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※この物語はフィクションです。

実在の人物及び団体、事件などとは一切関係ありません。


神経線維が焼き切れるような高揚感で、心臓が内から肋骨を叩いていた。

彼が見つけ、抱え、積み重ねてきたものが、背骨のように私の中に根を張っている。

「君の背骨に棲みたい」


〈File1:沈黙の犯行〉

犯行は沈黙で始まった。

雨の日に靴の底がキュッと鳴ったような音だった。

それが悲鳴だって気づいたのは、奥のレジに立つ店員の女の子が腕を胸に押し付けるように体をすくめてたからだった。

ほとんど腕と背中しか見えなくて、顔はわからない。

「……め、て……や……くださ、い」

バイトの女の子は息を乱して、はちゃめちゃな抑揚よくようでなにか懇願こんがんする。

ただごとではない様子に、私は彼女の怯えた眼差しを辿った。

「……?」

レジカウンター越しに、客らしき人影があった。

だけど私のいるコピー機の前からだと、レジとレジの間の中華まんのショーケースが邪魔で、見通しが悪い。

1歩半体をずらして、物陰から目を凝らした。

客は着古したような黒いパーカーに、ダボついたジャージのズボン。

そして、古いドラマから抜け出してきたような、黒い目出し帽を被っていた。

さらに――。

「……!」

左手にぎらついたナイフを握っていた。

「まさかコンビニ強盗……?」

とっさに、コーヒーメーカーの置かれたカウンターの陰に身を潜める。

膝立ちで、そっと様子をうかがった。

私の他にお客さんはいなくて、店員さんの姿もレジに立つ彼女しか見当たらなかった。

どうやら強盗は、入り口から入ってすぐ左奥、ATMとコピー機の前にいる私には気づいてないみたい。

ここは外からだと人が立ってるのがよくわかる場所だけど、目出し帽のせいで視野が狭くなってるのかもしれなかった。

招かざる客は、無言のまま突きつけたナイフを揺らす。

身振り手振りだけで、カウンターに置かれたバッグに金を詰めるよううながしてるみたいだった。

パニックにおちいっているらしい店員さんは、言われるがままレジを開いた。

だけど、レジ2台分を合わせても、コンビニ強盗を満足させる金額には足らないみたい。

コンビニ強盗が数万円しか盗めなかった――なんて話は、ニュースでたびたび聞く。

防犯上、店が大金をレジに入れっぱなしにはしないからだ。

コンビニには、一見そうとはわからない通報装置がある。

たとえばレジの下の赤い防犯ブザーや、店員さんの首から下がってるペンダント型送信機だとか。

押せば警報ベルで強盗を威嚇したり、警備会社に通報がいったりするはずだけど、ベルが鳴る様子はなかった。

音が鳴らない設定にもできるっていうけど、店員さんの様子を見る限り……。

「……しょうがない」

強盗から目を離さないよう、私はポケットに押し込んでいたスマホを取り出した。

強盗は刃物を持ってるし、店員さんとの距離が近すぎて迂闊うかつに動けない。

だからまずは通報して、外にこの状況を知らせないと。

だけど――。

「や、やめて――ッ!」

か細い悲鳴に突き動かされ、私はカウンターの中に飛びこんでしまう。

カツン、ヒールが甲高く鳴いた。

店員さんの胸倉を掴む強盗のつぶらな瞳と視線が合ってしまう。

「あー……やっちゃった」

メガネがずれた店員さんの寄る辺ない瞳が、私にすがりつくようだった。

驚愕と混乱、懇願と希望。

2人の眼差しを浴びながら、私は静かに両手を上げて見せた。

「その子に乱暴しないであげて。人質がほしいなら私がなるわ。別にいいでしょう?」

足音をたてないよう、にじり寄る。

「なにかしてほしいなら指示をして。お金で満足できないなら、商品でも詰める?タバコはどう? それともお酒?」

私は何気なさを装って、視線を壁沿いのカウンターへと流した。

目当てのものを見つけて、唇が弧を描きそうになる。

考え込んでいた様子の強盗のナイフの先が、陳列棚のタバコへと向けられた。

その瞬間。

「この――!」

私はカウンターに置かれていた防犯用のカラーボールを手に取った。

不意を突いた強襲。

弾丸のようにまっすぐ飛んだボールは、強盗の顔面へと迫る。

撃退ではなく、追跡のために目印をつけるカラーボールは投げるなら足元がいい。

それは、そうした方が弾けたカラーボールが犯人の靴やボトムに付着しやすいからだった。

でもカウンター越しに、強盗の足なんて見えやしない。

頭は的が小さくて外れやすい。

でも不意をつかれると、人は防御反応を起こしやすい。

特に頭部は。

「――ッ!?」

狙い通り、強盗の左腕がカラーボールを防いだ。

着弾と同時に破裂したカラーボールがオレンジ色のインクをまき散らし、広範囲を鮮やかに染めあげる。

腕で防ぎきれるはずもない強盗の頭部や肘はもちろん、尻もちをついた店員さんの髪にまでインクが飛び散ってしまった。

強盗は乱暴にかぶりを振り、前後左右がわからなくなったようにナイフを振り回す。

目出し帽にインクが滴り、視界が悪いはず。

次弾準備。

2つ目のカラーボールを振りかぶると、強盗はバッグを引っ掴んできびすを返した。

「待ちなさい!」

追いかけるために、私はカウンターを飛び越えようとした。

だけど。

「お、ねが……いかないで……」

か細い声に後ろ髪を引かれ、意識が強盗から足元へと逸れてしまった。

濡れた睫毛と震える手に足を取られたら、振り払えない。

振り向いた時には、強盗の背中は遠のいてしまっていた。

よろめきながらコンビニの外へ逃げていく強盗の足元へ、苦し紛れに2つ目のボールを投げつける。

強盗は転んだけど、すぐに起き上がってインクの跡だけを残して逃げおおせてしまった。

なすすべもなく、私は店員さんを安心させるように肩を抱く。

「はあ、伯父さんになんて言われるか……」


通報後、伯父と職場に連絡してるとお巡りさんが到着した。

お巡りさんは、目を赤くして鼻をすすっている店員さんと、彼女を見ている先輩店員さんに話を聞きに行った。

だけど、客足が少ないからと店の裏でタバコ休憩してたらしい先輩店員は、この状況がよくわかってない。

お店にいた店員さんは、まだ話せる状態じゃないみたいだった。

私と同世代、まだ若いお巡りさんは、ほどなくして私の方に足を向けた。

下がり眉の人の好さそうな顔で、軽くお辞儀をする。

「××派出所のものです。お話を聞きたいのですが、まずお名前を聞かせてもらえますか?」

はい、と頷いて、手にしたままだったスマホをしまう。

「佐伯カグヤ。職業は探偵です」

〈続〉

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