テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
羽海汐遠
15,315
#魔法
こはる
231
#魔道具職人
こはる
1,968
自転車和尚
1,276
侍女長の執務室には、独特の静けさがあった。書類が擦れる音すら、整えられているかのような空間。
「記録を確認したいのだけど」
私の言葉に、侍女長は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに頷いた。
「どの件でしょうか」
「……リーナのことを」
それだけで、察したらしい。侍女長は無言で立ち上がり、壁際の書架へ向かった。
「奉公人の記録は、こちらになります」
差し出された帳簿は、古い。紙の色も、綴じ方も、使い込まれている。私は頁をめくる。名前。年齢。出身地。——十五歳。男爵家の長女。そこまでは、特別ではない。
「奉公に出た理由は?」
「家計の都合だと聞いています」
即答だった。
「弟の治療費が必要だったと」
胸の奥が、きしむ。私は、さらに目を走らせる。奉公開始時期。面談記録。技能欄。……空白が多い。
「魔力量の測定は?」
「ございません」
侍女長は、淡々と言った。
「実施されておりませんので」
「なぜ?」
「不要と判断されたのでしょう」
その言葉に、私は手を止めた。不要? 王女付きの侍女である以上、最低限の魔力量測定は——慣例だ。私は、別の頁を開く。業務内容は、まだ掃除が主だ。昨日の作業時間は……あまりに長い。明らかに、魔力補助を前提とした仕事量だ。それを、一人で?
「彼女の補助をしている人がいますか」
「いいえ」
侍女長は、静かに首を振る。
「基本的に、単独で行動しています」
帳尻が、合わない。魔力量の記録がない。なのに、魔法を使うことを前提とした仕事量。私は、頁を閉じた。
「……彼女の家族について、もう少し」
「母親は数年前に他界しています。父親は存命ですが、詳細な記録はありません」
詳細が、ない。病歴も、教育歴も、魔法教育の有無も。——何も。私は、指を組んだ。これは、偶然だろうか。それとも、意図的に削られたものだろうか。
侍女長は、私を見ない。だが、その沈黙が「異常」を肯定している。私は、深く息を吸う。怒りは、まだ出てこない。ただ、胸の奥に、冷たい疑問が沈む。
……親は、何をしていたの? その問いは、言葉にならなかった。声に出すには、まだ早い。
「——ありがとう」
私は、帳簿を返した。
「もう少し、調べます」
侍女長は、静かに一礼する。
「必要であれば、古参の侍女にも話を通しましょう」
私は頷いた。調査は、始まったばかりだ。これは、疑うためのものではない。
——守るために、知るための調査だ。
コメント
1件
第22話、読み応えがありました……! 主人公がリーナの記録を調べる場面、ものすごく静かなのに緊張感がずっと張りつめていて、はらはらしながら読みました。魔力量の記録がなく、仕事量だけが異常に多い——この「帳尻が合わない」感じ、読んでいるこっちにもひしひし伝わってきました。主人公の「怒りはまだ出てこない。ただ胸の奥に冷たい疑問が沈む」という一文が特に好きです。感情を急がない、むしろ情報を積み重ねてから動こうとする姿勢に、守る人の強さと優しさを感じました。タイトルの「知りたい」も、調査が「疑うため」じゃなく「守るために知る」ためのものだという決意の裏打ちになっていて、とても響きました。続きも楽しみにしています🌷