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小悪魔三姉妹

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小悪魔三姉妹

1 - 第1話: 紅魔館地下の懲りない面々

2024年04月26日

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幻想郷に雨が降っていた。

サーサーと、静かで心地よい音の雨が…

バケツをひっくり返したような豪雨ではなく、如雨露で水を撒いているかのような雨。

風は殆どなく、したがって雨が何かを殴りつける事もない。

ただただ静かに降り注いでいく。

空では雨雲が灰色のカーテンを広げて青を覆い隠し、恵みの雫を降らせていた。

――降り止まない雨。

この雨は三日前から静かに降り始め、未だに止む気配なく幻想郷を潤していた。

強くも弱くもない雨足に、霧雨というには少々粒が大きい雨。

ただ『雨』と表現するのがしっくりくる、そんなプレーンな雨が降り続いていた。


――五月雨である。


霧の湖の側に建つ紅いお屋敷、紅魔館。

紅い悪魔の二つ名を持つ吸血鬼、『レミリア・スカーレット』が居城も、降り止まない雨に濡れていた。

一部の悪魔、特に吸血鬼にとって雨は大敵だ。

なにせ吸血鬼は流水を渡る事ができない。

天から地へと無数の雫が流れ落ちていく雨はもはや天然の結界と言えた。

屋外では歩くことすらかなわない。

雨が降り始めて今日で三日。

言い換えればレミリアが紅魔館に監禁されて三日である。

本来の活動時間である夜から朝まで寝ていたレミリアは、眠気の抜けた頭で目覚めるが早いかベッドから抜け出した。

白い小柄な影が、暗い室内をぺたりぺたりと遮光カーテンの引かれた窓へと歩いていく。

しゃっ、と音を立ててカーテンを開けた。

暗闇に光が差し込み、当主のものに相応しい豪奢な部屋と、レミリアを照らし出す。

レミリアは透けるような白い肌を惜しげもなくさらしていた。

全裸であった…

「……雨……」

レミリアはぽつとつぶやいた。

結露した窓ガラスに細い指で触れる。

サーサーと鳴り続けるBGMを裏付ける光景――灰色の空と降り続く雫――が窓の外に広がっていた。

今日もまた出かけることが出来ない。

「ああもう。忌々しいわね」

つい、とガラスの曇りに指で線を引いてレミリアは窓から離れた。

外から見えぬ部屋の奥へ、蝙蝠の翼と小さなおしりが引っ込んでいく。

ぺたぺたと部屋を横切ってレミリアはベッドへ潜り込んだ。

素肌でシーツの気持ちいい肌触りを堪能する。

「忌々しいわねー……」

猫か何かのように紅い悪魔はベッドの中でもぞついた。

枕を抱き込んで、うにゃんうにゃんとばかりに右へ左へゴロゴロ転がる。

「忌々しい忌々しい…ああ、忌々しい」と不満を室内に散布しつつベッドを転がるレミリア。

なかなかに愛らしく、微笑ましい光景だ。

しばらく転がり続けてレミリアはそのうちに動きを止めた。

「寝よ……」

三日連続の不貞寝敢行である。

この分だと天候の回復までずっと寝て過ごしかねない。

もそもそと枕を頭の下へ置いて、シーツを頭まで引っかぶり、レミリアは紅い瞳を閉じた。

ほどなくして意識が薄れていき、蕩ける様にまどろみの中へ落ちていく。

床上手の咲夜が支度した寝床は実によく眠れるのであった。


明かりのついたその部屋に、ぱちぱちという小気味よい音がリズムを持って跳ねていた。

たおやかな指がピアニストのように珠を弾いて踊る。

滑らかにして停滞のないその動きは傍目から見ても熟練を感じさせた。

細い指が踊る度に、ぱちりぱちりと珠が鳴る。

まるでタップダンスさながらに。

――雨音に混じって聞こえるは、算盤を弾く音。

そして、時折「ん~……」とうなる声。

それから――

ぼりぼり……ずずー。


「咲夜さんも大変ですねえ」

手入れの行き届いた椅子に座り、これもまた手入れの行き届いたテーブルについて煎餅をお茶請けにほうじ茶を啜り、紅魔館門番の長、『紅美鈴』は言った。

腰まである赤の強い茶色の長髪、両耳の辺りから垂らした三つ編みが印象的な美女だ。

――美女である。

豊かでありながら大きすぎない胸の膨らみ、細くくびれた腰周り、そしてチャイナドレス風の衣装に入ったスリットから覗く脚線美。

これでいて人を喰う妖怪だというのだから幻想郷は侮れない。

「他人事みたいに言ってくれるわね」

「他人事ですから」

にこやかに返した美鈴は消しゴムを額にぺちこんとぶつけられ「あっ痛い」と鳴いた。

下手人は美鈴の対面に座り普段は掛けない眼鏡を掛けて、素知らぬ顔で書類とにらめっこしつつ、算盤を弾きペンを走らせていた。

この部屋の主にして、紅魔館の実質的な運営を握っているメイド長、『十六夜咲夜』である。

艶やかなショートの銀髪に美鈴と揃いで垂らした二つの三つ編み、そして頭に載せたホワイトブリムが見る者の目に残る美人だ。

――美人である。

美鈴より小振りなものの十分な膨らみを有するバスト、コルセットを着けているかのようにスマートなウエスト、そして青いメイド服に隠された小さくキュッと締まったヒップ。

これでいて、ナイフを得物に人食い妖怪と互角以上に立ち回れる人間だというのだから、幻想郷は油断ならない。

「他人事なんて言ってると門番隊に回す予算削るわよ」

シルバーフレームの眼鏡が剣呑な光を宿して美鈴を睨んだ。

苦笑混じりに美鈴は両手を挙げた。

「ややや、それは困ります…参りました、降参です」

苦みの薄い笑みを浮かべたその顔は言葉とは裏腹に、どうにも参ったようには見えなかったが。

「冗談よ」と咲夜は破顔してペンを置き、ティーカップを取った。

アンティークなカップには美鈴が飲んでいるものと同じお茶が注がれていた。

高そうなティーカップでほうじ茶とはミスマッチの体現だが本人は気にしない様子で口をつけ、静かに飲む。

咲夜は掃除を済ませて、溜まった書類仕事の処理に勤しんでいた。

今は主に運営予算について算盤を弾いている。

――十六夜咲夜の名誉のために言及しておくが、仕事が溜まってしまったのは彼女の処理能力が低いためではない。能力自体はむしろ高く、有能といっていい。

では何故に仕事が溜まってしまったのか?

