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#溺愛
桜咲かな
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桜咲かな
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#百合
第五十二話 会うまでの時間
『うん』
彼から届いた一文字を、彼女は何度も見返していた。
会う。
今まで画面の向こうにいた相手と、実際に会う。
それだけなのに、妙に緊張する。
『いつにする?』
少し迷ってから送る。
すぐに返事が来た。
『今週末なら大丈夫』
『私も大丈夫』
『じゃあ、土曜日』
『うん』
約束は、それだけで決まった。
待ち合わせ場所は、二人が調べていた駅。
時間は昼過ぎ。
それ以上は決めなかった。
写真に残っている場所を、一緒に見て回る。
それだけ。
それなのに、
彼女はスマートフォンを置いたあとも
落ち着かなかった。
本当に会うんだ。
そう思うと、
今までのやり取りまで少し違って見える。
知らない相手だったはずなのに。
いつの間にか、毎日のように話す相手になっていた。
そして今度は、その人が目の前にいる。
一方、彼も部屋でスマートフォンを眺めていた。
会う約束をした。
嬉しい。
でも、それだけではなかった。
どこかに小さな不安がある。
駅に行けば、何かを思い出すかもしれない。
事故のことも。
失った記憶のことも。
けれど、もし何も思い出せなかったら。
そのとき、自分はどうするのだろう。
彼は机の上に置いたキーホルダーを見る。
「ずっと」
あの文字。
写真に写っていた二人。
そして、事故の日の空白。
まだ何一つ答えは出ていない。
それでも、会うことを決めたことだけは
後悔していなかった。
翌日。
二人はいつものようにサイトで話していた。
『なんか変な感じ』
『何が?』
『今まで普通に話してたのに、土曜日に会うって思うと緊張する』
『俺も』
『ちゃんと話せるかな』
『たぶん大丈夫』
『そっちは?』
『俺は……最初たぶん何も話せない』
『それじゃ困る(笑)』
『努力する』
彼女は画面を見て笑った。
いつもと変わらない会話。
それなのに、土曜日という言葉だけが特別に感じる。
『じゃあ、約束ね』
『うん』
その夜。
彼はもう一度、昔の写真を確認した。
すると、一枚だけ目に留まった。
事故の前日に撮られた写真。
そこには駅へ向かう二人の後ろ姿が写っている。
今まで気にしていなかった。
でも、よく見ると――
二人の間に、小さな距離がある。
まるで、何かを言い出せずに歩いているようだった。
彼は写真を見つめた。
すると、ほんの一瞬だけ声が聞こえた。
「ちゃんと話すから」
誰の声なのかは分からない。
何について話すつもりだったのかも分からない。
ただ、その言葉だけが妙に残った。
彼は写真を閉じた。
土曜日。
実際に会ったら、この続きを思い出せるのだろうか。
それとも――
また何かを見つけるだけなのだろうか。
まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、
あと少しで、二人は初めて同じ場所に立つ。
コメント
1件
うわ、ついに会うのか…!この「会うまでの時間」の描き方がめちゃくちゃリアルで、こっちまで緊張しちゃったわ。画面越しのやり取りと、実際に会うって決まった後のそわそわ感がすごく伝わってきた。特に彼が「最初たぶん何も話せない」って言うの、分かりすぎる(笑)。あと、事故前の写真で二人の間に小さな距離があって「ちゃんと話すから」って声が聞こえたのが気になる…。土曜日、何かが動きそうでドキドキする🔥