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戦場に向かって、スライムたちを抱えた私とコウカが走っている。
ショコラはまるでシュークリームに手足が生えたようなシュールな物体を召喚し、それに抱えられながら移動しているので到着するまでの間、私の質問に答えてもらっている。
「王族が戦場に出るものなの?」
「我が国の王族は建国当時からそのようにして、民に応えてきたのですわ。だからこそ民も我々に託してくれるのです。ショコラはそう教えられてきました」
このようにショコラが正体を明かすまでと同じような話し方をしているが、私も最初はかしこまって話そうとしたのだ。
だがショコラに前までと同じように接してほしいと言われたので、仕方なくこの口調で話している。
また街の門から駆け出した時、最初にショコラから謝られた。
なんでも、王女ということを隠してここまで突き合わせてしまったと気に病んでいたようだが、薄々気づいていたことを話すと驚いていた。
結構あからさまな感じだったのだが、気付いていないと思っていたらしい。
まあそれはさておき、遠くで見えていた魔物の影がはっきりと見えるようになってきた。
◇◇◇
「第二騎士団、第一から第三騎士小隊を右翼のファングリザードに当たらせろ! 中央にはガトー隊を回す、第一魔導士団、第一と第二小隊を右翼に残して、中央のガトー隊を援護させろ!」
王都から離れて築かれた防衛線でラモード王国国王、プディンガル・アララ・ラモードが獅子すら怯むような大声で兵士たちに指示を飛ばす。
それを聞いた兵士たちが一刻も早く伝令するために風の魔法で各所に声を飛ばす。
「エクリアンの部隊はどうか」
プディンガルの隣で控えていた、屈強な男が口を開く。
「想定外の事態も起こっておらず、堅実に兵とガトー隊を運用しておられるようです」
「わかった。何かあれば知らせてくれ」
「ハッ」
男が一礼して下がると、風の魔法を使うバケツリレー方式で各所の報告を受け取っていた兵士の1人がプディンガルに声を掛ける。
「報告! ダンジョンから6体のワイバーンが飛び立ち、こちらへの進路を取りました!」
「……竜騎士隊の準備を急がせよ!」
報告を受け、戦況が変わるごとに司令官であるプディンガルは冷静に戦場の部隊を動かしていく。
だが次に受ける報告は彼にも予想ができないようなものだった。
「南東の方角からロックボアの侵攻あり。しかし、突如現れたガトー隊によって討伐された模様です!」
「何!?」
思わず声を荒げたプディンガルの元に新たな情報が舞い込んでくる。
「続報です! 南東方面に現れたガトー隊はショコラッタ王女のものです!」
プディンガルの目が密かに見開かれた。
◇
シュークリーム、パンケーキ、マカロンなどのお菓子を模した兵隊が体から岩を生やした猪を数で圧倒していく。
フェール・デ・ガトー。ショコラが言うにはラモード王家に伝わる“ガトー”というゴーレムの生成魔法であるらしい。
生成された後、術者が指令を出すとその目的のために独立して動く、半自立型のゴーレムだとか。
見た目はシュールだが、見た目からは想像できないくらいに強い。
コウカも負けじとロックボアの柔らかい部分を狙ってはロングソードで切り裂いていく。
ヒバナとシズクは魔法による攻撃がロックボアには効きづらいことから足止めに徹しているようだ。
「ユウヒ様。ここはガトーたちに任せて、お父様の元へ向かいましょう!」
ロックボアの数が減り、ガトーだけで対処できそうなので私たちはショコラのお父さんである国王様がいる司令部まで向かうことにした。
戦っている兵士たちの邪魔にならないように防衛線の後方を通りつつ、遂には司令部へと辿りつく。
「中央の第一魔導士団を全て右翼へ回せッ!」
私たちのいるところまで響く大きな声に驚いて、思わず肩が跳ねる。
声の主は立派な顎髭を蓄えた金髪の男だった。男は豪奢な服を身に纏っていることから、相当地位が高いことが窺える。
その男は大きな声でずっと兵士に指示を出していたが、一旦それが収まるとこちら――ショコラを見て、厳つい顔をさらに顰めた。
「……ショコラッタ、なぜここに来た」
厳しいその口調に怯むことなく、ショコラは男へと歩み寄る。
彼女は男の目をまっすぐに見つめたまま、口を開いた。
「……それは私がこの国の王女だからですわ! 民の想いを背負う者として、私は今ここにいます!」