ひとえに雇い主であるレミリアとその妹、『フランドール・スカーレット』によるワガママのためである。

いかに咲夜が『時間を操る程度の能力』を持つ、時をかけるメイドといえど限界はあるという事だ。

「こんなところでサボってていいの?」

ほうじ茶で喉を潤し、再びペンを取って咲夜は聞いた。

書類の上に黒が記されていく。

ペン先が紙を引っ掻く音が雨音と踊る中、門番の美鈴は無言で茶を啜る。

咲夜の視線に対して美鈴が垂直の目線を保つこと数分。

咲夜の右手に握られていたペンが何時の間にか短い投擲ナイフに変身した事に気づき、美鈴はふぅと息をついて、

「この雨の中お外にいたい? 寒いのに、私は嫌よ」と短く言った。

次の瞬間、咲夜は書類仕事を再開していた。

「軽い冗談なのにー」

美鈴は苦笑して、いつの間にか顔の前にかざした左手をひらひら振った。

人差し指と中指の間に剣呑な光がある。

――咲夜の投擲ナイフだ。

時を止めて咲夜が投げつけたナイフを、美鈴は時が動き出した刹那に指二本で挟み止めたのだ。

時間を止めて放たれる超高速のナイフは、受ける側からすれば光速の弾丸にも等しい。

ましてや挟み止めるなど点を点で迎撃するような無謀に同じ。

だが美鈴は涼しげな顔でやってみせた。冷や汗一つかいていない。

「時々あんたはいる場所を間違っているように思うわ」

「えー?」

「その技……いえ、あなたが修めている流派、何流だったっけ?」

「北斗宗家と西斗月拳ですね」

あんまり使わないんで五~六技しか知らないんですけどねー、と美鈴は笑って言った。

「やっぱりいる場所間違ってるわよ」

「ええー?」

不思議そうな顔をして美鈴は首を傾げた。

左手がきらきら光る。

「ところでサボってていいの?」

返された投擲ナイフをいずこかへとしまいこみながら咲夜が問う。

「今日はオフです。それと“網”は生かしてるから大丈夫。何かくれば休日返上でお出迎えしますよ」

美鈴は椅子の背もたれに身体を預け腕を組んで返した。

組んだ腕に寄せられ、張り切った果実が互いに潰し合って形を変える。

ここでいう“網”とは、美鈴の『気を使う程度の能力』を用いたいわばレーダーのようなものだ。

紅魔館を中心とした円状範囲内での異常を美鈴に知らせる働きがある。

「そんなことより。咲夜さんこそ少し休んだら?」

「お嬢様が起きてるとこういう書類仕事が出来ないのよ」

メイド長はため息を一つ。

ご苦労なことである。

「おつかれさまです」

門番はしみじみと言って、空になったメイド長のカップへほうじ茶を注いだ。

「ありがと。私にもおせんべちょうだい」

「割る?」

「割らなくていいわ。私はそっちの方が好きなの」

咲夜はしっかりと醤油の塗られた海苔煎餅を、差し出された器から取って口に運んだ。

固焼きの煎餅は噛み砕くと実にいい音を立てた。

口の中に広がる焼いた醤油と海苔のハーモニー、固焼きの歯ごたえを堪能してほうじ茶で流し込む。

咲夜は目を細めて、ほぅ、と心地よさからのため息を漏らした。

「それにしても……」

「どうかしました?」

「図書館の運営予算がね……」

咲夜は指先で書きかけの書類を叩いた。

そこに記されているのは、紅魔館地下大図書館の運営予算案だ。

しばらく前に予算申請額が跳ね上がり、今に至るまで殆ど同額のラインを維持している。

「ああ。『サード』ちゃんが増えたから」

美鈴の脳裏に『小悪魔三姉妹』が末妹『小悪魔サード』の姿が浮かぶ。

美鈴がときたま格闘戦の手解きをしている、語尾に「こぁ」のつく彼女は確か結構な大食漢だった。

「そうなのよ。支出が増えた分こっち側にもちょっとは還元して欲しいところだわ」

咲夜は深い青の瞳を閉じて、こめかみの辺りを指先で撫でた。

紅魔館地下大図書館は、レミリアの親友である、知識と日陰の少女『パチュリー・ノーレッジ』が領域だ。

無精の気があるパチュリーは召喚した小悪魔を使い魔として使役し、身の回りの世話から図書館の管理運営までを任せている。

初めは一人だった小悪魔は、そのうち二人に増え、最近また増えて三人となっていた。

血縁関係はないが、三人はお互いを姉妹として仲良くやっている。

「んー、小悪魔三姉妹を紅魔館側で労働力として運用するとか。どうでしょう」

美鈴はそこに目をつけた。

支出の還元と聞いて、金品やそれに類するものの供出が真っ先に出ないところが彼女の認識を暗に示していた。

門番って悲しい。

「たとえばどんな?」

実のところ、咲夜もその手は考えていた。

何せ紅魔館の知識人が生み出した錬成悪魔であるサードははとんでもない馬鹿力なのだ。

遊ばせておくには惜しい。

例えば、燃料などの重量物の購入は咲夜を含む数人掛かりの大仕事だが、サードを使えるようになれば一人二人のおつかいレベルで済む。

サードについてはすぐに使い道を導き出せたが、他の二人はこれと言って思い当たるところがなかった。咲夜は美鈴を促して、答えを待つ。

「たとえば……そうですね。その書類仕事を『ここぁ』ちゃんにやらせるとか」

閃いたり、とばかりに美鈴は言った。

小悪魔三姉妹が二番目の『子悪魔ここぁ』は計算高い策士にして罠師で数字と暗記に強い。

ならば計算の多い書類仕事は打ってつけ、と美鈴は考えたのだが、

「なんでそこで上から三番目ぐらいに財布の紐を握らせちゃいけない奴を採用するのよ」

咲夜に一蹴された。

先述の通りここぁは策士だ。

それも小さな少女然とした外見とは裏腹に腹黒いタイプの。

そんなここぁに運営予算などの書類仕事を任せた日にはどうなるか、想像に難くない。

「裏帳簿の二、三冊は間違いなく作るわね」

「じゃ『こぁ』ちゃんは?」

小悪魔三姉妹が一番目、『小悪魔こぁ』はパチュリーに最も長く仕える、最も常識ある小悪魔だ。

家事と司書仕事の両方をこなして生活能力皆無のパチュリーを支えている。

毎月紅魔館側へ提出される予算案もこぁが作成していた。

紅魔館を咲夜が取り仕切っているように、図書館はこぁが取り仕切っていた。

いわば図書館における咲夜だ。

そんなこぁにさらに仕事を振るのは、少々抵抗があった。

――こぁは咲夜のように時を止めることが出来ない。

仕事量が増えて過労で倒れたりした日には図書館が大変なことになり、必然的に紅魔館側にも波及する。

咲夜はそこまで思考をめぐらせて、結論を下した。

「……ダメね」

ふう、とため息をついて、咲夜は眼鏡を外した。

目頭と目の周りを軽く揉む。

「でも労働力で還元させる案はいいわ。こぁはともかく、他の二人は何か仕事を振っても大丈夫そうだし」

「ここぁちゃんはよく図書館で昼寝してるし。サードちゃんもよく暇そうにしてるし。いいんじゃないですか?」

「へえ……」

咲夜の眼が、すぅ、と細まった。

「それはますます労働をさせなきゃいけないわね。働かざるものなんとやら、だわ」

「お嬢様は?」

「お嬢様は存在するだけで働いているようなものなのよ」

にっこりと微笑んで咲夜はカップを持ち上げた。

独特の香ばしさとあっさりした口当たりが咲夜の心身を静かに癒す。

ゆっくり時間を掛けて茶を干し、カップを置いた。

「ここぁとサード……何に使おうかしら」

「門番隊にも一人欲しいんですけど」

「野良仕事と戦闘が主な役目なんだからその辺から引き抜いてくればいいじゃない」

「酷っ。扱い軽っ」

「サードは力仕事をさせればいいとして……ここぁは……んー……」

ペンを片手に考え込む咲夜。

美鈴は「ひーどーいー」と鳴きながら、咲夜のカップと自分の湯飲にほうじ茶を注ぎ、茶請けのあられを齧った。

特に案も浮かばず、要望もさらっとかわされてしまっては黙るほかない。

ぼりぼり。

あ、このあられおいしい。

考える咲夜と煎餅食べ美鈴が漫然としているとドアをノックする音がした。

普段ならすぐに「誰?」か「どうぞ」の声が出るのだが、思考に意識を傾けていたために咲夜は反応が遅れた。

咲夜が声を発するより先に再び、コンコン、とドアがノックされる。

美鈴はどことなく、そのノックの仕方が機械的に思えた。

音そのものは耳慣れたものなのだが、どこか血の通っていないような感じがする。

「どうぞ」

咲夜がそう言うと「失礼します」の一言を伴って、長い黒髪に褐色の肌をした空色の瞳のメイドが入ってきた。

妖獣に属するのか、人と同じ位置にある耳は尖っていて、犬猫のような毛が白で縁を象るように、黒でその中を埋める様にして生えている。

あどけなさを多分に残す顔立ちは整っているが、それは人形のような美しさだった。

表情が無く、感情の色も殆ど無いためにそう見えるのだ。

きびきびとした動作で咲夜の前に来るとメイドはラフに敬礼した。

「メイド長、フランドールお嬢様のお茶のお世話、完了しました。いつもと特に変わったご様子はありません」

「おつかれさまメイヴ。後片付けが済んだら休んでいいわよ」

「了解。失礼します」

慇懃に報告を済ませ、メイドは部屋から出て行った。

入ってきて出て行くまで一分と経っていない。

最短距離を最速で行くが如き無駄のなさだった。

「……あの娘は?」

ドアの向こうから足音が聞こえなくなった辺りで美鈴が聞いた。

「妹様専属メイド隊の一人よ。確か最年少だったかしら?」

手の中でペンをもてあそびながら咲夜は答えた。

視線は手に落としているが、おそらく見てはいない。

ここぁの使い道を思案して手持ち無沙汰になっているのを紛らわしているのだろう。

「言っちゃ悪いけどなんか無愛想な娘ですね」

率直なコメントだった。

「そういう娘なのよ」

咲夜は苦笑して続ける。

「妹様の専属メイド隊はね、美鈴。何かのときに損失が少なくて済むように、各所から能力が高くて協調性に欠く娘を引き抜いて編成したのよ」

「なんでそんな編成を?」

「簡単よ。能力が高ければ妹様が何かやっても生き残れる可能性がある。そして協調性に欠く、言い換えれば独立独歩タイプなら何人か欠けてもメイド隊としての機能は麻痺しない。規模の縮小は余儀なくされるけどね」

「合理的というかなんというか……」

「相手はあの妹様だもの。少々気のふれてしまっている相手を同じ尺度で測っちゃいけないわ」

妹様こと当主レミリアの妹、フランドールは、少々気がふれている上に『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持ち合わせるという、歩く爆弾のような少女である。

それも信管作動条件の分からないという極めて危険かつ恐ろしい爆弾だ。

まともな感覚を持つ人間や妖怪なら近寄りたくあるまい。

しかし当主の妹となればそうもいかない。

高貴な身分のお嬢様には世話係が必要であり、教育係が必要であり、営繕係や恋愛係が必要なのだ。

よって決死隊のような扱いのフランドール専属メイド隊が組織された。

紅魔館が幻想郷にやってくるより遥かに前のことだ。

損耗率が高く、度々稼動不能に陥る専属メイド隊だったが、咲夜がメイド長の地位についてからは大きく改善された。

前述の通りに隊を再編成した結果である。

以降、フランドール専属メイド隊の生還率は百パーセントを数えている。

――咲夜の采配は正しかった、ということだ。

「……なるほど」

ず、と美鈴はほうじ茶を啜った。

そしてふと気づいたように問う。

「お嬢様は不貞寝してるんですよね?」

「そうよ」

「妹様は寝てないんですか?」

「報告が来ているし、そうらしいわね」

フランドールの行動は専属メイド隊によって記録され、咲夜に報告される。

何か大きなアクションを起こす前に、その予兆を察して対策を講じるための措置だが、これは実を結んでいない。

「真っ昼間なのに?」

「パチュリー様を上回るインドア派の妹様に体内時計の概念が通じると思う?」

「……ごもっとも」

美鈴は湯呑みで顔を隠すようにして茶を啜った。

「それはともかく小悪魔二人の使い道ね。何か有用な案はあるかしら、美鈴」

「だからうちに一人くださいってば」

「私としては収益(アガリ)の出るものがいいんだけど」

「聞きましょうよ人の話」

「人じゃないじゃない」

「まあ、妖怪ですけど」

「なら話を聞かれなくても仕方ないわね」

「……『人の話は聞かなきゃダメだけど妖怪の話は聞かなくてもいい』?」

「そういうこと」

「怒りますよ。美しい弾幕放ちますよ?」

「貴女の弾幕なら怖くないわね」

「うわ満面の笑み」

「おほほ」

「じゃ押し倒します。全力で」

同じく満面の笑みで美鈴は宣言した。

「え」と言う間に咲夜は背後へ回った美鈴に椅子ごと抱きしめられていた。

時間を止めたのかのような不可視の動き。

「め、美鈴?」

困惑の色が混じった表情で咲夜は背後の美鈴を窺う。

美鈴はにこにこと笑っていた。

明るい笑みなのに、それはひどく妖しい。

「ふふふふふ、咲夜さん。妖怪を馬鹿にしちゃあいけません」

ぎゅ、と美鈴の腕に力が加わった。

拘束にしては緩く、抱擁にしては固い。

咲夜に美鈴の影が掛かった。

咲夜の視界に映るは、妖怪娘の笑み。

顎から首筋に掛けてのラインを美鈴の手が撫ぜた。

「――食べちゃいますよ?」

咲夜の唇に美鈴のそれが近づいてくる。

貞操の危機を感じるこの状況にありながら、咲夜には拒絶の意思がなかった。

腕を振り解く気も、顔を背ける気も起きない。

咲夜は美鈴が作った場の雰囲気に呑まれていた。

麗しき乙女の吐息が、触れ合って蕩ける。二人の唇が重なる刹那――。

無粋な邪魔が入った。

ドアがノックされたのだ。

ぴた、と美鈴の動きが止まり、ふと咲夜は自分の状況に気づいた。

美鈴の眼と鼻の先で、十六夜咲夜の顔がみるみる赤くなっていく。

「残念」と儚げに笑って抱擁を解き、美鈴は咲夜の対面の席に戻った。

かぁぁ、と赤くなってオーバーヒートに向かっていく咲夜を、二度目のノック音が立ち戻らせる。

「いるわ。ちょっと待ってちょうだい」

出来る限り平静な声を出したつもりだったが、咲夜の耳に入ってきた声は狼狽を多分に含んでいた。

……不覚。

対面の美鈴はニマニマ笑っていた。

こんにゃろう、と咲夜は右手にナイフを構えた。

美鈴は顔色一つ変えずに、ちょいちょいと自分の襟元を示す。

咲夜は示された襟元に左手をやって、初めて肌蹴られていることに気づいた。

クールダウンの始まった顔が再びヒートする。

くすす、と笑った美鈴へナイフを投げつけて襟元を正し、眼を閉じて深呼吸を一つ。

冷却完了。

咲夜は卓上に転がっていたペンを取り、書きかけの書類を手元に引き寄せた。

偽装工作である。

「どうぞ」

「失礼します」の一言を先に、入ってきたのはさっきのメイドだった。

「メイヴ?」

フランドール専属メイド隊の少女は、先の焼き直しのように敬礼する。

「どうかしたの?」

「はい。緊急事態です」

緊急事態という言葉に咲夜の眼が細まった。

「――妹様ね?」

メイヴは頷く。

「はい。妹様のやんちゃで隊が壊滅状態に陥りました」

咲夜の眼が緩む。

あまりにも淡々とした言い方に、一瞬、報告の内容が理解できなかった。

やんちゃで? 壊滅?

