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「一番安い部屋ならいけないか? 一部屋でいいから……」
自分でも思っている以上に情けない声が出た。
背後で夢猫がこちらを睨むのが見えた。
(今はそんなこと、気にしてる場合じゃないだろ……)
「一番安い部屋一部屋で10000Gだよ。まさかお金が足りないんじゃないだろうね?」
「えっ……あぁぁぁ……」
目の前が真っ暗に染まっていく。 あの魔物を命がけで一体倒して、たったの500G。 手元にあるのはそれだけだ。
(桁が違う……! 20倍だぞ!? 今から稼げるわけがないだろ……!)
「お金がないんじゃ泊められないよ。さっさと魔物の餌になりな」
宿の女将は冷たく言い放ち、バタンと扉を閉めてしまった。
「嘘だろ……」
その場に膝から崩れ落ちる。
声が震える。すると、夢猫がぽつりと言った。
「あーぁ、ワンちゃん。詰んだね」
相変わらず、夢猫は楽しそうな声をしている。
よく見ると、その腕は震えていた。
(……無理して笑ってる)
背後からは、魔物の気配が近づいてくる。
ベタベタという粘着質な音が、すぐそこまで来ている。
(どうすればいい……?)
配信を始めたとしても、俺のスキルは盾。
守ることしかできない。
倒すためには夢猫の力が必要だ。
(無理して笑ってる夢猫に、あの地獄へ戻れと言えるのか?)
……無理だ。
守るにも倒すにも、燃料であるコメントが必要だ。 今の俺たちには金もコメントも、逃げ場すらない。
死の恐怖が背筋を駆けあげる。
すると、そっと柔らかく温かい感触が腕に触れる。 夢猫ちゃんがくっついてきた。
俺は無言で彼女を抱き寄せた。
洞窟での戦いで彼女は怪物とも言える力を見せた。 だが、腕の中で震える彼女は、ただの女の子だ。
(好きな人を守れないなんて、そんな弱い俺でいいのか?)
ふわりと甘い匂いが漂う。
俺の中で何かが決まった。
俺は、今まで社会の歯車として、誰の記憶にも残らず生きてきた。
でも、この子は違った。
社畜の俺に光をくれた。
俺をワンちゃんと呼び、そばに置いてくれた。
(……それなら、俺の命の使い道なんて一つしかないだろ)
俺は夢猫の肩を強く掴み、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「夢猫ちゃん。俺が時間を稼ぐ」
「……え?」
夢猫が瞳をまん丸くした。
「俺が囮になって魔物を引きつける。その隙に、君はこの宿の裏口か、安全な隙間に隠れるんだ」
「は……? 何言ってるの?」
「戦えなくていい。俺が喰われてしまえば、時間は稼げるだろう」
俺は震える足に力を込めて、必死に笑顔を作った。
(せめて最後くらい、君のかっこいい騎士でありたい)
「今までありがとう。君の配信を見ている時間だけが、俺の幸せだった」
俺は彼女の手を振り解き、魔物が蠢く闇の方を向いた。
(……死ぬのは怖い)
震える手をぐっと握り込む。
(でも、彼女が目の前で死ぬのを見るよりずっとマシだ)
「さよなら、夢猫ちゃん」
覚悟を決めて、踏み出したその時だった。
ガシッ!!
背後から、強い力でスーツの裾を掴まれた。
「……真守くん」
「離してくれ! 早くしないと……!」
振り返ると、彼女の手元にはスマホのような端末があった。
「……配信、忘れているよ」
彼女が端末を操作すると、手慣れた様子で配信タイトルを打ち込む。
すると、薄ぼんやりとしたホログラムの文字が浮かんだ。
『配信開始:猫塚夢子(SYSTEM ID:001)、犬飼真守(SYSTEM ID:002)』
彼女は俺のネクタイを掴み、強引に引き寄せた。
その瞳から恐怖心は完全に消えていた。
獲物を狙う獣のようにギラギラと輝いている。
(……あの時の目だ!)
ホログラムの視聴者数が徐々に増えていく。
と、同時にコメントも増えていく。
『配信始まったー! ってあの男、まだ一緒なの?』
『前回、犬になった男だよなw カップル?』
『やばいタイトルだから来ちゃったwww』
その文字を見て、彼女は踊るようにホログラムに向かって歩み寄る
「あは、皆。今日も夢猫のところに集まってくれてありがとう!」
さっきまで震えていた彼女はもういなかった。
ホログラムのコメントを見ると、一つのコメントに目が止まる。
(やばいタイトル……?)
突然、夢猫が俺の腕にしがみついてくる。
そして、小声で囁く。
「ねぇ、真守くん。こういう時、視聴者が一番財布の紐を緩める瞬間って、いつだと思う?」
「え……?」
全く意味がわからない。全身を冷たい汗が伝っていく。
「極限状態とエロだよ」
ふと気になって、ホログラムの隅にあるタイトルを見ると……
『【緊急】魔物に囲まれました。宿代10000Gないと死にます』
そして、小さくその下に……
『ゴール達成したら、宿の中から×××配信♡』
(×××配信ってなんだよ!?!?!?)
「ちょっ、おま……!?」
「生き残りたいなら協力して、ワンちゃん」
彼女は小声で囁いた後、俺の首に腕を回し、わざとらしいほど甘い声で画面に向かって叫んだ。
「みんな助けて! 夢猫、魔物に襲われて大ピンチなの!」
「今すぐスパチャ投げて欲しいの! 宿代10000G達成しなかったら……」
指先で魔物の方を指す。
画面の向こうのリスナーにも、迫り来るあの爪が見えているだろうか。
「殺されます。でも、宿代10000G達成すれば……」
彼女は俺の唇スレスレまで顔を近づけた。そして、カメラに向かって艶めかしく笑った。
「H配信します♡」
「……っ!!!???」
絶句する俺の瞳に、魔物の巨大な爪が映り込んだ。