テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#M!LK
はる☻
11,143
#ご本人様には関係ありません
sora
36
莉心
60
#山中柔太郎
Yuna
22,791
第六章 満ちゆく月
第五話 揺れる心、近づく距離
宿場町へ辿り着いた頃には、空はすっかり赤く染まっていた。
高い石壁に囲まれた街。
街道には、ソレイユ帝国へ向かう商人や旅人の馬車が列を作っている。
門の前では兵士達が慌ただしく周囲を見張っていた。
「思ったより人多いなぁ」
ダイチが周囲を見回しながら呟く。
荷馬車。
旅人。
商人。
武装した傭兵らしき姿。
帝国直前の街というだけあって様々な人間が集まっていた。
けれど、
「……なんか、空気重い」
ジントがぽつりと言う。
ダイチが振り返った。
「そうか?」
「……分からないけど」
胸の奥が、ずっとざわついている。
門を潜った瞬間、ジントは小さく眉を寄せた。
空気の中に、微かな違和感。
瘴気。
ほんの僅かに、けれど確かに感じる。
「……ジント?」
ダイチが顔を覗き込む。
「顔色悪いで」
「……平気」
反射的に答える。
けれど最近は、以前より感じ取れるものが増えていた。
瘴気の気配。
人々の中にある不安。
言葉にならない恐怖。
視界の端を、黒い影が掠めた気がした。
「……っ!」
足を止める。
けれど振り返っても、そこには普通の街並みしかない。
「どうした?」
「……なんでもない」
ダイチは心配そうに見ていたが、それ以上は聞かなかった。
代わりに
「とりあえず宿探そ」
そう言って、軽くジントの肩を押す。
夕暮れの街は賑わっていた。
露店から漂う香ばしい匂い。
酒場から聞こえる笑い声。
旅人達の話し声。
平和な街に見える。
けれど、
「――だから最近増えてんだって」
「満月前後は特に危ねぇらしいぞ」
「昨日も東門の外で……」
通り過ぎた男達の会話が、耳へ残る。
満月前後。
その言葉だけで、胸の奥がざわついた。
あと三日。
近づくほど、身体の奥にある“何か”が強くなる。
ーーー
宿を取り、部屋へ入った頃には外はすっかり夜になっていた。
窓の外。
大きくなり始めた月が浮かんでいる。
ジントは窓辺へ立ったまま、じっと月を見つめていた。
「……また見とる」
後ろからダイチの声。
ジントは振り返らない。
「…………」
「最近ずっと月見とるやん」
「そう?」
「そうやって」
ダイチはベッドへ腰掛ける。
ここ数日、ジントの様子は明らかにおかしかった。
眠れていない。
食事も少ない。
時々、何かを聞いているように黙り込む。
なのに、力だけは強くなっている。
瘴気への反応。
闇を感じ取る力。
そして、それを受け止める力。
二年前とは違う。
だからこそ、ダイチは不安だった。
「……ジント」
「なに」
「ほんまに大丈夫なん?」
静かな声。
ジントは少し黙る。
月明かりが、黒髪を淡く照らしていた。
「……分からない」
弱い声。
「前より、変なんだ」
ダイチが息を呑む。
「満月が近づくと、頭の中がうるさい」
「……」
「瘴気の気配も、前より分かる」
「……」
「時々、人の中にある不安とか恐怖まで拾う」
ジントはゆっくり振り返った。
黒曜石の瞳。
そこには、隠しきれない不安があった。
「オレ、何か変わってきてる」
その言葉に、ダイチはゆっくり立ち上がる。
そして、迷いなくジントの前へ立つ。
「……変わってへん」
優しい声。
そっと、大きな手がジントの頭へ触れる。
黒い髪を優しく撫でる。
「少なくとも、オレにはそう見える」
ジントは目を瞬く。
振り払おうと思えば、できた。
けれど、できなかった。
「お前はジントや」
真っ直ぐな声。
「何があっても」
月明かりの中、ジントは静かに目を閉じた。
その温もりを、確かめるように。
しばらく、二人は喋らなかった。
窓の外では、夜風が静かに街を吹き抜けている。
遠くの酒場から、微かな笑い声が聞こえた。
街の灯り。
穏やかな夜の音。
けれど、この部屋だけ、別の空間みたいに静かだった。
ジントは目を閉じたまま、頭に乗せられたダイチの手へ、そっと触れる。