「……壊滅?」

「はい。壊滅です。私とあと一人を除いて全員落とされました。死傷者はいませんが重傷者が十一名。隊としての機能はほぼ完全に失われました」

顔色一つ変えず、声色にも変化が無い。

無表情のまま機械のようにメイヴは報告する。

同僚がやられたというのに冷淡極まりない。

『味方がやられた? ――それがどうした。私には関係ありません』とでも言いそうだ。

うちとはえらい違いだ、と人間くさい妖怪娘は眉を顰めた。

「負傷者は?」

「すべて医務室に放り込みました。ドクター・Mの診断では完治まで大体二週間から一ヶ月だそうです」

それを聞いて咲夜はあちゃあと額を押さえた。

「さすがに戦力八割の損失じゃ規模を縮小して継戦どころの話じゃないわね……」

「はい。戦力の補填がなされないと仕事になりません」

淡々と事実を述べるメイヴに、咲夜の頭は重くなった。

雨降りでレミリアが大人しくなったと思えばこれである。

「……美鈴、門番隊から何人か出せない?」

美鈴はほんの僅かだが、声に縋る色を感じた。

付き合いがそれなりに長く、親しい美鈴だからこそ感じられるほどの薄い色。

――屋敷で唯一の人間でありながら、凛として紅魔館を取り仕切る十六夜咲夜メイド長が、自分を頼っている。

紅魔館で働く者なら、誰でも首を縦に振ってしまうであろう状況に、美鈴は湯飲に残ったほうじ茶をくー、と干して答えた。

「野良仕事と戦闘しか出来ない粗忽者の集まりなので高貴な妹様のお世話が出来そうな人員は一名たりとていません」

にっこりと笑って、流暢に言い切る。

咲夜はいい友人だが、大事な部下を死地にはやれない。

それとこれとは話が違うのだ。

予想通りと言えば予想通りの返答に咲夜は静かに笑った。

「……言うわねぇ……」

「言いますよぉ……」

にこにこと笑みを浮かべる二人。

ぶつかりあうプレッシャー。

ブーメランマークの描かれたエプロンをつけたメイドは無表情にその光景を眺めていた。


外の雨音も地面の下にある図書館には届かない。

天井は遠く、書架に囲まれた壁は四方の彼方。

林立する本棚は一定の規則性を持って配置されてはいるものの、不慣れな者にとっては書の迷宮にも思える。

そこは紅魔館の地下に広がる、幻想郷でも有数の知識と物語の集積所。――紅魔館地下大図書館。

『ヴワル魔法図書館』の別名もあるそこに、紅魔館が誇る知識人であるパチュリー・ノーレッジと、彼女に仕える小悪魔三姉妹は住んでいた。

本を読み、魔法を編み出し、錬金術を行使し、本に書かれた情報を鵜呑みにして誤った知識をレミリアに提供したりと、パチュリーは気の向くままに暮らしていた。

そして、パチュリーのそんな悠々自適な生活を支えているのが三人の小悪魔たちである。

あまり周囲を省みない、というか気にしないパチュリーの生活を世話するのは大抵の事ではない。

大抵の事ではないが、仕える小悪魔達も大抵ではないのでトントンなのかもしれなかった。

「だから『朽木林』はこの前サードが復旧したって言ったじゃないですか!」

黒のロングスカートと同色のベスト、白いブラウスに黄色のタイの司書服を身につけた赤い髪の司書の少女――小悪魔こぁが吠えた。

腰まで届く赤い髪を怒気でざわめかせ、そこから覗く尖った耳と悪魔らしい小さな翼を、震わせている。普段は穏やかな金の瞳も珍しく怒りの炎を宿していた。

「記憶にございません」

しれっと言ってのけるは、豊かな紫色の髪にいくつもリボンをつけた、衣服も帽子も、そして肌も白い魔女――パチュリー。

真正面から向けられる怒気を意に介さず、開いた本に眼を落としている。平然と、涼しげな顔で。

ぴきり、とこぁの後頭部に青筋が浮かんだ。ススス、と滑らかな足運びでパチュリーの背後へ回り込む。パチュリーは本に意識を向けていて、気にも留めない。その頭を、こぁの拳骨が左右から挟んだ。

ぐりぐりぐりぐり。

「怒りますよ? ものすごく怒りますよ?」

ぐりぐりぐりぐり。

「痛い痛いうめぼしやめてうめぼし」

「やめません」

二人の前には、無残な光景と化した図書館の一角が広がっていた。

――パチュリーがまたやらかしたのである。

新しく開発したスペルの試射を、かつて射爆場としていた区画――エリアC8S、通称『朽木林』――で行ったのだ。今は復旧作業が完了し通常エリアとして扱われている区画で、である。

さらに不幸なことに威力を追求した新スペルの効果は絶大だった。

常軌を逸した巨大さと重量に併せて、霧雨魔理沙がマスタースパークの直撃にすら耐える防御障壁を三重に施された特製本棚を、幾棟も吹き飛ばし薙ぎ倒す程に。

幸いなことに試射時、エリアC8Sは無人であったため、負傷者はゼロで済んだ。

しかし、一度放棄され、小悪魔サードの桁外れのパワーにより再生した区画は、再び大地震か台風の後のような荒れ果てた廃墟、『朽木林』と化した。

こぁはSHOCK!

復旧作業に動いている背中の一つがひらひらと手を振った。

「こぁ姉ー、こりゃダメだ。復元作業行きに五冊目追加ー」

綴じが崩れてばらばらになった本を手に、子悪魔ここぁが報告する。

こぁの外見を幼くして髪型をショートに、瞳を赤に変えた、猫のような雰囲気を持つ少女だ。

こぁ同様の尖った耳、頭と背中の翼、Sサイズ司書服のスカートの裾から覗く鏃のような尻尾が特徴的だった。

「こぁ姉ー、本棚の角で床に穴開いちゃってるこぁー」

傾いた本棚を“持ち上げて”直してまわっている小悪魔サードも続けて報告した。

こぁ、ここぁ同様に赤い髪は、背中の半ばまであるセミロング。

少女と少年の中間めいた雰囲気を宿す瞳は赤。スレンダーな長身を、黒と白で構成されたローブで包んでいる。

妹二人の報告を聞いて、こぁは額を押さえた。拘束の片方が外れた隙に「むきゅ~」と涙目で逃れる紫もやし。

被害は甚大だ。開始数分でこの報告数なのだから、最終的にどこまで膨らむのか、想像するだけで気が滅入ってくる。

「ああ、もう……。なんでこのタイミングで……ッ!」

こぁは苦虫を噛み潰したような声を漏らした。

「好事魔多し」

「ここぁ!」

ぼそ、とつぶやいたここぁに、がーとこぁは大声を上げた。「きゃー、怖い怖いー」とここぁは宙を滑ってサードの傍へ行き、腰元に抱きついた。

「うみゃ?」

変な声を上げてサードは抱きついたここぁを見、それからこぁの方を見た。

「うー……」

こぁはほんのりと眼に浮いた涙を手の甲で拭っていた。

「こぁ姉、どうかしたこぁ?」

きょとんとした顔でサードは首を傾げる。

パチュリーによって錬成されて誕生した小悪魔であるサードは、外見にそぐわないお頭をしていた。

平たく言ってしまうと幼いのだ。

人の機微にも疎い、生後まだ半年になるかならないかなので、仕方が無いのかもしれないが。

「ん……なんでもありませんよ。眼にゴミが入っただけです」

そう言って微笑んだこぁだったが、その言が嘘であり、微笑みは偽りであることを、流石のサードも見抜いていた。

見抜いていたとしても、その嘘を信じてあげるのが大人というものだが、如何せんサードは見た目に反してまだまだ子供だった。

「嘘こぁ。一体どうしたこぁ?」と聞こうとしたサードの首元にここぁが正面から抱きついてこぁに背中を向けさせた。

「むぎゅるふ。ここぁ姉何するこぁ」

「こぁ姉、本当は今日デートだったんだよ」

ささやかれた真相にサードは眼をぱちくりさせる。

「でーと?」

「デート。逢引。恋人同士が逢って、色々すること」

「いろいろ?」

「そ。イロイロ」

「いろいろ……」

頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべて考え始めたサードの尻を叩いて、ここぁは復旧作業へ促した。

「うきゃんっ」と鳴いたサードを引っ張って廃墟の奥へ向かって行く。

「さー、折角だから奥の方も見に行ってみよっかあ。手前ばっかり見てたって表面しかわからないのよん」

「せっかくだからって何こぁ。よくわかんないこぁ」

「うっせそんなんだからあんたはバカなのよ」

「うっさいバカって言うなこぁー」

さりげなく手を上げて親指を立てたここぁとサードを見送り、こぁはため息をついた。

「……でーとぉ……」

諦めきれないらしい。

「デートってなに?」

「パチュリー様のヤンチャで中止になったものですよ」

「痛い痛い耳ひっぱらないで耳ひっぱらないで」

「どうですかパチュリー様。この際ですから私たちと耳をおそろいにしてみませんか?」

「しなくていいわしなくていいったらだから耳ひっぱらないでー」

「痛い痛いやめてー」系統の悲鳴から「ごめんなさいごめんなさい私が悪かったです許してください」系統の悲鳴にスイッチするまで、こぁはパチュリーの耳を左右に引っ張り続けた。


青く光るはいいユーレー♪ 赤く光るは怖いユーレー♪

まとめてきゅっとしてあの世逝きー♪

軽妙な調子をつけた即興歌を口ずさみながら、一人の少女が紅魔館の廊下を歩いていた。

左横で結った薄い黄色の髪に、乾いた血のように赤い瞳。

赤いミニスカートとベスト、薄いピンクのブラウスを身に着け、頭には赤いリボン飾りがついた、ブラウスと同色のモブキャップを被っている。

西洋人形のように愛らしい少女だったが、その背には異形を具えていた。

二対の悪魔のような骨子に、虹の色合いに光る水晶柱のような羽根が七つばかりついた、古今東西に比類のない、歪な造形をした翼だ。

「あーめあーめーふーるふーる帰れないー♪ お外に出れない出られないー♪ 死霊が過去から呼びにくるー♪」

歌い、時折踊るようにしながら少女――フランドール・スカーレット――は歩いていく。

別段深い目的はない。

なんとなく自室から出て、一人で屋敷の中を歩き回りたくなったのだ。

一人で出歩くべく地下にある自室から出たフランドールが始めにやったことは、自分つきのメイドの一掃だった。

十三人のメイドたちは、フランドールが部屋の外へ出ると、必ず誰か一人をお供につけるのだ。

お供と言えば聞こえはいいが、実際は、戦術偵察か、はたまた監視行動か、といった具合である。

建て前はお供なだけに、それはそれで使い道があったりするのだが、時折鬱陶しくなることもまた事実だった。

そんなわけでフランドールは自分つきのメイド隊の詰所に入って、スペルカードを発動。

――そして誰もいなくなった。

こうして、鬱陶しいお目付け役のいない身軽な身体でフランドールは地下から出て、屋敷内散歩をスタートした。

「逆五芒星ー♪ 逆ペンタグラムー♪ 別れたみんなはどうしてるー? 人体模型に七つ裂きー♪ ごぶちゃっ♪」

なにやらホラーな歌を歌いながらフランドールが行く。

顔に満面の笑みを浮かべて。

紅く、広く、長い廊下を気の向くままに歩く事しばらく。

「地下にはアツアツ焼却炉ー♪ 赤い少女のふらんしたーい♪ ……おっとぉ?」

フランドールは地下に降りる階段を見つけて足を止めた。

「……焼却炉?」

くに、と不思議そうに小首を傾げる。

フランドールはこの先が地下大図書館に続いている事を知っていた。

知っていたが――

「もしかしたら地下焼却炉に繋がっちゃたりなんかしちゃって。ふふふ。レッツゴー死霊の宴ー♪」

と、少女期特有のありえない想像に招かれて階段を下りていった。

――勿論、どこぞの旧校舎の焼却炉に着きはしなかった。


「みみが……みみがいたいの……ぶつりてきに……」

絨毯敷きの床に突っ伏してさめざめと泣くパチュリーを意識の外に追いやり、こぁは深くため息を吐いた。

「……はあ……」

お説教と、うめぼしと耳引っ張りのお仕置きで降りかかった理不尽への溜飲は下げたものの、やっぱり中止になってしまったイベントが惜しい。

「雨天決行だったんですけどね……」

流石に区画一つが壊滅したのにデート行ってきますというわけにはいかない。

事態を把握するが早いか、こぁは先方に断りと謝罪の便りを飛ばしていた。

図書館の復旧に働くためだ。

ここぁとサードは『構わないから行ってきて』と言ってくれたが、『図書館がこの状態で行っても楽しめないから』と断った。麗しき姉妹愛である。

こぁは目を閉じて浅く息を吸い、両の頬を、ぱん、と平手で叩いた。

「……うん。行かないって決めたのは自分なんですから。いつまでもうじうじしません」

そう気持ちを切り替え、引き締めて、先行して作業に掛かっている妹達の元へと向かった。

「おみみが……おみみが……のびちゃったー……」

後にはたぱたぱ涙を流すばかりのパチュリーが残された。自業自得である。えいめん。


――二人で散乱した本を集め、スペースが出来たところでサードが本棚を起こし、立てる。

整頓は後回しに集めた本を本棚へ納め、無くなったら作業完了(仮)。

ここぁとサードの二人はそう手順を決めて作業していた。

些か雑な仕事になるが仕方ない…如何せん数が多すぎるのだ。

本の整頓まで込みで仕事をした日には、一日掛けても廃墟の様相から脱せそうにない。

本棚を起こして位置を整え、本をしまえばとりあえず体裁は整う。

足の踏み場も出来る。

――兎に角、この状況を改善するのが最優先だった。

「オッケ、スペース確保。サード。本棚、起こせーっ!」

「うぃるこぁー。……よっこぁー、しょ」

バックスここぁの指揮に従って、サードは自身の倍ではきかない巨大な本棚に手を掛け、苦もなく“持ち上げた”

