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(いや、気にしない。気にしないんだから)
せっかくの佐藤くんとのデートなのに、あんなやつ気にしてる場合じゃない。
レイを視界から外した時、佐藤くんが尋ねた。
「なぁ、もしかしてさ。
広瀬ならさっきの映画、字幕なしでわかるの?」
「えっ? あぁ、うん」
「へぇー!
前から思ってたけど、広瀬ってほんとすごいよなー。
家でDVD観る時も、音声は英語で字幕はなしなの?」
その問いに、ふとレイに邪魔されたDVDの一件が頭をよぎった。
(だめだめ、なに考えてるの……!)
私は浮かびかけた顔を無理やり追い払う。
「えっと、家では音声は英語で、字幕も英語だよ。
音が拾えない時の保険というか……」
「字幕も英語!?
まじかー、すごいな」
ひたすら驚く彼に、私は「そんなことないよ」と苦笑した。
たしかに人に「すごい」と言われることもある。
けど、すごいのは私じゃなくって、私に英語を教えてくれた野田一家のみんなだ。
特に年の近いイトコの拓海くん。
彼が根気強く教えてくれなきゃ、絶対に今の私はない。
「けどね、今日はほんと嬉しかったよ。
佐藤くんとデートするのが夢だったから」
羨望の眼差しがいたたまれず、私は話を変えた。
だけど言うつもりのないことまで打ち明けてしまい、照れ隠しにフラペチーノを啜る。
「……またどこか遊びに行こーね。
あ……今度の中間テストが終わったら!」
忘れかけてたけど、2週間後には中間テストだ。
それもきっと、佐藤くんとの約束があれば頑張れる。
屈託なく笑えば、佐藤くんはほんの少し表情をかげらせた。
それは学校の中庭で見たのと似ていて、どうしたのかと不思議に思った時、レイが席を立った。
見たくなんてなかったけど、近くにいた女の子たちが騒ぐから、無意識にそちらに目を向けてしまった。
幸い佐藤くんはざわめきを気にした様子はなく、私はレイを目で追いそうになるのをなんとか堪えた。
「あ、雨やんだみたいじゃん。そろそろ行こうか」
佐藤くんが窓の外を見て言った。
視線の先を辿れば、ガラスの向こうでレイの後ろ姿が遠ざかっていく。
「そうだね、行こうか」
私はぎこちなく微笑み返す。
駅とレイが去った方向は同じだけど、ゆっくり歩けば追いつかないだろう。
私たちは店を出て、水たまりが転々とする路地を歩いた。
「今日はありがとう。 また遊ぼうね」
いろいろとあったけど、佐藤くんとふたりの時間を過ごせて楽しかった。
私はとなりを見上げて笑う。
だけど佐藤くんは苦笑しただけで、それには答えなかった。
電車に乗り、地元の駅に着くころには、また雨が強くなっていた。
これだから梅雨の天気は気が滅入る。
ホームから改札に続く階段を下りていると、向かいの階段を下るレイと目が合った。
(……レイも帰るところだったなんて)
こんなところでも会うなんて、本当ついていない。
彼が声をかけてこなかったのにはほっとしたけど、考えたらレイは用のある時しか私に話しかけない。
改札を抜ける彼を見やれば、その手に傘はなかった。
(だから雨宿りしてたんだ)
少しは納得したけど、すぐそこにコンビニがあるからなんとかするだろう。
そう思って自分の傘を広げた時、視界の端からレイが消えた。
(えっ)
雨がアスファルトを打ち、歩き出す彼の肩を濡らしていく。
それを見た私は、無意識のうちに駆け出していた。