浜辺さんとカメラの調整をしていた俺は、いてもたってもいられず、
「悪い。あと頼む」
そう告げて、すぐに会社を出た。
社用車は何台か止めてある。
ただ、キーが無い。
「悪い。申し訳ないがすぐに車が必要なんだ。譲ってもらえないか?」
たまたま一台に乗ろうとしていた若い社員に声をかけた。
「あ、はい! どうぞ使って下さい」
俺のことを知ってくれていたようで、すぐに話がついて助かった。
俺はすぐにキーを差し込み、車を走らせた。
無我夢中だった。
良かった、石川が乗ったタクシーは目の前にいる。
気づかれないよう、わざと数台離れて後を追った。
恭香にもし何かあったら――
嫌な胸騒ぎが止まらない。
ハンドルを握る手に力が入った。
店について2人が会食をしている間、近くにいて、出てくるのをひたすら待った。
待つ時間が異常に長く感じ、何の余裕もなく、こんな自分を初めて知った。
今まで、誰かのことをここまで心配したことがなかっただけに、この思いを言葉にするのは難しいけれど、ただ待つしかできない状況がこんなに苦しいなんて思いもしなかった。
2時間ほどして、ようやく2人が出てきた。
会食相手と別れ、石川が恭香に寄り添い、タクシーに乗り込もうとしたところに俺は飛び出した。
言い訳をする石川のことが許せない。
結果的に石川から恭香を離せたのは良かったが、胸に何かがつかえた感じがしている。
自分の不甲斐なさを感じてしまったからか?
もし間に合わず、恭香に何かあったら……
最悪なことを考えたら、胸が張り裂けそうだった。
マンションの部屋に戻り、2人でソファに腰掛けた。
俺は……恭香を抱き寄せた。
ホッと安心したのか、嫌がらずにしばらく俺の胸に顔をうづめていた。
「本当にごめんなさい。今日は……来てくれてありがとうございました」
「もういいから。忘れるんだ、あいつのことは。これからは絶対にお前を1人にしない。そばにいて守るから」
心からの言葉だった。
心から、俺は恭香を守りたいと思った。
「……守るなんて、そんなことを言う相手は自分の彼女さんだけです。その人のために……大切に取っておかないとダメですよ。でも……やっぱり嬉しかったです。来てくれたことに感謝します。もう……忘れますね」
「……あ、ああ」
俺はまだ、それ以上何も言えなかった。
心底情けなかったけれど、どうしても……言えなかった。
次の朝、恭香は少し疲れた様子だった。
あまり……いや、もしかしたら全く眠れなかったのかも知れない。
「仕事、休むか? 無理しなくていいから」
「……心配してくれてありがとうございます。でも、今の仕事は……私にとっても大切なプロジェクトですから、だから絶対に行きます。私は……大丈夫ですから。本当に大丈夫です」
「そうか……わかった。一緒に出よう。俺も支度する」
「はい」
俺も、昨夜は恭香が心配で一睡もしていなかったから、ひどい顔になっているだろう。
洗面台で顔を洗い、鏡を見た。
やっぱり……ひどい顔だ。
参ったな……
正直、昨日のことから立ち直れていないのは、俺の方かも知れない。
恭香がもし――
何もなかったから良かったと思えばいいのに、なぜか悪い方にばかり考えてしまった。
早く眠ろうとあがけばあがくほど余計に頭の中が妄想で膨らんで……
自分が思う以上に恭香のことを大切に想っていたんだと……昨日改めて分かった。
俺は、恭香を愛している――
大切な人をこれから先もずっと守り続けたいと心底思う。
彼女の優しい笑顔と、仕事を頑張る姿勢、人に対する配慮、思いやり、何もかも全てが愛おしい。
それは、ずっと前から変わらないんだ――
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