「オーライオーライそのまま真っ直ぐ真っ直ぐもうちょい前……はいストップ。ゆっくり下ろしてー……はいオッケー」

ここぁの指揮通りに本棚を運んで下ろし、「ふい……」とサードは息を吐いた。

「さすがに疲れてきたこぁ」

ローブの白い袖で額に浮いた汗を拭いつつ言う。

「えーと今のでいくつ目だっけ?」

ひょこっと本棚の影から出てきたここぁが聞いた。

「えと、ひーふーみーよー……」

指折り数えるさーどを見てここぁの胸に悪戯心が湧いた。

シークタイムゼロで悪戯を敢行する。

「今何時だい?」

「ふへ? えー、と……午後二時二十三分こぁ」

ご丁寧に服の袖から懐中時計を取り出して確認し、サードは答えた。

懐中時計を袖の中へしまい、首を傾げる。

「あれ。いくつまで数えたこぁ?」

「はいもっかい数え直しー」

首を傾げるサードにここぁはケラケラ笑った。

「何『時そば』もどきやってるんですか」

そこへ飛び込む第三者の突っ込み。

ここぁとサードは顔をそちらに向けた。

宙を滑って降り立つ姿が一つ。

「あ、こぁ姉」

「こぁ姉こぁ。こぁ姉、時そばってなにこぁ?」

「落語ですよ」

宙を滑ってやって来たこぁは左右を見回した。

予想していたよりも片付けが進んでいる。

二人にそう言うと、サードは胸を張り、ここぁは「んにゃ」と否定した。

「見た目だけ」

「見た目だけこぁー」

「なるほど」

納得とこぁは頷く。

片付き具合と、見た目だけ整えたという言で、この司書は状況を把握した。

状況のみならず妹二人がとっている作業プランまでも。

伊達に司書歴、姉妹歴(サードとはまだ半年前後だが)が長いわけではない。

そして二人のプランは、期せずしてこぁが考えていたものとほぼ同一だった、まずは足場の確保からである。

「じゃ、継続して本集めと棚の再配置をお願いします。

私は床の穴あきを直してから、修繕が必要な本を作業場へ運んできますね」

「あ、こぁ姉ずっこぉ。それどっちも楽な仕事じゃん」

「ここぁ。そういう台詞は復元魔法を修得してから言いなさい」

「うぐ。……アレ苦手なんだよぅ……」

視線を逸らして後ろ髪を指で弄りつつ、ここぁはボヤいた。

手先が器用なので、罠の設置や壊れた時計の修理などは得意なのだが、物質分解と再構成などの魔法は苦手なのである。

これらのみならず、ここぁは全般的に魔法や魔術の類を苦手としていた。

悪魔という魔力に親しんで生きる種族であるにも拘わらず、である。

「修理なら得意なんだけどなぁ……」

「でしたね。ではサードの懐中時計、直してあげてください」

「え?」

「はえ?」

「ズレてます。今は午後二時半少し過ぎです」

こぁは自分の懐中時計を見せた。

時計は言葉通りの時刻を示している。

「あーららら?」

ここぁも自身の懐中時計を取り出して時刻を確かめる、こぁの物とほぼ同時刻。

「わたしの時計こわれたこぁー……?」

ローブの袖から時計を出し、サードは言った。

三つの懐中時計の中、一つだけ時間がズレていた。

「へう……仲間外れこぁ」

「貸してみー」

悲しげな表情をするさーどの手から、ここぁはひょいと懐中時計を取り上げた。

縦に振り横に振り耳を当てて、音を聞く。――原因聴知。

「……分かった。サード、ネジ巻いてないでしょ」

「あ」

「一日一回、朝起きたらネジを巻くように言ったよね?」

「忘れてたこぁ」

からっと笑ったサードの頭にここぁは飛び上がってチョップを見舞った。

アタァーック!

「みゃげっ」

鳴いた使い手に代わってここぁはネジを巻き、時刻を合わせた。

三つの懐中時計が同じ時間を刻みだす。

「おばかさぁん」

「へう……返す言葉もないこぁ」

叩かれた箇所を撫でつつ、サードは差し出された懐中時計を受け取った。

力強く時を刻む針を見て、笑む。

さて、とこぁは手を叩いた。

「もう一頑張りお願いしますね。三時になったらお茶にしましょう」

「いえっさ!」

「了解。光の速さで本を片付けるよん」

「では、三時になったらいつものところで」

軽く手を振ったこぁに、サードはラフな敬礼、ここぁはサムズアップをそれぞれ返した。

「――ではサード。司書仕事始めるよん」

「うぃるこぁー」

数人掛けの机と椅子が並べられた読書スペースの一角に、白いテーブルクロスを掛けてお茶の支度を整え、こぁはため息を吐いた。

疲れたわけではない。

お茶請けのお菓子を見て、切り替えたはずの気持ちが蘇ってきたのだ。

「クレーム・ブリュレに苺タルト。……ふふ。ちょっと、張り切りすぎちゃいましたね」

三人分並べられた二種の洋菓子はこぁが作ったものだ。

柔らかな黄色い身に白い耐熱容器――ココット――を殻としてまとい、狐色の焼き目をつけた甘いクレーム・ブリュレ。

苺をたっぷりと使い、丁寧に仕上げた苺のタルト。

元々は午後のお茶用に用意した物ではない。

本来あるはずだったイベント――デートに持っていくつもりで用意していたものだ。

「食べて欲しかったな……」

物憂げな表情でこぁは眼を細めた。

図書館司書のイメージを体現したかのような小悪魔が、「はぁ……」とため息を吐く。

「…………」

萌黄色の面影がちらつき、こぁの唇が無音で言葉を紡いだ。

想い人の名前だろうか。

瞳を閉じ、ふう、と一息吐いて幻視を追い払い、こぁは念話を使って二人の妹へお茶の支度が出来た事を知らせた。

主従、姉妹の契りを交わしたパチュリーと三姉妹の間でのみ使えるチャンネルを通じて、こぁの声がここぁとサードの元へ届く。

(ラジャー。今の棚が終わったら行くー)

(いえーすまーむこぁ)

返事を聞き、さて茶葉は何にしましょうかと考えつつこぁは給湯室へと向かった。


くるりくるりと回り踊りながらフランドールは図書館を散策していた。

「開いた本は罠の本♪ 中から飛び出すろくじゅーよんぺーじ♪ 彼は一言こう言ったー♪ 『レベル5デス』」

あぁ~れぇ~と外連味たっぷりに一回りしてフランドールはぱたりと絨毯敷きの床に伏した。

うつ伏せに倒れたためにその表情は窺えない。

くきっと、フランドールの顔が九十度横を向いた。

「ちょうどあの辺だとレベルが五の三倍ぐらいだから全滅しちゃうこともあるんだよね」

無表情に抑揚の無い声で言って、立ち上がる。

身体を叩いて埃を落とし、フランドールは再び歩き始めた。

図書館に来るのは初めてではない。

好奇心が疼くままに調べ物をしたり、英雄伝の続きが気になって連日通いつめた事もある。

確か最後に来たのは数ヶ月前ばかり前だ。

多分…おそらく…きっと…でももしかしたら数年ばかり前かもしれない。

定かではない。

「なにかイベントないかしら。クッとしてキュッとしてビクビュクッとかそんな感じのイベントとかぁ」

てっぽてっぽと悪魔の妹が歩いていく。

地下の自室から出て開放的になっているのか、さっきから頻繁に独り言を紡いでいた。

「イフリートっ! こわいよー♪ でもーレーヴァテインはもーっとこわいよー♪」

――歌も歌っていた。

独り言を言いつつ、歌いつつ、踊り歩くフランドールの鼻が何かを捉えた。

クン、と小さな鼻を鳴らし、意識を嗅覚に集中する。

「くんくん……。ん……薄いけど、この甘い香りは……」

瞳を閉じ、嗅覚を頼りにフランドールは足を進めた。

人間のそれを凌駕する吸血鬼の嗅覚はフランドールを的確に匂いの元へと誘っていく。

クンクンクンクン鼻を鳴らすのは、レディの所作としていかが、なものかとレミリアか咲夜辺りに嗜められそうだったが、フランドールは気にしない。

やがて悪魔の妹は目的地にたどり着いた。

「おーぉーーぉーー♪」

視界に広がるは、白いクロスが掛けられたテーブルとそれを彩るティーセット。

そして――甘い芳香を漂わせるクレーム・ブリュレと苺のタルト。

「――じゅるり」

口の中に唾が湧いた。

同時にきゅるるとお腹も鳴いた。

考えてみれば、そろそろおやつの時間ではなかろうか。

「おやつどき。プリンと苺に。ご満悦」

指で数えつつフランドールは詠んだ。

五、八、五、惜しい、字余り。

「まあいいや、サァいただくか」

空腹気味。

おやつの時間…目の前には見るだけで涎が出そうなスウィーツ。

この三つの条件が揃って、食べない理由があるだろうか。いいや、ない!

手近な席へ向かい、フランドールは立ったまま皿から切り分けられた苺のタルトを手に取った。

「いただきまーす」

あーんと大口を開けてかぶりつき、もっきゅもっきゅと頬っぺたを膨らませて咀嚼する。

――甘酸っぱい苺、ふわふわした生クリーム、とろけるカスタードクリーム、しっとりさっくり香ばしいタルト生地。

それぞれが絡み合い、複合して、フランドールにたまらない幸福感をもたらした。

思わず目じりが垂れ、顔が緩む。

「おいひぃ…………」

甘いものがもたらす絶対的な幸福感は、悪魔の妹フランドール・スカーレットを陥落させた。

緩んだ顔でフランドールはもう一口、二口と手にしたピースを食べ尽くし、リスのように頬を膨らませて幸せに浸った。

心にぱぁぁと暖かい光が差し込んでくるような感覚、嗚呼、感無量……。

さりとてその幸福感は永遠には続かない。

タルトが白く細い喉を通って体内に落ちていき、口内から残り香が消えれば幸福感も薄れ、やがて消えてしまう。

「次はこっちー」

幸福感を持続させるべくフランドールは次のスウィーツに手を伸ばした。

カスタードプディングのバリエーションの一つ、クレーム・ブリュレである。

甘いバニラの香りと狐色のこんがりした焼き目が「私を食べて」とフランドールを誘う。

誘いの手と握手をするかのように、フランドールは白いココットを纏った黄色いお菓子を取りあげた。

卓上のデザートスプーンを手に取り、カリッとした表面のカラメルを破って、柔らかい中身を掬う。

破れた箇所から、ふわりとバニラの芳香が溢れ鼻をくすぐった。

「あー……む」

とろりとこぼれそうに震えるブリュレを口に運び、フランドールは至福に包まれた。

口の中でとろけていく柔らかな舌触り、広がるバニラの風味、調和するカラメルのほろ苦さとクリームの甘さ。

「んん~~……」

苺のタルトとは違った幸福があった。

頭も一緒にとろけてしまいそうな幸せが。

フランドールは自然に眼が閉じ、身体が脱力していくのを感じた。

身体がこの至福を最大限に味わっているのだ。

「ふはぁ……たまらないねぇー。もう一口……」

ブリュレをスプーンで掬って口へ運び、至福を味わう。

そして――気づけばココットは空になっていた。しかし悲しむ事は無い。

「次はまた苺のタルトー♪」

まだ、あと二人分は残っているのだから。


こぁは給湯室からの帰り、ここぁとサードに出会した。

「あ、こぁ姉こぁ」

「あらこぁ姉様。わざわさお出迎え?」

「そうですよ。……嘘です。お茶を淹れた帰りですよ」

そう言って姉は白いティーポットを妹二人に示す。

「今日は何? アールグレイ?」

「オレンジペコこぁ?」

「さて、何でしょう? 答えはカップに注がれてから」

「たのしみだねー」

「たのしみこぁー」

睦まじく三姉妹は歩いていき――固まった。


もっきゅもっきゅもっきゅ。


頬をいっぱいに膨らませ、フランドールが苺のタルトを喰っていた。

「い、妹様……?」

と、こぁが言った。

「お茶請けを……喰ってる……」

続いたここぁの声には戦慄があった。

ごっぐんとタルトを飲み下し、フランドールは三人の小悪魔を見た。

見て――最後のブリュレに手を伸ばした。

「ああっ!」

サードが悲痛な叫びを上げる。

何を隠そうプディング系統のお菓子はサードの好物なのだ。

そのサードが見ている目の前でココットが持ち上げられ……スプーンがカラメルに突き刺された。

とろりと裂け目から溢れるクリーム。

「ああああ!」

フランドールはココットを口へ近づけ、中身を掻っ込んでいく。

「ああああああああああっっっ!」


かっかっかっかっかっ……!

……もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ……こくん。


「あ……あ……あ……」

サードの細い長身が膝を突いた。

「い、妹様。どうしてここに?」

おそるおそる、こぁが問う。

フランドールは空にしたココットとスプーンをテーブルにおいてにっこり笑った。

「理由なんかないわねぇ。強いて言うならゴーストが囁いたってところかな。…………けぷ」

その満足そうな「けぷ」にサードがキレた。

「おぉやぁつぅーっ! 返すこぁー!」

魔理沙もかくやといった速さでサードはフランドールの胸倉を引っつかみ、「吐き出せーっ」とばかりに前後へ揺さぶる。

「なななななにするのー!」

見た目は十歳程度のフランドールだが、実際は四百九十五年物の吸血鬼である。

細く小さい見た目とは真逆に、その膂力は恐ろしく強い。

ガックンガックン揺さぶられながらもフランドールは胸倉を掴む馬鹿力な手を振りほどいた。

再度掴もうと迫ってくるサードの両手を真っ向から受け止める。

いささか無謀な力比べだ。

サードは対魔理沙、対フランドールなどの荒事を想定してパチュリーが錬成した小悪魔であり、そのパワーはフランドールに匹敵する。

体格差を考慮すればフランドールはサードに組み伏せられてしかるべきだった。

「ふぎぎぎぎ……!」

「ふぬぬぬぬ……!」

だが、大人と子供ほどの体格差がありながら二人は拮抗していた。

それはつまりフランドールが、体格差の不利を補うだけのパワーを発揮している事に他ならない。

パチュリーの見立てが甘かったか、はたまたフランドールがさらに強くなったのか。

覆い被さるように重圧を掛けてくるサードを押し返さんとフランドールは力を込める。

「たかが小悪魔ひとりっ! 押し返してやるっ!」

「やれるもんかこぁ!」

「スカーレットは伊達じゃないっ!」

フランドールの背で翼が煌いた。

高まった魔力が地下図書館に風を起こす。

「光の翼ァっ!」

水晶柱のような羽が虹色に光り、翼が大きく一度羽ばたいた。

――出力上昇。

サードの身体が押され始める。

「ふぬぐ! んがあぁっ!」

負けじとサードも背中の翼を広げた。

こちらは光を放たなかったが、フランドールのものと同様の効果を発揮したようだった。

押されていたサードが再び拮抗状態に盛り返す。

「あっはぁ! 面白くなってきたァ!」

フランドールは好戦的な笑みを浮かべ、より一層力を込めた。

水晶柱に翼の骨子が音を立てて絡みつき、輝きを増す。

「どこまでもつかなあ! ねえねえ。あなたどこまで頑張るのかなあ!」

みしみしと二人を繋ぐ手腕から軋みが聞こえ始めた。

同時にサードが眼に見えて押されていく。

「ぐぎぎぎぎ……! こ、こんのぉ! リミッ」

「はいそこまでー」

サードとフランドールへ大量の水が滝のように降り注いだ。


――吸血鬼は流水に弱い。


ぽたぽたと雫の垂れる髪をタオルで拭かれながら、フランドールは憮然とした顔で唇を尖らせていた。

「これからいいところだったのにー。ぶー」

「ぶー、じゃありません」

優しく薄黄色の髪から水気を取りつつこぁが嗜める。

対面では、サードが同じようにここぁに頭を拭かれていた。

「うみゃんうみゃんうみゃんここぁねええもっとやさしくしてこぁぁぁ」

「えー、なになんだってー?」

――がしがしわしわしと殆ど振り回して遊ばれるような形で。

防犯及び防衛の一環としてここぁが図書館中に張り巡らせたトラップの一つが、サードとフランドールの力比べを中断させた。

頭上から流水を浴びせられ、フランドールは瞬時に外見相応の少女並みに弱体化。

畳み掛けようとしたサードも、こぁにストップを掛けられて身を引いた。

力比べはそこで終わったがずぶ濡れになった衣服と身体はそのままだ。

放っておくと体に障る。

こぁとここぁは二人の服を脱がせて、身体を拭いた。

当然のように抵抗したフランドールだったが、こぁが押し切った。

――というか、フランドールが気がついた時には、纏っているものが大きなバスタオル一枚に変わっていた。

一瞬にして頭の天辺から爪先まで全て脱がされるという稀有な経験に、フランドールはその場にへたり込み、大人しくなった。

掛けられたバスタオルを羽織って肌を隠し、抵抗を止めてこぁに任せている。

しかし、口は減らない。

「それにしても小悪魔って三人もいたかしらっけねぇ。私が知ってる限りだと貴女一人だったような気がするんだけど。孕んだ?」

「違います。それに孕むにしたって相手がいませんよ」

「紫色の引きこもりとか」

「女同士じゃ子供は作れません」

「そこはソレ、色々と秘術があるでしょぉ」

「ありますけどね。命を生み出すには至りません」

「じゃ分裂した?」

「私は単細胞生物ですか?」

「ミトコンアクマ?」

「無理がありすぎです。それに単細胞生物じゃありませんよソレ」

「んもう、贅沢ねぇ」

「貴女が理不尽なだけですよ、妹様。――はい、おしまいです」

「えーと、こういうときは『あ、ありがとうなんて言わないんだからねっ』でいいのかしら?」

「普通にありがとうでいいと思いますよ」

「じゃグーテンモルゲン」

「それは『おはよう』です」

「パンツァーフォー?」

「もはや全然違うベクトルにむいてますね」

「ペーペーシャー!」

「……はぁ」

こぁはため息をついた。

「よっし。こっちも……完了っと」

荒さと丁寧さの緩急織り交ぜた拭き方でサードの髪から水気を取り、ここぁは言った。

「うぅ……ちょっとくらくらするこぁ」

「自分じゃちゃんと髪拭けないんだからそんぐらい我慢しなさい」

「こぁ……。ありがとーこぁ」

「よろしい」

バスタオル一枚の二人に、湯気を漂わせるカップが差し出された。

フランドールは差し出してきたこぁを見上げ、サードはここぁから受け取って、慎重に口付けた。

「ミルクティーです。暖まりますよ」

笑みかけるこぁからカップを受け取り、フランドールは静かに飲んだ。

甘く温かい液体が冷えた身体を暖める。

「……おいしい」

「ありがとうございます」

フランドールが半分ばかり干したところで、こぁは「妹様」と呼びかけた。

フランドールがカップに落としていた目をこぁに向ける。

金と赤の視線が絡んだ。

「妹様。黙って人のものを食べちゃいけません」

真剣な表情でこぁは言った。いつもの穏やかな雰囲気はなく、笑みもない。――怒っている。

「へぅ……」

「なんでサードが泣きそうになってんの」

怒気に当てられたのか、自分が矛先でないにも関わらずサードは涙目になっていた。

かく言うここぁも少々腰が引けている。お姉ちゃん怖い。

しかし、当のフランドールはつまらなさそうにそっぽを向くだけであった。

「つーん」

「つーんじゃありません妹様。……いいえ、フランドール様」

フランドールの顔がこぁを見る。

流石に名前を呼ばれては無視出来ないらしい。

「ダメですよ。人のものを勝手に黙って食べたりしては。それはいけないことです。悪い事です」

しかし、大人しくたしなめられるかといえば話は別だ。

「いいじゃない。減るもんじゃなし」

「よくありません。それに減るものです」

「無理が通ればどうにかなるって言うじゃなぁい」

ああ言えばこう言う、である。

「それを言うなら『無理が通れば道理が引っ込む』です。そして私はその言葉が嫌いです。私に関係ない所なら兎も角、関係ある所では許容しません」

「お堅いねぇ」

チェシャ猫のような笑みを浮かべるフランドール。

「被害を受けてますから。そして私は謝罪がない場合、報復という行為を確実に実行します」

対抗するかのようにこぁはにこりと笑った。

「脅してるのかな?」

「いいえ。滅相もない。事情を述べて舐められないように努めているだけですよ」

フランドールは笑み続け、こぁも笑顔を絶やさない。笑顔のまま続けられる言の葉の応酬。

「ふぅん……。小悪魔風情が面白い事言うのね」

「こぁです」

「へ?」

笑みの代わりにきょとんとした表情がフランドールの顔に現れた。

「私の名前です。『小悪魔』では三姉妹の区別がつきませんから」

フランドールは目をぱちくりさせた。

「え。他の二人って妹だったの?」

「ええ。小さい方が『子悪魔ここぁ』、大きい方が『小悪魔サード』。二人とも私の妹です。そして私は『小悪魔こぁ』。それぞれ『ここぁ』、『サード』、『こぁ』と呼んで下さい」

