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下の階から聞こえてくる、テレビに映るバラエティ番組の笑い声と、台所から響く肉が焼ける音をBGMに、茶色の癖っ毛が特徴的な少女が難しい顔をして問題集と睨めっこをしていた。
「うう~む……」
問題集には、高校を卒業し、小学校から義務教育を受けていた一般的な日本国民であればそこまで苦でもないはずの数学の問題が並んでいたが、13歳の誕生日を迎えたばかりのどちらかというと頭が悪い方である少女には、意味のない記号と数字の羅列にしか見えなかった。
いくら考えても答えが出てこず、シャーペンを弄り始めた少女へ、家族全員の夕飯を作り終えたらしい母からの少女を呼ぶ声がした。
「ご飯よ~!降りて来なさい!」
「は~い!」
一旦問題集は頭の隅に追いやり、少女は自室から下の階へ階段を駆け下りて行った。
「お帰り。勉強は進んだ?」
「う~ん……まあ…進んだ…かな?」
歯切れの悪い答えに、進んでいない事を察した母親は、気まずそうな顔をして笑った。
「まあ、とりあえず夕飯食べちゃいましょう、それからよ」
「そうだね…あっ!今日のご飯なに?」
露骨に話題を変えた少女に、母はテーブルを指さして言った。
「ハンバーグよ。特に今日はかなり大きめの」
「えっ!ホント!やったー!」
少女改め結子は、拳を作りガッツポーズをして、喜び勇んでテーブルの周りの席に座った。余程嬉しいようで、興奮冷めやらぬ様子で山盛りのハンバーグを凝視している。その姿はさながら餌を前に待てをされた犬の様だ。
「食べていいわよ。だけど、いただきますって言ってからね」
「いただきますッ‼」
言われた途端、結子は返事もせずに大人顔負けの勢いでハンバーグを貪り始めた。
食べ始めたばかりだというのに、山盛りだったハンバーグはもう4個程しか残っていない。暫く食べ、結子は突然食べる勢いを緩め、別の物を食べ出した。だが、時々物欲しそうな目をしてハンバーグを見つめている。
「遠慮しないで食べていいのよ。私の分はもうあるし」
「いいの!」
そう嬉しそうに言い、今度はゆっくり味わうように食べ始めた。その小さめな体のどこにあれだけのハンバーグが入るのだろうか。
あっという間に全て平らげ、けぷっと食べた量と全く釣り合わない可愛らしい曖気を出した後、満足そうな表情で腹を擦った。
「ご馳走様でした」
「相変わらず良く食べるわねぇ」
「レディにそんな事言っちゃいけないんだよ!私知ってるんだから」
「ハイハイ」
「もー!」
適当にあしらわれ、結子は唇を尖らせて怒っている事をアピールする。暫くの間、母がのんびりと夕飯を食べる金属音だけが響いていた。結子はお小遣いで買った本を読んでいる。気に入っているらしい。
母が夕飯を食べ終わった頃、結子がくぁ、とあくびをした。腹が満たされたからか、眠くなってきた様だ。
「眠い?…聞くまでもないわね」
「ねむい…」
心無しか癖毛もしんなりとしている結子に、母は困った様に笑いながら言った。
「仕方ないわね、今日はもう寝なさい。歯磨きはちゃんとするのよ」
「はぁい……」
ふらふらと足が覚束ないようで、少し母は転ばないか心配になった。
「お休みなさい」
「お休み…」
その日の夜はこうして終わっていったのである。