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そこでリカオンが口を挟む。
「お嬢様、それよりパウエル侯爵令息にお訊きしないといけないことがあるのでは?」
突然なんの脈絡もなく言われ、なんのことかわからずしばらく思考を巡らせる。
思い出しそうにないアルメリアを見て、リカオンは痺れを切らして言った。
「孤児院での演劇の件です」
なぜ今? そう思いながら、確かにリアムの都合もあるので早めに訊いておいた方が良いだろう、と考えた。
「そうでしたわね」
リアムは不思議そうな顔でアルメリアを見つめ、優しい口調で問いかける。
「なんでしょうか? 私には何でもおっしゃってください」
そう言われちらりとルーファスの顔を見ると、ルーファスは恐縮した様子を見せたが、アルメリアはそのままリアムに視線を戻して口を開いた。
「次のセントローズの日に、ルフスの孤児院で兵士たちと劇を演じて、子供たちを楽しませたいと思いましたの。それで、リアムも参加しませんこと? とは言ってもまだスパルタカスに演劇をやるか、確認もしていないのですけれど」
「いえ、城内統括はアルメリアがやると言えば首を縦に振るでしょう。それに、とても素晴らしい提案だと思います。私も是非参加させていただきます」
リカオンはばつの悪い顔をした。リアムの反応が自分の予想していたものと違っていたからだろう。
アルメリアはそんなリカオンを放っておいて会話を続ける。
「私の提案ではありませんのよ? 最初はスパルタカスがやり始めたことなんですの。次の祝祭の日も演じるかわかりませんけれど、もし演劇をなさるのなら、私も出たいと思いましたの。でも演劇をする予定がなかったのなら私が言ったことで無理やりやることになった。という事にならないようにしなければいけませんわね」
「城内統括がアルメリアの提案することを嫌がるはずがありません。もちろん私もそういった活動はとても良いことだと思います。それに、活動を通して君と一緒に過ごせる時間が増えるのはとても嬉しいです」
そう言ってアルメリアの瞳をじっと見つめた。
「そうですわね、仲間とひとつの目標に向かって団結してなにかを成し遂げるって素晴らしいことですわよね」
そう言ってアルメリアは、嬉しそうに微笑んだ。
そこでドローイング・ルームの入り口の辺りが騒がしいことに気づく。なにごとかと振り向いてそちらを見ると、入り口付近に数人のメイドと執事の一団が立ち止まっているのが目に入った。リアムに向き直り質問する。
「なんですの?」
リアムは厳しい表情を浮かべ、入り口をずっと見つめている。アルメリアも入り口に視線を戻すと、その一団がこちらに向かって歩き出したのが見えた。
リアムはその一団の先頭の人物をを見つめたまま言った。
「アルメリア、どうやら殿下がいらしたみたいです」
アルメリアは驚き、慌てる。
「私たちは、ここから移動した方が良さそうですわね」
「そのようですね、とりあえずここから移動しましょう」
ルーファスとリカオンに目配せし、アルメリアが立ち上がろうとした瞬間、背後から声がした。
「アルメリア、君はそのまま」
振り向くと声の主のムスカリ・フォン・ルドベキア・ロベリア王太子殿下が立っていた。驚きながら、アルメリアはわずかに浮かせていた腰をもとに戻した。
リアムの座っていた席にムスカリが近づいたため、下がろうとしていたリアムは、慌てて椅子を引き、ムスカリが座るのを確認すると、その背中に一礼して下がっていった。
気がつけば、部屋にいた貴族たちはいなくなっており、ムスカリ専属のメイドと執事が壁際に立っているだけだった。ムスカリは椅子に軽く腰掛け足を組み、アルメリアに体を向けテーブルに肘をついた。
「こんにちは、アルメリア」
「こんにちは、ムスカリ王太子殿下。ご挨拶もせずに申し訳ありません」
そう言って恐縮するアルメリアにムスカリは微笑む。
「私が急に来たから驚いたのだろう? 仕方がない。ところで、君はここには良く来るのか?」
アルメリアは首を振ってから答える。
「いいえ、私はこちらに来るのは今日が初めてです。殿下は、こちらには良くおいでになるのでしょうか?」
「たまにね、今日も気が向いて来たんだが、君がいるから驚いた」
アルメリアは王太子殿下ともあろう人物が、共用のドローイング・ルームに来るなんて、と驚いた。
「日頃からこちらにおいでになって、貴族と交流をお持ちになるなんて素晴らしいことです。流石です」
するとムスカリは戸惑い少し照れたように、アルメリアから視線を反らして咳払いをした。
「そうか、君がそう言うならたまにはここに来てもかまわない」
アルメリアは話が少し噛み合っていない気がしたが、とりあえず頷き笑顔で答える。
「はい、素敵だと思います」
ムスカリはしばらく前方の庭を見つめていたが、気を取り直したようにアルメリアに視線を戻した。
「そうか。ところで先日君の初登城の日に、たまたま君の執務室の前を通ったんだが、不在だった。宮廷に戻る途中ですれ違ったようだね。なぜ声をかけなかった?」
目下のものから、目上に声をかけることはご法度である。普段から仲が良ければそんなことは関係なしに声をかけるが、王太子殿下が相手となればそれは絶対守らなければならないルールだ。
アルメリアは意味がわからないと思いながらも、謝罪する。
「配慮が足りず、大変申し訳ありませんでした」
「いや、君に気づかない私が悪かった。言い訳をすると、君は質素でおおよそ公爵令嬢がする格好ではなかったから、気づけなかった。今度から私を見かけたら君からも声をかけて欲しい。君にはそれができる権限を与える。だが、今後は君に気づかないということはないと思うが」
そう言ってムスカリはアルメリアをじっと見つめた。
「それにしても、君に会うのは何年ぶりだろうか。幼少の頃以来ではないか? 見違えるように美しくなったね。控えめなドレスがより一層君の美しさを際立てている」
「ありがとうこざいます」
流石は王太子殿下と言ったところか、女性の扱いに慣れている。そう思いながらアルメリアは微笑んだ。
「君はとても忙しいようだが、たまには社交界に顔を出すのも良いことだ。それに、社交界に顔を出していれば廊下ですれ違ったときに、相手に気づかれないなんてことはなくなるだろう」