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三年後の二〇二八年十月。
優子は、年に一度開催される、東新宿のエストスクエアマルシェに、レザークラフトの店を出店していた。
エストスクエアのオフィス棟の前には、吹き抜けになっている円形の地下広場がある。
開放的な広場の中央に多くの店が出店していて、様々なアクセサリーやペーパークラフト、帆布製のバッグ、手作りお菓子の店などが軒を連ねていた。
このイベントは、かなり有名のようで、マルシェには多くの客で賑わっている。
(やっと……やっと…………ここまで辿り着けたよ……)
三十五歳になった優子は、ディスプレイしてある自作の革製品を愛おしく見つめながら、笑顔を零した。
***
空港で、拓人と今生の別になってしまった、三年前のあの事件以降、優子は、退院してから地元の国立へ戻り、駅から大分離れた安いアパートを借りて暮らし始めた。
八畳の洋室とキッチン、風呂とトイレは別の間取り。
部屋は意外にも広く、築年数は三十年以上だけど、リフォームしてあるせいか、そんなに古さは感じない。
売女として得た金が、三百万ほど手元に残っていた事も幸いし、彼女は、かつての上司、松山廉に提案された皮革工房を立ち上げようと、本格的に始動。
ブランクがあった優子は、刑務作業でお世話になったレザークラフトの専門家を訪ね、改めて技術を習得していく。
ただ、皮革工芸だけでは、まだまだ食べていけない状況だった事もあり、国立駅前の居酒屋でアルバイトをしながら生計を立てた。
日中は革製品の製作、夕方から夜に掛けてはアルバイト。
二足草鞋の生活は、彼女にとって、予想以上に大変だったけど、充実した日々を過ごしていた。
皮革工芸の製作を始めて一年後、優子は、自身が製作して愛用している黒革の二つ折り財布を、色違いで製作し、ハンドメイド作品の販売サイトで売り出したところ、数日で完売となった。
ユニセックスで使えるように、ダークな色合いの財布を五点、パステルカラーやニュアンスカラーで製作した財布を五点ずつ。
発色の良いイタリアンレザーを使った財布は、客に好評で、レビューには、また販売して欲しい、とリクエストが舞い込むほど。
優子は、シンプルな二つ折り財布を主力商品として、他にもキーケース、長方形のレザーラベルを施したキーリングを製作して、販売を開始。
特に、キーケースとキーリングは、お手頃価格が功を奏したのか、数日で完売した。
コメント
1件
手に職をつけるって大変だけど素敵な作品と共にできるのは良いな