「〝恋人役〟を引き受けるとしても、メリットがないように思えます」
もうこれ以上傷付きたくない。
昭人にフラれた傷だって癒えていないのに、目の前にエサをチラつかされたからって、簡単に飛びついてさらに傷付いていたら世話がない。
疑う目を向けたからか、尊さんは微笑んでメリットを提示した。
「彼女でいる間は本気で大切にする。プライベートではお前を優先するし、優しくする。贈り物もするし、デートでもベッドでも満足させる。あとから返せなんてケチ臭い事も言わない」
「~~~~だから。それがデメリットなんです」
私は荒々しく溜め息をつく。
そのとき前菜が運ばれ、私は続く言葉を止めて料理を見る。
前菜は綺麗な盛り合わせになっていて、せっかくだから写真を撮った。
「デメリットとは? 話し合って解決していこう」
尊さんは私が感情的になってもまったく動じず、余計に自分の子供っぽさを痛感させられる。
「ズブズブ嵌まって取り返しがつかなくなったら、救いようがないじゃないですか。……酔っていたとはいえ、流されて上司に抱かれるぐらいには傷付いています。あなたと付き合って〝恋人役〟が終わったら関係が終了する? その時に本気で好きになっていたら、さらに傷付くじゃないですか。それが嫌なんです」
そこまで言い、私はカプレーゼのモッツァレラチーズとトマトをグサッとフォークで刺し、口に入れる。
「俺の事を好きになりそう?」
尊さんは綺麗なカトラリー使いで食事をしながら、魅力的に笑う。
本当にヤメテクダサイ……。
「あの、分かってやってますよね?」
「何が?」
彼は生ハムを口に入れて目を瞬かせる。
「~~~~、自分がハイスペイケメンで、ちょっとやり方を考えたら女なんて簡単に落ちるの、分かってますよね? って事です」
褒め言葉ともとれる事を言うと、彼はしたり顔で笑った。
「自惚れは危険だ。だが賢い奴は自分の魅力を理解した上で、十分に活用するものだ」
……あぁ、もう……。
この男は本当に危険だ。
分かっているのに、私は彼から逃げられずにいる。
その気になれば〝なかった事〟にして、「さようなら」を言って会社では今まで通り過ごせばいい。
なのに私は彼との今後を夢見て、グダグダ言いながらこの場に留まっている。
子供のように拗ねたら、尊さんが「心から好きになったから絶対に捨てない」と誓ってくれるのを望んでいるかのようだ。
私はそんな自分の幼稚さが嫌になり、苛立ちを尊さんにぶつけてしまう。
「~~~~性格悪っ」
赤面して尊さんを睨み付けると、彼はニヤリと笑った。
「三十二歳で部長をやってるのに、正直者で性格がいいなんて言わねぇよ」
そう言われ、確かに部長をするには異例の若さだと思った。
(これも事情があるのかな……)
そう思ったけど、下手に尋ねて深入りするのが恐い。
溜め息をついた私は、さらに〝尊さんと付き合いたくない理由〟を挙げる。
「……嫉妬されるのが恐いです。尊さん、自分が女性社員に虎視眈々と狙われてるの、分かってますよね? 肉食女子の失恋パワーが自分に向くと思うと、本当に嫌です。子供っぽい虐めのターゲットになるのは絶対にごめんです」
ハッキリ言うと、彼は眉を上げてシニカルに笑う。
「会社では接近しないし、匂わせもしない」
「…………どの口が言ってるんですか。先日会議室でキスしてきたのは何なんですか。ボケたんですか?」
「悪かったって。もうしない」
飄々とした態度で謝られても、その謝罪を信じていいのか分からなくなる。
私は尊さんに翻弄されないよう必死に足掻いているのに、彼は楽しそうなのが気に食わない。
思わず表情を歪めて歯ぎしりしそうになったけど、お洒落空間にいるのを思いだした私は、再度食事の続きに取りかかる。
こうなったら、タダ飯食いだけは満喫しないと。
「他に心配事は?」
前菜を綺麗に食べ終えた尊さんは、紙ナプキンで口元を拭い微笑みかける。
「……どう考えても沼るじゃないですか。尊さんが私を大切にするほど、私はあなたに本気になって、忘れられなくなるし昭人にフラれた以上のダメージを負います」
私は溜め息をつき、言葉を続ける。
コメント
2件
朱里ちゃん、沼っても大丈夫だよ~😆👍️💕💕 尊さんは 貴女よりももっと更に深く深~く、朱里沼に嵌まっているハズ....🖤♥️🤭 捨てられるどころか、めちゃくちゃ大事にされる未来💝しか無い❣️🤭💕💕
沼ろう!!!大丈夫!!!尊さんも沼るよ〜!もう沼ってるけど🤭