モートが今いるヒルズタウンのアリスの屋敷からなら大通りを抜けさえすれば、イーストタウンのロイヤルスター・ブレックファーストの本拠地である。パン屋の方が聖パッセンジャービジョン大学に比べて、数十ブロックも近いのだ。だが、モートはアリスを助けることを優先した。
モートは、銀色に彩られた高級なレストラン街や、真っ白に凍った銀行にビルディングを走り抜けた。ここホワイト・シティのヒルズタウンにある市長の邸宅も霜が降り氷結と化していた。
逃げ惑う人々の中央を通り抜けながらモートは大通りを走った。聖パッセンジャービジョン大学へと向かってひたすら走った。焦り、悲哀、絶望、恐怖といった感情が出ている赤い魂の人々は、風のように自らの身体を通り抜けていく。モートは周囲の人々の魂をこれほど身近に感じたことは初めてだった。
空に浮かぶ白い月の仄かな光もモートの後を追うかのように、聖パッセンジャービジョン大学へと凍える夜空を流れていった。
モートは混乱した人々と大雪の降るバスの停留所、車の往来が激しい道路のど真ん中を走る。様々なものをモートは瞬く間に通り過ぎて行く。高級住宅街の色とりどりの家具やオートクチュールのお洒落な洋服。人々の住み処のキッチンにリビング。猿の軍勢と戦う警官や街の自警団などの赤い魂の人々も通り抜けた。
聖パッセンジャービジョン大学が見えてきた。
そのまま、モートは噴水のある庭の中央へと飛び込んだ。
すぐさま猿の頭の人間。大勢がモートに襲いかかってきた。
モートが瞬時に銀の大鎌を振り、その場を中心に弧を描いた。水平に並んだ八匹の首全てが一瞬であらぬ方向へと吹っ飛んだ。
だが、猿の頭の人間はよろめいただけだった。
その隙に、今まで噴水を囲む花壇に身を隠していたアリスと子供たちは再び大学内へと全速力で走りだした。
驚いたモートがすかさず銀の大鎌を構え直し、首のない猿たちの胸部に刈り込む。剣を振り回す猿たちの胸にデカい大穴が空いていった。
大学内へと避難したアリスはもう安全だろうとモートは考えた。
モートの狩りによって、聖パッセンジャービジョン大学の猿の軍勢は全て息絶えたように思えた。
大学のガラス窓からアリスが顔を恐る恐る覗かせていた。
「ああ……モート。もう警戒しなくても大丈夫なのかしら?」
「……ああ。いいよ」
「危ないところを助けてもらって本当にありがとうね……。けど、あの猿の頭の人間は一体……何なのでしょう? まるで、世界が終わるかのよう……な……出来事……。 それと、モート。シンクレアは今どこにいるのですか? 無事なのですか?」
モートは多量の血糊の付いた銀の大鎌を、凍てついた噴水の水で洗った。本当に寒いだけなのか? アリスは身震いをしている。魂の色は今も赤色だった。
「アリス。もう猿は心配しなくていいんだよ。それと、アリスはここで待っててくれ。これからシンクレアのところへ行ってくるよ……」
「そう……お願い……急いで……」
アリスはシンクレアの無事を強く祈っているようで、胸で十字を切っていた。
モートはイーストタウンへと向かった。
再び走り出すと、漆黒と共に地上をイーストタウンへと向かった。
Wrath 3
アリスはモートに心の底から感謝していた。けれども、シンと静まり返った大学の講堂内で、アリスは今日はダイヤモンドダストが来るんだなと何気なく思うと……。
同時にハッとして、辺りを見回した。生憎、アリスの今いる講堂内のストーブは故障中だった。このままでは真夜中のダイヤモンドダストでは確実に凍死してしまうだろう。
アリスはそこで、子供たちと共にこの広い聖パッセンジャービジョン大学の校舎で、もう一つの最大の危機である寒さに備えるため。ストーブを大至急探すことにした。
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