ショコラと男が見つめ合っている。恐らくこの人が国王様、つまりショコラの父親なのだろう。
先程の国王様の問いは厳しい口調だったが、それはきっと彼のショコラを危険に晒したくないという気持ちから出たものだ。
彼女の大切なものを奪った父ということだったが、やはり彼女への愛情は本物なのだ。
この国では王族は兵を率いて戦うらしいが、父親としては未だ幼いショコラを戦場に出したくはないだろう。
ショコラの言葉を聞き、その顔をジッと見つめていた国王様の顔がさらに険しく――はならなかった。
突然、国王様の顔が破顔したためだ。
「それでこそ、我が娘よ! 小隊をいくつか下に付けよう。お前のその信条を示してみよ、ショコラ!」
「はい、お父様!」
その光景を見ていた兵士たちが沸き上がった。士気が上がり、それが戦場全体に伝搬していく。
何故士気が上がるのかよく分からなかったが、明らかに戦場の雰囲気は変わってさっきまで切羽詰まったものが漂っていたのに今はお祭りのような感じになっている。
……これは一体なんなのだろう。
「してショコラ、彼女たちは?」
ボーっと考え事をしていたため、国王様にジッと見られていたことに気付いてなかった。
失敗した、と私の額に冷や汗が浮かんでくる。
「この方々はユウヒ様、コウカ様といい、ショコラのお友達ですわ。お2人とも冒険者なのですが、ショコラがここに来る手助けをしてくださいましたの」
「ふむ……」
国王様が品定めするように目を細めて私を見ている。
こういう時の仕草はどうすればいいのか全然知らなくて、パニックになりそうだ。
とりあえず跪くかと膝を曲げようとしたら、国王様本人から制止の言葉がかかる。
「いや、無理に畏まらんでもよい。ショコラを無事にここまで連れてきてくれたこと、そしてショコラの友人となってくれたこと、礼を言おう」
「も、勿体ないお言葉です!」
流石に腰を直角に曲げ、頭を下げた。
「ハハハ、無理に畏まらんでもよいと言っただろう。そちらの子は全然畏まっておらんぞ」
えっ、と首だけを回して隣を見上げると澄まし顔のコウカがその場に突っ立っていた。
「それでよいのだ。ショコラの友人なら、私の友人とそう変わらんのだからな!」
いや、それは全然変わってくるだろう。
「ユウヒ様、これがこの王国の在り方なのです。義理には義理を、好意には好意を、そうしてこの国は成り立っているのですわ」
本当にそれでいいというのなら従う他ない。
貴族に対する所作など、そんなものは全然知らないのでこう言ってくれるのがありがたいというのは確かなのだから。
周りの兵士たちも気にした様子はないので、それだったら大丈夫なのだろう。
「陛下、竜騎士隊の準備が完了しました!」
「よし、竜騎士隊には敵ワイバーンが到来するまで地上部隊の支援をさせよ」
兵士の1人が国王様への報告に来た。
竜騎士というのは正確には分からないが、騎士が竜の上に乗っている姿を想像する。
「お父様、ワイバーンが来るのですか!?」
ショコラの疑問は全く違うことのようでワイバーンが来るということにひどく驚いていた。
ワイバーンとは即ち空を飛んでいる飛竜というものだろう。
今まで見たことがないのでどれくらい危険なのかは分からないが、ショコラがあれだけ驚くほどなので厄介な相手であろうことは確かだ。
「うむ。だが6匹がダンジョンから飛び立ち、それ以上は観測されていないようだ。竜騎士隊で対処できない数ではないだろう」
国王様の言葉を聞いて、ショコラが安堵する。
私たちがワイバーンのことを気にする必要はないということだ。
「ショコラ。右翼の第二騎士団、第一魔導士団とともに魔物の討伐に当たるのだ。ユウヒ殿、コウカ殿、どうかショコラを守ってくれ。……フィナンシアもいるな?」
「はい、陛下。ここに」
国王様が急に明後日の方向を向いて誰かに囁きかけたかと思うと、いつの間にか栗色の髪を編み込んだ女性が国王様に向かって頭を下げた状態でショコラの隣に立っていた。
急に現れた女性にショコラが飛び上がる。
「フィナンシア!? どうしてここにいるんですの!?」
「姫様が心配でしたので」
顔を上げた女性は切れ長の目を細め、ショコラの問いに素気無く答える。
このフィナンシアさんという女性は普段からショコラの侍女を務めているらしく、ショコラが家出している間もずっと彼女のことを見守っていたらしい。
「彼女、気配を感じさせませんでした。強い人なんだと思います」
