! 全く、どこのどいつのタネで作りゃあこんなアホガキが生まれるんだかっ!」
はははっ! そう笑って、続けてからかうように……
そんな軽い気持ちで、可愛い息子達の姿を、褒めるように、言ってしまったのであった……
言った、言ってしまった瞬間に、アイツの顔にツンドラのブリザードが浮かんだっけ……
俺自身も、
「あ、しまった!」
って心の中で思っていた、そうフェミニスト偏重(へんちょう)気味のアメリカ人女性の前で、男女の差異を口にしてしまった、女性みたいにな……
笑い飛ばしていれば、あんな結果にならなかったかもしれない。
俺が慌てて固まってしまった事で、アイツの表情は更に冷たい物になってしまっていた……
その夜、アイツは二人の息子を連れて、実家のある静岡に帰って行ったんだ。
その後は、会いたいなんて俺の希望が叶う事は、二度と無かったんだよ。
アイツを愛する家族の皆が、酷くて嫌な家族だった、俺の排除に本気を出したんだった、な。
その頃はもう、全部話してもう一度やり直そうって俺は考えて居たんだ。
最初に子供が出来たって聞いた時から分かっていた事、それを気付かない振りをしてでも家族、父親として一緒に暮らしていたかったって事。
本当の父親では無いのに、無邪気に懐いてくる息子達が、可愛くて仕方なくて、自分の種じゃないから良い子達なんだな、そう思って、ふざけた言葉を口にしてしまった事。
しっかりと説明して、ちゃんと詫びて、そうしてもう一度家族一緒にやり直してくれるように頼んでみよう、そう思っていたよ。
しかし、アイツの家族は俺をアイツや息子達に会わせてはくれなかった、そりゃそうだろう、酒に溺れ、職を失い、ましてや有り得ない暴言を吐いた男だ。
大事な家族を危険な目に晒したくないのは当然だよな。
でも…… それは…… 俺だって、俺も同じだったんだよ……
長い時をつまらない奴等との話しに費やし、どうやら俺とアイツは『他人』ってやつになっちまったようだ……
離婚調停が終わり、互いに納得したと書面に残した後は、急激に俺とアイツ、二人の愛しい息子の間に立ち塞がっていた奴等に、油断、緊張の緩和が見て取れたんだ。
俺は思ったな、ここだ! ここで一気に決めるって。
特段、取り柄も無く、見た目も自分では普通の下だと思っていた、仕事も出来ない、何とか縋り(すがり)付いてまともでいよう! そんな気持ちだけで頑張っていた俺をアイツは、伴侶として受け入れてくれた。
あの優しい彼女が、正直に自分の罪を認めて、今後は改善することを伝える俺を、頭から否定するなんて事、考えも付かなかったからな。
今、思えば、万が一、億が一、彼女が聞き耳持たなかったら……
そんな、事になったら?
そう、俺はそんな最悪の事、有りもしないであろう可能性を想定してしまったんだ……
もし彼女が、アイツが問答無用で俺を只の、通り過ぎた過去と断じるのならば……
殺してしまおう…… と……
せめて、あの可愛らしい息子達だけでも確保しようと、愚かにも思ってしまったのだ、あの時の愚かな俺は……
以前の妻を殺めた、異常な旦那、父親が、残された子供と楽しい生活を過ごせるなんて、社会が、世の中が、人間が許す訳無いなんて、知っていたのに……
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