「マッシュ、オルテガ、ガイアね」

「そりゃ私達の服は黒ですけど……、って誰が踏み台ですか」

「ガイアのこぁ」

「変な二つ名つけないでください」

「いいじゃないハッタリが利いてて。それとも乾いた大地のこぁの方がいい?」

「だから二つ名をつけないでくださいと……」


「妹様。こちらでしたか」


唐突に第三者の声が割り込んだ。

フランドール以外の視線が声の主へ向く。

「残念。薔薇の首輪と銀の鎖が迎えに来ちゃった」

お部屋に帰らなきゃ、そう言ってフランドールは立ち上がり、――纏ったバスタオルをその場に落とした。

「桜色ッ!?」

第三者こと十六夜咲夜が口元を押さえつつ頓狂な声を上げるのと同時に、フランドールの身体が無数の蝙蝠に化けた。

四方八方に蝙蝠達が散っていく。

「ごちそうさま」

蝙蝠の羽音に紛れ、どこからとなくフランドールの声がした。


「……そういうわけだから。貴女達、明日からしばらく妹様つきのメイドよ」

咲夜は出されたダージリンへ静かに口づけた。

――ふむ、と心中で頷く。高級品ではないが悪くない。

丁寧に淹れてある。

「いやいやいやいや。なんでそうなるんですか」

「話の流れで分からない?」

「分かりません」

「分かんないんだなぁ、これが」

「お腹空いたこぁ。プリン食べたいこぁ」

小悪魔三姉妹総掛かりの「わかりません」(一人除く)に小さく呻いて咲夜は再びカップに口付けた。

フランドールを探して図書館まで来たものの逃げられてしまった彼女は、こぁに誘われるがままお茶を飲んでいた。

初めはフランドールを追おうとしたのだが、こぁから

「多分お部屋に戻ったと思いますよ。そう言ってましたし、それに裸ですし」と聞いて尻を下ろした。

如何にフランドールといえど、裸では歩き回るまいという読みと、『何で裸なのかその辺詳しく』と好奇心が鎌首もたげたが故である。

そもそも咲夜の目的はフランドールの動向を確認する事であって、それをどうこうする事ではない。

流石に屋敷の外へ脱しようとしたら食い下がって止めざるを得ないが、今日は雨なのでその心配もない。

ここまで計算(もとい自分に言い訳)した上で咲夜は誘いに乗った。

そして茶飲み話にフランドールを巡る一件を説明し、先の発言へと繋がった、という訳だ。

「妹様専属メイド隊が壊滅した事は不幸だと思いますし、負傷者の方々が早期に回復する事をお祈りしますが、私達が代打を務める理由がありません」

「だって暇でしょ」

「そんな理由……暇じゃないです。図書館の仕事にパチュリー様のお世話が」

「元々そんなに人が来るわけじゃないでしょう。パチュリー様のお世話にしたって三人もいらないわよね?」

「ゆ、有事の際には三姉妹一丸となって」

「滅多にないから有事っていうのよ」

「うぐ」

「それと、別に暇ってだけが理由じゃないわ」

「暇なのは確定ですか」

「――図書館の運営予算、まこと高うなり申した」

声色を変えた咲夜の一言に、こぁの背筋は凍りついた。

「来月の予算案、ややもすると通らぬかもしれませんなあ」

「そ、そう来ますか……」

効果ありと見て咲夜は笑んだ。

「さて、メイド隊の代打についての話なんだけど……断るなんて言わないわね?」

「……やらさせていただきます」

観念したのか、こぁは神妙に返答した。

「お腹空いたこぁ。プリン食べたいこぁ。あああ、このウラミはらさでおくべきかこぁ」

「……食い物の恨みは、おっかないやねえ」

がじがじとデザートスプーンを齧るサードを横目で見て、ここぁは静かにつぶやいた。

ティーカップを持ち上げ、お茶請けのないお茶を啜る。

角砂糖を一つ溶かしたダージリンはちょっと渋かった。


――かくして小悪魔三姉妹はフランドール専属メイドを務めることになった。


お茶の後、咲夜は三姉妹を図書館から連れ出した。

メイド長言いて曰く、「司書とメイドは違うもの。とりあえずは形から、ね」とのこと。

そして連れ出した先は、屋敷にいくつか点在するロッカールームであった。

鍵を使ってドアを開け、咲夜は三人を招き入れるとロッカーの一つを開いた。

「確かここ…………あった」

丁寧にロッカーから取り出されたのは、三種類のメイド服。

咲夜は三人にそれぞれ一着ずつメイド服を手渡した。

渡されたメイド服を見て三人は眼をぱちくりさせる。

「貴女達にはこれを着て仕事してもらうわ」

「これ、お屋敷で使ってるのと規格違いますよね。あとなんで種類まちまちなんですか?」と、こぁ。

「調達できるのがそれしかなかったのよ」

用意してあったテンプレートを読み上げるが如く咲夜は答えた。

「前にサードの服探しに行った時には合うメイド服なかったんだけど」と、ここぁ。

「ここにあるのは普通のとは別で管理されてる特注品なのよ」

同じく淀みなく咲夜は答えた。

「プリン……」

と、サード。半ば上の空である。

「というかなんで一般規格のメイド服じゃないんです?」

「というかなんで一般規格のメイド服じゃないのん?」

こぁとここぁは異口同音に言った。

「私が着せたいからよ」

酷く爽やかに、十六夜咲夜は笑っていた。

「「えーと……」」

「じゃ、着替えましょうか」

――笑って言った。


数分後。


「……なんでわたしがメイド服着てあの赤ちっこいのに『ごしゅじんさま』なんて言わなきゃならないこぁ」

『ああ忌々しい。忌々しい』といった渋面を浮かべるメイド服姿のサード。

「我慢しなさい。これもご飯のため、生活のためです。渋い顔してるとかわいい格好が台無しですよ」

如何にも“らしく”メイド服を着こなし、楚々とした立ち居振る舞いを魅せるこぁ。

「ちょっと胸と背中の露出、大胆じゃないかな。あとスカート丈も……」

「でもこれはなかなか……」と胸元を覗き込むコケティッシュなメイドと化したここぁ。

――ついつい頬が緩むのを咲夜はこらえられなかった。

自身もメイド服を纏うメイド長であり、仕事柄メイド服を着た少女を見慣れているとはいえ、これは……堪らない。

(こぁもサードもいいけど、一目見てくるのはやっぱり露出の分ここぁね。凹凸の少ない少女体系であの服って、作成者の想定とは違うベクトルで誘惑されるわ。見えそうで見えない度は薄い胸ゆえに増大して威力向上。恐るべしここぁ。ああそんな無防備に引っ張ったら見えちゃうじゃない見えちゃうじゃない。誘ってるの? 誘ってるの――?)

「メイド長がものすげー幸せそうな顔してるこぁ」

「感極まるというより煩悩直撃って感じの幸せっぽいですね」

「煩悩開放されたらあたしらの貞操が危うそうな感じだねー」

助けてもらおう陰陽師。レッツゴー。

三姉妹はそれぞれ思い思いの言をもらしたが、咲夜に反応なし。

恍惚とした表情を浮かべ、もうしばらくは現世に戻ってきそうにない。

あまりの無防備さに「いっそ喰っちゃいますか」発言まで出たほどだ。

「咲夜さん咲夜さん」

戻ってこない咲夜に痺れをきらし、こぁは肩を叩きつつ声をかけた。

「は」

咲夜、現世帰還。

「明日からこの格好で妹様のところに行けばいいんですね?」

「え……ええ。そうよ。必要人員は一日につき一人だから、三人でローテーションでも組んでちょうだい。それから専属隊二人が貴女達の後に入る事になってるから、図書館組は都合三日毎に二日休みの形になるわ」

「仕事の内容については?」

「貴女達なら聞かなくてもできるでしょ?」

「わかりました」

「それじゃ、三人とも。明日からしばらく頼んだわよ」

三姉妹はそれぞれに返答した。


次の日、小悪魔こぁが与えられたメイド服を纏って、地下にあるフランドールの部屋へやってきた。

こぁ、ここぁ、サードの順にローテーションを組んだためである。

「そういうわけですから、しばらくの間よろしくお願いします。妹様」

「はーいよろしくねー」

丁寧に一礼するこぁにフランドールはけらけら笑って応じた。

――そして気づけば何事もなく一日が終わっていた。

掃除、着替えの世話、食事やお茶の給仕、話し相手、その他全てが恙無く完了。

緊張による若干の肩こりと仕事による疲労はあるものの、こぁは無傷の状態で一日を終えていた。

「そろそろ寝る……」

くわぁ、とフランドールがあくびをする。

「ではお着替えを」

「あー、いいよ。パジャマとか着ないし」

「しかしそのままの格好で寝られては」

「私寝るとき裸だし」

「それでは身体が冷えてしまいます」

「寒いの……暖めて?」

「そういう台詞は想い人を前にしたときにでも言って下さい」

「ノリ悪いなぁ。ホイホイついてくれば寵姫になれたのに」

「生憎と私はフリーの悪魔ではないので」

「ちぇ」

「……。では私は帰りますね」

「脱がせてくれないの?」

「はい。脱がしません」

「メイドとしてそれはどうかと思うねえ」

「申し訳ありません。本職は司書な似非メイドですから」

「言うねえ……」

軽口のやりとりを交わし、二人は微笑んだ。

服に手を掛けたフランドールに、こぁは衣擦れの音を聞きながら照明をいくつか落とし、部屋に薄闇を呼び込んだ。そのままフランドールに視線を向けず、部屋の出入り口に立つ。