「うん、だろうね」
私もそんな気配を全く感じなかったし、さっきも気配を感じないうちにショコラの隣に立っていた。
侍女とは聞いたがコウカの言う通り、相当な手練れなのだろう。
そうして向かった右翼での戦いでは統率の取れた騎士と魔導士の連携、そしてショコラのガトー隊が活躍しているため私たちはそのカバーへと回っていた。
コウカは最前線を動き回り、騎士たちを手助けしているようだ。
一方、私は後方にいるショコラの側で周囲を警戒している。
ショコラの前方には魔導士隊がいるので、その近くでヒバナとシズクも攻撃に加わっているが如何せん数が多い。
私たちが戦っているのはファングリザードという口から牙が飛び出している恐竜のような魔物だ。
その魔物は体の表面に鱗があり、剣が通りにくいので基本的に騎士やガトー隊が足止めし、魔導士隊がとどめを刺すという戦い方をしている。
攻撃力、防御力、機動力、それに加えて数が多いという厄介な魔物だが、ショコラのガトー隊のおかげで前方の騎士たちも余裕をもって対処ができているようだ。
ショコラの侍女であるフィナンシアさんは戦わないのかと聞くと、「私は姫様の侍女ですので」とショコラの側を離れようとはしない。
――そんな時だ。
突如前方に展開していた一部の魔導士隊が立っている地面が地響きと共に崩れ、何かが飛び出してきた。
魔導士は瞬時に飛び退いたので命を失うことはなかったが、腕と足を負傷した者が出てしまったようだ。
「アーススネークですわ! 魔導士隊は散開して距離を取ってくださいまし!」
ショコラが魔導士隊に注意喚起すると同時に指示を出す。
そのアーススネークという魔物はその名の示す通り、地面を潜って移動する蛇なのだろう。
さっき飛び出してきたそれはもう一度地面に潜ってしまったようで、どこから現れるか分からない。
そんな相手を放置しているとファングリザードとの戦いにも大きな影響を及ぼしかねないので、早急に対処する必要があるだろう。
「ショコラ、アレを倒すにはどうすればいいの?」
「地上に出てくる瞬間を狙うしかありませんわ。幸いにして、アーススネークが地面に潜っていられる時間はそう長くありません。必ず顔を出すはずですわ」
そんな話をしていた直後のことだ。
地響きと共にショコラの右前方からアーススネークが飛び出し、ショコラ目掛けて飛び掛かってきたのだ。
「危ない!」
「きゃっ!」
咄嗟に私は空いている右手でショコラを引っぱるような形で抱き寄せ、この場を離れようとしたが……少し遅かったようだ。
このままでは私ごと――そう思った時、私は目の前で起こったことに目を見開いた。
蛇が目の前で地面へと引き倒され、潰れていたのだ。
いったい何がと思うまでもない。目の前には蛇の死体の他に巨大なメイスを振り下ろしたフィナンシアさんが立っていたのだから。
「ユウヒ様。姫様をお守りくださり、ありがとうございます」
「も、もう、フィナンシア! あなたならもっと早く動けたでしょう!」
「まあ……ですが、必要なことでした。試験のようなものだったと理解しておいてください」
「試験ってなんの試験ですのよ!」
「姫様が気にする必要はありません。それよりも、アーススネークの増援です。指示を出さなくてもよろしいのですか?」
淡々と言葉を紡いだフィナンシアさんはそれ以上話そうとはしなかった。全く慌てていないし、強い人はやっぱり違うなという感想を抱くばかりだ。
ショコラが慌てて指示を出す中、兵士のすぐ近くに地中からアーススネークが飛び出してくる。
そうしてまた私は驚くような光景を見た。
口を開いた巨大な蛇が兵士に噛み付こうとして、直前で何かに弾かれたように見えたのだ。
――まさか。
今度は心当たりがあったので左手に抱えているノドカを見ると、ノドカはヒバナとシズクのように大きなスライムへと進化を果たしていた。
「ノドカ……進化したんだね」
さっきの一瞬、ノドカが魔法を使ったのだろう。
ノドカは風属性のスライムだ。多分、風の壁のようなもので押し返したものだと思われる。
アーススネークは再び顔から地面へ潜ろうとするが、地面に顔を付ける直前で動きが止まる。
理由はすぐに分かった。ノドカが妨害しているのだ。
そうして潜って隠れられないアーススネークに魔導士隊とヒバナ、シズクの魔法攻撃と後方の異変に駆けつけてきたコウカの攻撃が集中し、いとも簡単に討伐されたのだった。