テラーノベル
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#異世界転移
花月夜れん
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#執着
さぶれ
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都築七美
217
「はぁ……」
都内で指折りの高級ホテルのスイートルームに、先ほど、別れさせ屋の男に愛を告白したばかりの夫の甘い吐息が響いた。計算されつくして造られたガラス窓からは、この国の象徴とも言える東京タワーが闇夜に赤く浮かぶ姿が見えている。
重なる息遣い、肌の触れ合う距離。言い逃れができないほど、近い距離。
今、私は、自身の夫である彼――藤崎涼二(ふじさきりょうじ)が、天国から地獄へ堕ちる瞬間を、この目で見届けるためにここへきた。
――僕は君が妻よりも好きだッ! あ、愛してる! 抱かれたい……君に抱かれたい!!
確かに夫はそう言った。間違いなくこの耳で聞いた。
証拠も撮れた。……彼のおかげで。
長かった。ようやく今までの苦労が報われる――
感情を噛みしめるように一歩一歩、力強く歩く。
部屋の奥へ行くと、興奮で荒くなる息使いや許しを請う声が聞こえる。そして私が用意した別れさせ屋(男)に縋りつくその姿。すべて、暴いて晒してやる!
足音を忍ばせ、柔らかい絨毯の上を歩いた。ほの暗い灯りの中で絡み合う姿をあぶり出すため、電気のスイッチを遠慮なく点けた。一気に部屋が明るくなり、豪華絢爛な内装を露わにしただけでなく、全裸の涼二の姿も浮かび上がらせる。
目の前の男と関係を持とうとしているその姿を、構えた一眼レフカメラでカシャカシャと撮影した。
「なっ……沙耶(さや)ッ、どうしてここにっ」
先ほどまで目の前の男に媚びるような目つきをしていたくせに、今では目を見開き、まるで化け物でも見るかのような顔で私を見る夫。
「涼二。次、浮気したら慰謝料もらって離婚するって約束したよね?」
アンタのその腐った根性を叩きのめし、二度と立ち直れないようにしてやるために、苦境を乗り越え、今日まで頑張ってきたの。
「沙耶、違うんだッ。こ、これはその……彼は、男だよ? これは浮気に入らないよね」
なにが違うというの。私はもうすべてを知っていると言うのに。
その罠にまんまとかかった間抜けな夫。すべて、私の脚本どおり。
「これでもまだ、シラを切るの?」
机の上に証拠を並べていく。最初に浮気した時のもの、私を陥れようと策略したスクリーンショット、次から次へと、我ながらよく集めたものだ。
見覚えのある写真ばかりだからか、彼の顔がみるみる青ざめていく。
「男だって立派な浮気よ。その男に抱かれようとしていたんだから、肉体関係付きの浮気でしょ。潔く慰謝料払って離婚してね」
クズ夫、地獄へ堕ちろ――!!
※
あれはたしか1年前のこと――……
「りさりさと浮気してるの、知ってるよ」
満面の笑顔でそう言ったら、目の前の夫はどんな顔をするんだろう。
驚いて目を見開く?
慌てて否定する?
それとも、観念したように開き直るのかしら。
私は今、リビングのソファに座り、夫の藤崎涼二の後ろ姿をじっと見つめている。
涼二は壁一面を覆う大きな鏡の前で、いつものようにネクタイを締めている。白のシャツに薄いグレーのスーツ。仕事帰りにそのまま会食に向かうにはちょうどいいバランスのきちんと感のあるもの。計算された完璧な装い。
けれどその首元から漂ってくる香りは、彼がいつも愛用していたさっぱり系のシトラスではない。
もっと甘く濃厚で官能的な――明らかに女性ウケを狙ったような香水。その香りが空気中を漂い、私の鼻孔を刺激する。わざとらしく、あまりにもわざとらしく。
私は思わず眉をひそめ、口元に手をあてた。不愉快なその香りが、まるで彼の裏切りを象徴しているかのように、部屋の中に居座り続けている。
その時、テーブルに置かれた彼のスマホが短く振動した。メッセージアプリの通知音。
涼二は鏡越しに私を一瞥し、何気ないふりをしながらも明らかに内容を隠すような仕草でスマホを手に取った。画面を一瞬だけ確認すると、そっと裏返しにしてテーブルへ置く。
その一連の動作を見ていて、私の胸の奥で黒いなにかが沈んでいくのを感じた。もう何度目になるか分からないため息をがせり上がる。息をつかずに胸の内に押し戻す。
「今日も夜は会食?」
わざと何気ない風を装い、純粋な妻のように聞いた。この演技にもすっかり慣れてしまった。
「うん。クライアントの社長がどうしてもって言うから。相手はさ、禿げた狸親父で話が長いんだ。嫌になっちゃうよ」
その禿げた狸親父の社長が、実は年齢が26歳で、モデルのように脚が細くて、笑うときに小首を傾げる癖があることまで私は知っている。
SNSアカウントも、裏アカも、毎日の投稿内容も。彼女が食べたもの、着ていた服等、ぜんぶ。SNSを見つけてしまった私は止められなくて、彼女の投稿の全てを見てしまった。
狸社長の正体――理咲(りさ)という名前の彼女が涼二の隣に写っている写真は、もうかなりの枚数が私のスマホに保存されてある。
ふたりきりでディナーを楽しんでいる写真、映画館の前でのツーショット、彼女が涼二の腕に頬を寄せている写真。どれも見るたびに胸が締め付けられるが、それでも私は保存し続けた。証拠として。真実として。
ここまでされているのに、私は怒りもせず泣きもしない。スマホを奪って問い詰めたり、ヒステリックに感情を爆発させたりなんてしない。
だって――私は、涼二を愛しているから。
黙って耐えていたら、いつか必ず私の下に帰ってきてくれるって、心の底から信じてる。
これはあくまでも切り札。彼らを別れさせるため――だから然るべき時にしか使えない。感情に任せて涼二を罵れば、きっと私たち夫婦の関係に亀裂が入ってしまう。夫との関係を壊すために集めているわけではないの。
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