「では、おやすみなさいませ」

一礼してこぁは部屋から出て、扉を閉めた。両肩からふっと重いものが消え、張り詰めていたものが緩む。ため息が出た。

「……ちょっと疲れました」

フランドールの部屋に背を向けて、帰ろうと歩く事数歩。背後のドアが勢いよく開いた。何かあったのかとこぁは振り返り、ブルーの布地が視界を遮った。

「へえ、黒が好きなんだ。……『Honi soit qui mal y pense』。でもこれを見る人で『思い邪』じゃない人なんているのかな?」

黒、――今日のショーツは黒だった。

『Honi soit qui mal y pense』、――そのショーツに刺繍してある魔除けの句。

そしてスースーする足首から太股――。

こぁはメイド服のスカートを盛大にめくられていた。

「きゃあ!」

悲鳴を上げてスカートを押さえるこぁ。

スカートのカーテンの向こうには自室へ駆け戻って行く、肌色のフランドールがいた。

「妹様!」

「おやすみーー」

ドアがフランドールを迎え入れ、錠を下ろした。


次の日、子悪魔ここぁが与えられたメイド服を纏ってフランドールの部屋へやってきた。

「んじゃ、よろしくお願いします。妹様」

「んー、よろしくねー」

簡単に一礼するここぁにフランドールはベッドでゴロゴロしつつ本を読みつつ応じた。

――そうして、一日が終わった。

ここぁは適当にフランドールの世話をこなし、何事もなく仕事を完了した。

「寝るわ」

「おやすみなさい」

「あれ、夜伽はやってくれないの?」

「そちらは別コースとなっております、妹様」

「コインいっこで追加オーダーできる?」

「出来ないんだなぁ、これが」

などとやり取りを交わしつつここぁは部屋を暗くして、「ではまた数日後」と部屋から出て行った。

ドアを閉めて、「さて、まーだ油断はできないぞっと」と言った。

『妹様の部屋から出たら用心しなさい』

ここぁは姉小悪魔こぁの言葉を思い浮かべた。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

愉しげに呟いてここぁは歩き出した。

短いスカートの下で小さなお尻と尻尾が揺れる。

少し歩いたところで背後からドアノブの回る音がした。

そらきた、とばかりにここぁは振り返り、駆けてくるフランドールの姿を目視した。

「あーら、妹様。いかがしました」

フランドールはここぁの目の前で止まった。

「んー、ちょっと忘れ物」

「あたしは手ぶらで来たように思うんですがー」

ここぁは両手をミニスカートの前で組んでいた。スカートめくり封じの秘策である。

「あなたの忘れ物じゃないよ。私の忘れ物」

にっこりと笑って――、

フランドールはここぁのメイド服を引き下げた。

膨らみの殆どない薄い胸と小さな蕾が外気に晒される。

「……ッ、きゃあ!」

状況認識の遅れから一拍遅れてここぁは悲鳴を上げた。

つん、と蕾を突いてフランドールは笑いながら走り去って行く。

「てめっ!」

顔を赤らめ、左腕で胸を隠しながらここぁは右手で腰裏から抜いたダガーを投げつけた。

カッ、とドアにダガーの食い込む音のきっかり一秒後、錠の掛かる音が聞こえた。


次の日、小悪魔サードが与えられたメイド服を纏ってフランドールの部屋へやってきた。

「あー、よろしくお願いするこぁ。妹様」

「よーろしーくねー」

酷く不本意そうに一礼するサードにフランドールは愉しそうに応じた。

――どうにか、一日が終わった。……どうにか。

サードは真面目にフランドールの世話をして、いくつも失敗した。

着替えの世話をすればうっかり首を絞め、給仕をすれば食器を割り、その他にも。

一日が終わる頃には、フランドールの機嫌はよろしいとは言えなくなっていた。

「私のこと好きじゃないからってこういう嫌がらせする?」

「違うこぁ! あんまり好きじゃないのは本当だけど嫌がらせなんてしてないこぁ!」

「どさくさにまぎれて首絞めたり食器割ったり躓いて人が座ってる椅子蹴倒したり読みかけの本の栞外したりするのは嫌がらせじゃないっての?」

「わざとじゃないこぁ! 本当こぁ!」

「本当こあぁ?」

いじわるそうに聞くフランドールにさーどはコクコクと必死で頷いた。

その様にやれやれとポーズをとってフランドールは休むことにした。

「疲れたから寝る」

「ぅー……おやすみなさいこぁ」

「明かりは消さなくていいわ。あんたがやると壊れそうだし」

「こぁ……」

がっくりと肩を落としつつサードはドアに向かい、「次はもっとうまくやるこぁ。ごめんこぁ」部屋から出た。

後ろ手にドアを閉め、サードは姉二人から言われた『妹様の部屋から出たら用心しなさい』という言葉を思い浮かべた。

「どういうことこぁ?」

首を傾げ、てくてくと歩き出す。しばらく歩くとドアの開く音がした。

振り返ったサードの視界を、舞い上がるエプロンとスカートが遮る。

「あー、こういうことこぁー」

「す、スパッツ!?」

なるほど、といった感じのサードの声に、驚きの色で染まったフランドールの声が続いた。

先日のこぁに仕掛けたように、スカートを捲りあげたフランドールだったが、サードがメイド服の下に身に着けたスパッツによって失敗に終わった。

サードの手が伸びる。言葉こそ濁していたが、姉二人が辱めを受けたのはなんとなく分かっていた。

奇襲失敗でフランドールが隙を見せている今こそチャンス。

「連れて帰ってお尻叩きこぁ」

スカートの向こうにいるフランドールを掴んだ刹那、

「きゅっとしてばりばりー」

サードの衣服が全て弾け飛んだ。

「…………みひゃああああああ!」


図書館の上空を二つの影が舞っていた。

目まぐるしく絡むように動き回り、火花と爆発を散らしている。

片や長身に黒い翼の小悪魔サード。

片や短身に七色水晶の翼を広げたフランドール・スカーレット。

二人はお互いを地に堕とさんと、戦っていた。


その光景を、遠見の水晶を介して三人の少女が眺めている。

「止めないの。咲夜、レミィ?」

「やりすぎた主を諌めるのも従者の仕事ですわパチュリー様」

「この長雨の退屈を紛らわすにはいい見世物だよパチェ」

パチュリー、咲夜、そしてレミリアである。

「咲夜、代打でも従者扱いでいいのかしら?」

「辱めを受けたのは彼女たちですし、問題ありませんわ。それに……」

「それに?」

「心情も理解できます。私が同じ目に遭わされたらきっちり倍返ししてますわ」

「……皮剥ぎ?」

「いえ、性的な方向で」

「……怖いわね」

下手をすると自分も危ういパチュリーは、鳥肌の立った腕を服越しに撫でた。


――長姉から末妹までフランドールの悪戯を受け、小悪魔三姉妹は立ち上がった。

そもそもこぁからして使い魔でありながら主人相手に労働条件の改善を求めるような手合い。

辱めを受けて黙っていやしないのだ。

三姉妹は紅魔館の実権を握る咲夜に仇討願を出し、受理された翌日、図書館を戦場としてフランドールに決闘を挑んだ。

退屈していたフランドールは嬉々としてこれに応じ、今に至っている。


「ところでパチェ。貴女こそ止めなくていいの?」

「どうしてかしら、レミィ」

「サードはともかく、フラン相手にこぁとここぁは力不足だと思うんだ」

「レミィにこの言葉を送るわ」

「どんな言葉?」

「『モビルスーツの性能の違いが戦力の決定的差ではないということを教えてやる!』」

「いい声ね、パチェ」

肝心の言葉の方はどうでもいいらしい。

「そういえば他の二人の影が見えませんわね」

「さっきのパチェの台詞から見るに、なにか策があるんじゃないかな」

「多分そうだと思うけど。私にも実際のところはわからないわね」

三人は空を見上げる。赤い魔弾が砕け割れたガラスのような花火を咲かせていた。


サードとフランドールはほぼ互角の攻防を繰り広げていた。

弾幕ごっこではない。双方、手に得物を携え、それさえも駆使して相手を落としに掛かっている。

弾幕格闘空戦とでもいった戦いだ。

普段と同じ格好のフランドールに対し、サードは普段のローブに加えて両手に金属製の籠手――ガントレットをはめ、その手には常軌を逸した大剣を握っていた。

盾になりえる程に広い身幅、分厚い刃、そしてサードの背丈を大きく上回る全長を持つその大剣は、名をドラゴン殺しという。

「こぉーあっ!」

ユニークな掛け声と共にサードはドラゴン殺しを振るう。

外見同様に重量も常軌を逸している大剣を、桁外れの馬鹿力が軽々と扱わせていた。

「それっ!」

フランドールは振るわれたドラゴン殺しを大きく後ろに下がってかわし、魔弾をばら撒いて反撃する。

スペルではないが、その密度はノーマルにあらずエキストラ。

さらに威力はルナティック、まともに浴びればひとたまりもない。

しかしサードは慌てず騒がず動じない。

背中の翼をはためかせ、下がって距離を稼ぎつつ反撃する。

白い大型の光の矢がサードの翼下に四発顕現。

そして――「ふぉっくすすりー!」

一斉に撃ち放たれた。

霧雨魔理沙が十八番、マジックナパームにも似たこの飛び道具を、サードは『フェニックス』と名付けて愛用していた。

パチュリーがさーどを錬成する際に用いた材料に同名の物品があったが、関係は定かではない。

フェニックスはマジックナパームにはないホーミング能力を発揮してフランドールへ向かって行く。

その姿は矢というよりミサイルの如し、回避するべく高機動で逃げるフランドールを追って、サードは魔弾の花火へ突っ込んだ。

最悪の場所だが最短の近道だ。

戦闘に特化した思考の一部が、瞬時に最も薄く、通り抜けられそうな道をサードに示す。

背と頭のデビルウィングに尻尾まで駆使して、隙間を抜けるが如何せん密度が高く、そしてサードの身体はでかすぎた。

直撃こそかわすものの、魔弾はヤスリでも掛けるかのようにサードを削っていく。

ローブを焦がし、血を流しながらもサードは弾幕を突き抜けた。

フェニックスをかわして体勢を立て直したフランドールを捕捉、追撃する。

展開される弾幕もなんのその錬成材料に、使われたハイドラが生み出すハイパワーを推力に、魔理沙への迎撃を想定したスピードで強引に突き抜け、空を駆けるサード。

ロングレンジからミドルレンジまで一気に詰め、――強襲。

「こぉーーーーあっ!」

さーどの振るった左手から鎖が伸び、その先についたトゲの生えた鉄球が、フランドールへ踊りかかった。

質量武器『小悪魔ハンマー』である。

「落ちるこぁーっ!」

子供の頭ほどもある鉄球は容赦なく破壊の権化へ襲い掛かり、

「いんがっ!」

フランドールが黒杖の一閃で粉々に破壊された。同時に黒杖とは逆の手でスペルが目を覚ます。

「蔓に絡まり落ちるがよいっ♪ 禁忌『クランベリートラップ』!」

サードを挟む前後に魔法陣が現れた。

前はフランドールを守る様に、後ろは退路を断つ様にように、移動しながら弾幕を張る。

サードを絡めるように伸びる弾を蔓に見立てれば、その光景は先のフランドールの台詞に通じていた。

「弾幕の蔓なんかこわくなーい! 怖いのはニンジン尽くしこぁー!」

破壊された小悪魔ハンマーの鎖を投げ捨ててサードは両手でドラゴン殺しを構えた。

黒い剣身が魔力を帯びて薄赤く光る。

「ちょりゃさーっ!」

迫る弾幕の一角にサードはドラゴン殺しを一閃。

魔力を使って強化した分厚い剣身はフランドールの弾幕を相手にして一歩も引かず、道を切り拓いて見せた。

弾幕の囲みを叩き斬って抜けるサードにフランドールは手を叩く。

「すごいすごい。デタラメねえ、あなた」

楽しそうに笑って、フランドールは右手の黒杖をバトンのように回した。

真上に高く放り投げ、キャッチ。

「レーヴァテイン、いくよー」

『ヤッヴォール!』とノリノリで応えたかどうかは定かでないが、黒杖は炎を纏い、ドラゴン殺しを凌ぐ煉獄の大剣と化した。

「そーれ斬滅ッソー!」

轟、と古書の香る空気を焼き裂いて、レーヴァテインがサードを襲う。

大上段からの一撃、かわせぬと判断したか、受け止めるべくサードはドラゴン殺しを構えた。

縦一文字のレーヴァテインに対し、ドラゴン殺しは横一文字。

――遠見の水晶を介してその光景を見る三人はそれぞれの反応を見せた。

「決まったわね」

「いくらサードでもレーヴァテインは!」

「あの子なら耐えるわ」

振り下ろされる煉獄の炎。

魔力を帯びたドラゴン殺しはレーヴァテインを受け、一瞬で拮抗を崩した。

「うわたたた!」

――悲鳴をあげたのは仕掛けたフランドールだった。

小さな身体がバランスを崩して泳いでいる。

レーヴァテインが振り下ろされた瞬間、サードはドラゴン殺しを斜めに寝かせていたのである。

レーヴァテインは勢いのままにドラゴン殺しの上を滑り、さーどの右を焼き裂くに終わっていた。

「う、受け流し……」

驚きの表情を浮かべ、咲夜が漏らす。

受け流しとは、力の流れをずらして攻撃を捌きしつつ、相手に隙を作らせる防御技法である。

『真っ向から受ければ危うい一撃も、力の方向を流してやればその威力は減衰する』

美鈴はそう言ってこの技を仕込んでいた。

サードは仕込まれた技術を実戦で的確に使い、煉獄の炎を捌いてのけたのだ。

体の流れたフランドールへサードが踊りかかり、大剣の峰でその胴を強かにぶっ叩いた。

「ぎゃうっ!」

隙だらけのところを強撃され、フランドールは抗う事もできず、本棚の林へ墜ちていく。

サードはフランドールの墜落を見届け、姉二人へ通信の口を開いた。

「――小悪魔サードよりこぁ姉、ここぁ姉へ。『獲物は網に掛かった』。繰り返すこぁ。『獲物は網に掛かった』こぁ」

「小悪魔こぁ、了解。サードはそのまま上空で待機。ここぁ、出番ですよ」

「りょーかい。ふぇふぇふぇ。うらみはらさでおくべきかー」

サードに叩き落され、地面にキスするはめになったフランドールは床に突っ伏したまま、「うーあーいーたーいー」と鳴いた。