温かい。
その温もりに触れていると、胸の奥で暴れていた不安が、少しだけ遠のいていく気がした。
「……なんで」
小さな声が落ちる。
ダイチが首を傾げた。
「ん?」
ジントは視線を伏せたまま、ぽつりと続ける。
「なんで……」
「そんなふうに言えるの」
何があっても、変わらない。
そう言い切れる理由が、ジントには分からなかった。
自分の中には、確かに“何か”がある。
満月が近づくたび、それは大きくなる。
闇を呼ぶ感覚。
胸の奥のざわめき。
時々、自分が自分ではなくなるような恐怖。
なのにダイチだけは、怖がらない。
「……普通」
ジントの声が少し震える。
「気味悪いって思うだろ。」
「……俺だって」
一度言葉を止める。
「自分が何なのか分かんないのに」
すると、ダイチは少し困ったように笑った。
「そんなん、今さらやん」
「……は?」
あまりにも即答で。
ジントは思わず顔を上げた。
ダイチは肩をすくめる。
「お前、昔っから変やったし」
「……」
「初対面で知らん子供に警戒丸出しやったし」
「……」
「薬草採り行ったら一人で危ない場所入るし」
「……」
「すぐ無茶するし」
「……悪口?」
ジントが眉を寄せる。
ダイチはけらっと笑った。
「事実や」
「……最悪」
そう言いながらも。
その声には、少しだけ力が抜けていた。
ダイチはそんなジントを見て、ふっと表情を柔らかくする。
「でも」
静かな声。
「それ込みでジントやろ」
その言葉が、あまりにも自然で。
ジントは一瞬、何も言えなくなった。
「黒髪とか黒い目とか」
ダイチは指を折る。
「変な力とか」
「無愛想やし」
「すぐ一人で抱え込むし」
「……」
「自分のこと大事にせえへんし」
「……悪口増えてない?」
「増えたな」
「認めるんだ」
思わず呆れた声が出る。
ダイチは笑ったあと、まっすぐジントを見た。
「でもな」
青い瞳が、静かに揺れる。
「オレは、ずっとお前見てきた」
低い声。
真っ直ぐな声。
「怖い時、どんな顔するかも」
「苦しい時、絶対誰にも言わずに耐えることも」
「誰かが傷付いたら、自分が傷付いたみたいな顔することも」
ダイチはゆっくり手を下ろす。
そして今度はそっと、ジントの手を握った。
「そんな奴が」
少しだけ笑う。
「化け物なわけないやろ」
胸がぎゅっと締め付けられる。
ジントは思わず視線を逸らした。
こんなふうに、疑わずに、怖がらずに、自分を見てくれる人なんて、今までいなかった。
「……ずるい」
小さな声。
「ん?」
「そういうこと」
ジントは俯いたまま言う。
「簡単に言う」
ダイチは少し目を丸くして。
それから、照れ臭そうに笑った。
「思ったこと言っとるだけやし」
「……」
「それに」
ダイチの声が少しだけ優しくなる。
「お前が苦しそうなん、見てられへん」
その言葉に、ジントは何も返せなかった。
ただ、握られた手へほんの少し力を返す。
無意識だった。
けれど、ダイチは気付いていた。
いつもなら、
「大丈夫」
そう言って笑って終わらせる。
でも今だけは、この小さな力を離したくないと思った。
理由は分からない。
ただ、二年前。
初めて野宿した夜。
眠ることすら怖がって、ずっと隣を警戒していた幼馴染が、今は、自分の手を握り返している。
それだけで、十分だった。
外では、満ちかけた月が静かに街を照らしている。
その白い光を見つめながら、ジントは胸の奥でぼんやりと思った。
――もし。
もし本当に、自分が恐ろしい“何か”だったとしても。
この温もりがある限り、まだ、壊れずにいられるのかもしれない。
静かな夜だった。
二人の間にある距離だけが、いつの間にか、昔より少し近くなっていた。
コメント
1件
うわあああもうこの回泣けた……!!!😭💕 ジントの不安がひしひし伝わってきて、自分の中の“何か”に怯える姿が切なすぎた……。でもそこにダイチの「変わってへん」「化け物なわけない」っていう優しい言葉が刺さる刺さる!!幼い頃からずっと見てきたからこその説得力が半端ないよ😢✨ しかも最後、ジントが手を握り返すとこ、無意識なのがまたエモい……距離が確実に縮まってるの感じた……次回も楽しみすぎる!!🌸