いかに吸血鬼といえど、鉄の塊でぶっ叩かれて墜落は堪える。

タフでクールで死ににくいとはいえ痛いものは痛い。

しばらくうつ伏せになっていたフランドールだったが、近寄ってくる気配を感じ、四肢を使って跳ね起きた。

「そこにいるのはだぁれ?」

漂ってくる気配に向けて黒杖を突きつけ、首を傾げて問う。

カツ、コツとブーツの踵を鳴らして本棚の影より小さな影が現れた。

「いらっしゃい」

出迎えたのはここぁだ。黒い司書服のポケットに手を突っ込み、ニィィ、と笑っている。

「あらちっこいの。三人で決闘を申し込んできながらおっきいの一人しか来ないから逃げたかと思ったよ」

対抗するかのようにフランドールは二マァと笑った。

三日月のように禍々しい笑み。

「妹様にちっこい言われたくないなぁ。身長あたしより低いのに」

「だって小悪魔三人大中小で言ったら小じゃない。だからちっこいのでいいのよ」

「そうなんだけどさ。でも自分よりちっこいのにちっこいの言われたくないのであった」

「しかし私はちっこいのだからちっこいのと言うのであった。ちっこいの」

「ちっこい言うな」

ここぁはそう言って、トラップを起動。

――ぐわーん。

フランドールの頭を上から降ってきた金だらいが直撃した。

「……痛い……なによこれぇ……」

ぺたりとフランドールは座り込んだ。目にじわ、と涙が浮かぶ。

金だらいそのものは何の魔法も掛けられていないどこにでもあるような代物だったが、“天井から降ってくる”ことにより一種の概念として効果を発揮したらしい。

「古来より金だらいはそう使うって相場が決まってるのよ妹様」

ケケケと笑うここぁを涙目で睨みつけ、フランドールは黒杖を横一線に振るった。

黒杖の軌跡にふつふつと魔弾が出現し、ここぁへ殺到する。

「おっとととと」

ここぁの小動物を思わせる身のこなしによって、魔弾は全弾虚空を穿つに留まった。

ひらりとスカートを翻してここぁは軽く手を振った。

――フランドールの背後へ。

「こぁ姉、任せた」

「はい、任されました」

フランドールが振り返るより、背後の書架から現れたこぁが後ろ抱きにする方が早い。

「きゃっ……」

「いらっしゃいませフランドール様」

耳へ甘い吐息を浴びせながら、こぁはフランドールの腕を絡め取り、身動きを封じ込む。

「くぬ……!」

振り解こうと力を込めるフランドールだったが、こぁの拘束は緩みもしない。

「ヴワル魔法図書館司書奥義、『悪魔の魚』。この技から逃れられるとお思いですか」

単純な力でならこぁはフランドールに及ばない。

しかし技を加味すれば話は別だ。

周囲に有能な人材が揃っているために影の薄い小悪魔だが、その実、人知れず多様な技術を修得している。

彼女は絶対的な一を持たないが故、逆に多方面へ枝を伸ばしていた。

――捕縛術『悪魔の魚』もそのひとつである。

技を完全に掛け、フランドールの抵抗を封じたところでこぁは復讐を開始した。

「いけませんねフランドール様、オイタが過ぎましたよ」

もがく少女の耳元で囁き、その首筋を指先で撫ぜる。

未知の感覚にフランドールの身体が震えた。

びくっとする白い柔肌を細い指が這っていく。

「人のスカートをめくったり……」

もう一方の手が赤いスカートの裾をたくし上げた。

弾幕少女たちが愛用する、見えてもいい下着、かぼちゃパンツことドロワーズが晒される。

「やあ……」

見えてもいい下着だったが、状況がフランドールに恥ずかしさを感じさせた。

幼い顔が紅潮する。

「人の服を脱がせたり」

スカートをたくし上げていた手がベストの下からその内へ潜り込んだ。

片手で器用にブラウスのボタンを外し、さらに中へ侵入する。

「ひゃんっ!?」

キャミソール越しに肌を撫でられフランドールは短く悲鳴を上げた。

「人を裸にしたり――いけませんね。お仕置きですよ」

「ひゃ、やあ……っ!」

不埒な手が直に肌へ触れ、へそに指を入れた瞬間、フランドールは背後の淫魔を背負うようにぶん投げた。

反射的な動作だったが、見事な柔だった。

反転する視界にこぁは拘束を解いて離れ、勢いのまま宙を回り、着地。

投げた側のフランドールは勢いあまって自らも投げてしまい、尻から地に落ちていた。

尻餅をついたような格好で、身体を庇う様に抱いて涙の浮かんだ眼でこぁを睨んでいる。

「…………」

知らず、こぁの喉が動いた。招かれるように一歩踏み出して、止まる。

フランドールが右手を突きつけるように構えたためだ、その手には一枚のスペルカード。

――禁忌「フォーオブアカインド」

一瞬前までこぁが居た空間を三本の黒杖が貫いた。

「……四人がかりですか」

大きく飛びのいて難を逃れたこぁの前には、四人に増えたフランドールの姿があった。

同じ顔が四つ並び、それぞれに違う色の笑みを浮かべている。

「三人がかりなんてフェアじゃないよね。だから私も四人がかり。アンフェアかな?」

「卑怯かな?」

「卑怯なとき?」

「卑怯であれ?」

四人に増えてテンションが上がったのか、きゃいきゃいとフランドールがはしゃぐ。

それも別個に、各々に人格があるのだろうか。こぁはその光景を見てくすりと笑った。

「いいえ。ちっとも。何せ決闘ですから。勝つためにはあらゆる手を使うのが最善です」

背後に右手を回し、こぁはどこからとなく己の得物を取り出した。

長い柄に、三日月のような金属の刃。

――西洋の死神が持つような、大鎌である。

「どこから出したの?」

「それは秘密です」

「でもでもそんなの持っただけで勝てると思わないよね」

「こっちは四人で貴女は一人」

「他の二人を足しても四対三」

「さらに二人は私より弱いー。これじゃ勝負にならないねぇ」

四人のフランドールが代わる代わる言の葉を吐く。

狂気をはらんだ不思議な光景だ。

「なるほどなるほど。数の上での優位と、単体での戦力での優位。これなら負けないとお思いのようですが。……お忘れのようですね」

こぁは手にした大鎌をゆっくりと担いだ。

「ここは私たちの領域、図書館なんですよ」

こぁの左後方からここぁが現れ、そこについた。

手には小柄な体躯に似つかわしくない得物、斧がある。

「決闘とあらば勝つためにあらゆる手ぇ打つのは当然の仕儀ってね」

よっこらせ、と、いささか持て余し気味に斧を肩へ担ぐ。

臨戦態勢に入った二人の小悪魔に、四人のフランドールはそれぞれ広がって目の前の相手へ黒杖を構えた。

フランドール二人にかかられれば小悪魔など秒殺されてしまう。

そんな危機的状況でありながら二人の小悪魔に怯えの色はない。

「それで。この状況から勝つつもり? 言っとくけど私三人目のこと忘れてないよ?」

遠まわしにサードの奇襲は効かないと告げるフランドールにこぁは微笑んだ。

「ええ、勝つつもりですよ。ねえ、ここぁ」

「ねえ、こぁ姉。では戦闘開始でスイッチオン」

ここぁがそう言った瞬間、四人のフランドールをプレッシャーと脱力感と疲労を混ぜたような感覚が襲った。

流水を被ったときに似たような感覚だが、段違いの嫌悪感があった。

不意に襲った感覚にフランドール達の動きが鈍る。

「――水属性の局地結界。簡易だけどヤキ入れるぐらいの時間は持つさね」

小悪魔三姉妹ではフランドール・スカーレットには勝てない。

単純な戦力計算でそれは判明している。

だが三姉妹はそれでも決闘を挑んだ。

それは勝利を手にする作戦が描かれていたからに他ならない。

三姉妹がフランドールに勝てないのは大きな戦力差が存在するからだ。

それも連携程度では覆せない大きさの。

ならばその戦力差をどうにかして埋めればいい。

自分達がフランドールに近づくか、フランドールを引き下げるかして、三姉妹が選んだのは後者だった。

そこで用いたのがこの水属性の局地結界である。

吸血鬼が苦手とする流水と同じ効果を発揮する結界をあらかじめ敷設し、その中にフランドールを誘い込む。

あとは獲物が結界内へ踏み込んできたところで起動すればいい。

――弱体化し、力を充分に発揮できなくなったフランドールを叩き伏せる。

策士にしてトラップ魔のここぁが必勝を期して立案した作戦プランだった。

そしてその作戦プランは実を結びつつある。

「そういうわけです。恨むなら、私たちの領分である図書館での決闘を受けた過去の自分を恨んでください」

勝ち誇るように言う二人の小悪魔へフランドール達が挑みかかった。

結界による弱体化があるとはいえ、その動きは充分脅威といえる鋭さを有している。

――だが小悪魔には届かない。

弱体化した身では大鎌を得物とするこぁの懐中に飛び込むことは適わず、

「ひとーつ」

遠心力を上乗せして振るわれるここぁの斧を防御することは出来ない。

「ふたーつ」

得物を振るって隙が生まれた二人に踊りかかるフランドールを、

「みーっつ……こぁ」

何時の間にやってきたのか、上空から姉たちを守るために降ってきたサードがドラゴン殺しで斬り倒し、打ち払った。

致命傷を負った三つの分身が魔力の塵となって消え、本体のフランドールが一人残る。

「勝負アリ、かな」

「勝負あり、こぁ」

「と、妹達は言ってますけど、フランドール様はどうしますか?」

勝ち誇る小悪魔三姉妹にフランドールは憮然とした顔でこう言った。

「勝負ありね。――――アンタ達の完敗で」

狂気を宿した赤い目が三姉妹を見る。

魔力付与などされていない視線が三人の背筋を氷柱のように凍りつかせた。

全身を貫く恐怖を振り払おうと小悪魔達はそれぞれ得物を構え、

――その間を一瞬で通り抜けたフランドールによって身体の各所から血をしぶかせた。

「……デーモンロードウォーク。あいつだけの技じゃないんだよ」

三姉妹が崩れて膝をつく。

倒れる事こそ耐えたものの、そのダメージは戦闘の続行を著しく困難なものにさせていた。

――ただの一撃で、である。

「馬鹿な……。早過ぎる」

「確かに、見て反応できる速度じゃありませんね」

「そうだけど、それだけじゃないんだわこぁ姉」

いち早く立ち上がったサードが庇いに入るその背を見て、ここぁは困った事実を告げた。

「結界が解けてる」

「……うそ」

予想外の自体に思考がフリーズしそうになるこぁの腕を掴み、ここぁは続けた。

「残念だけど本当。それにしたって妙だ。あと二十分はもつはずなのに……」

ずきずきと痛む身体に苛まれながらもここぁは思考を続け、見落としに気づいた。

「『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』……それが結界を壊せない道理なんて」

「ないよねぇ」

何時の間に踏み込んだのか。サードのドラゴン殺しと黒杖で競り合うフランドールがここぁに続けた。

「結界なんてきゅっとしてドカーンでおしまいよ。フォーオブアカインドは破られちゃったけど私ってばそれだけじゃないしねぇ」

ぎし、とサードの身体が鳴った。

歯を食い縛り、全身を震わせるほどに力を込めているにも関わらず、押されている。

「さっきの様子を見るに、もう手は無いみたいだけど……念には念を入れて」

黒杖が煉獄を纏って、火炎の柱と化した。

「ぶっつぶしちゃうぞー」

朗らかな狂気の笑顔でフランドールは惨劇の開幕を宣言した。

「こぁ姉。――クローゼットの陰にワインが隠してある。……飲んでいいよ」

「飲めたらいただきます。ええ。飲めたら……」

「ま、魔力切れ……も、もうダメこぁ……」

――こうして小悪魔三姉妹は敗北を喫した。

げに、恐ろしきは悪魔の妹であった。


「サード。また遊びに来てますよー」

小悪魔こぁは妹の小悪魔サードに慣れた口調で告げた。

「んがー。いないって言ってこぁ」

サードは聞こえないとでもいうかのように、尖った耳を渋面で押さえた。

紅魔館地下大図書館は、今日もやんごとなき身分の来客を迎えていた。

小悪魔三姉妹とフランドールの決闘から一ヶ月あまり。

彼岸を見たり閻魔と法廷バトルを交えたりしながらも、パチュリーという優れた魔法使いを主に持っていたことが幸いして、三姉妹は決闘より生還を果たした。

翌日には全快した三姉妹へ、咲夜は再びフランドール専属メイド隊の代理を命じた…メイド長容赦ねえ。

普通なら何かしらしがらみのありそうなものだが、そこは幻想郷である。

逆に一度やり合った事が吉と出たのか、三姉妹とフランドールはよりフランクな関係を構築していた。

その結果がこれである。

「遊びにきたよ」

連日のように図書館へ遊びに来るフランドール・スカーレットであった。

「なんで毎日来るこぁ」

「サードが呼ぶから」

「呼んでないこぁ!」

「まぁいいや。今日は何して遊ぼうか」

「人の話聞けこぁ!」

「じゃ、今日はレザーフェイスごっこね。私レザーフェイスやるから」

「聞けって言ってるこぁー!」

「フゴーフゴー。悪い子はどこだー。レーヴァテインで燃やしちゃうぞー」

「ひきゃー!」

炎を纏った黒杖を振りかざし、威嚇のポーズを取る悪魔の妹にサードは尻を向けて逃げ出す。

レーヴァテインを振り回しながら追ってくるフランドールに、走っていたのでは追いつかれると、床を蹴り、デビルウィングを羽ばたいて空へ舞い上がった。

レザーフェイス役のフランドールも同様に空へと上がる。


悲鳴を上げて図書館上空を逃げ回るサードと、実に楽しそうに追うフランドールを、子悪魔ここぁとこぁは眺めていた。

「仲が良くていいことですねえ」と、朗らかな笑顔でこぁは言い、

「いやはやなんともご苦労な事だわ」と苦笑まじりにここぁは応じた。


「楽しい楽しい楽しい! ふぁいやー!」

「レーヴァテイン振り回すなこぁーー! ちょっ、うわーっ! あぢ! あぢぢぢぢ! お、おしり焦げるこぁーー!」


紅魔館地下大図書館は今日も平和だった。

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