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前回までのあらすじ→ ツバキです。空中で回転しています。助けて。
*
──時が止まったかのような静寂。
私は宙に浮いたまま、
洗濯機の中の靴下のように回転している。
みんなの視線が痛い。
「……あの、ツバキ? どうやって降りる気?」
カエデの呑気な声。
ローザはペンを握りしめてメモの準備。
(どうしよう……一生このまま?)
重力が効かない。降りられない。
──天の声──
ツバキは──
2度と地上へは戻れなかった……。
人間と鳥の中間の生命体となり
永遠に空中を回転しながらさまようのだ。
そして降りたいと思っても降りられないので
──そのうちツバキは考えるのをやめた。
「変なナレーション入れるなぁあああああ!」
私のツッコミが虚空に響いた。
──その時。
「はっ……! わかりました!」
ローザが何かに気づいたように叫んだ。
「ツバキ様は、天に還ろうとしておられるのです!
ですが、まだ地上には我ら迷える子羊がいます!
引き止めなければ!」
「そ、そうだよ! 引き止めて! ロープか何かで!」
私が叫ぶと、ローザは力強く頷いた。
そして──
手にした分厚い『カメリア聖典 (ハードカバー特装版)』を振りかぶった。
「え?」
「教えの重み(物理)で、地上に繋ぎ止めます!!」
「ま、待てローザ!? そのフォームは──」
ローザの背筋が唸る。
完全に、トルネード投法のフォームだ。
「届けぇぇぇぇぇ!! 私の信仰心 (フルスイング)!!」
ブォォォォォォン!!
聖典が風を切り、美しい放物線を描いて飛んできた。
回転する私に向かって、一直線に。
「あ、死ん──」
ドゴォォォォォォォッ!!!!
鈍い音が広場に響き渡った。
聖典の角(カド)が、私のわき腹にクリーンヒットした。
「ノモッ!?」
変な声が出た。
「ローザさん!ストライク!」
カエデがサムズアップ。
こいつと友達なのなんで?
衝撃で回転が止まる。
同時に、意識も飛びかける。
ヒュゥゥゥゥン……!!
神の浮遊力が、物理的な衝撃でキャンセルされた。
私は撃ち落とされたハエのように落下した。
──ズシャァッ!!
地面に叩きつけられる。
受け身も取れず、無様なカエルのような姿勢で。
「……あ……う……」
痛い。わき腹が熱い。肋骨が心配だ。
「ツバキ様! ご無事ですか!」
ローザが駆け寄ってきた。
その手には、
私を撃墜した凶器(聖典)がしっかりと握られている。
「ご無事ですね!?
我々信徒には聖女様が必要なのです!」
「対空砲火 (フラック)しといて必要ってなんだよ……!」
私は涙目で訴えた。
すると、カエデが私の近くに落ちていた「何か」を拾い上げた。
衝撃で、私の懐から飛び出したものだ。
「あれ? ツバキ、なんか落としたよ?」
──黒い、大学ノート。
表紙には修正液で
『絶対禁忌 (アンタッチャブル) 〜第3聖典〜』。
「あ」
私の思考が停止した。
わき腹の痛みよりも鋭い、絶望の予感が背筋を走った。
「見て見てローザさん! すごいイラスト描いてある!」
カエデがノートを広げ、
群衆に見えるように高く掲げた。
そこには、眼帯と鎖にまみれた少女が、
背景の十字架を背負って涙を流している「渾身の自画像」が描かれていた。
「やめろぉぉぉぉぉ!!
撃ち落とされた上にトドメを刺すなぁぁぁぁ!!」
落下のダメージで身体が動かない!?
私の絶叫も虚しく、カエデは目を輝かせて朗読を始めた。
*
「わぁ、詩が書いてあるよ! 読むね!」
【中二詠唱ポエム】
『……哭(な)け、“煉獄(プルガトリオ)”……。
お前の罪(カルマ)を……灰(アッシュ)に変えてやるよ……』
カエデがイケボで朗読を始めた。
「ギャァァァァァァァァァァ!!」
私は地面を転げ回った。
わき腹の痛みより、心の痛みが致死量を超えている。
「おお……! なんと慈悲深い!」
ローザが感涙にむせびながらペンを走らせる。
「敵の罪さえも浄化しようというのですね!
『煉獄(プルガトリオ)』……なんて響きの良い言葉でしょう!」
「違う! ただの辞書で引いてカッコよかった単語だぁぁぁ!」
*
「あ、次のページはもっと凄いよ!
ページが墨汁で真っ黒に塗りつぶしてある!」
カエデが無邪気に、
波打ってパリパリになったページを開いた。
そこには修正液の白文字で、禍々しい必殺技が記されていた。
【自作必殺技図鑑】
「『天焦がす暁の翼 (アポカリプス・サン・ウイング)』だって!」
カエデが叫ぶ。語感が気持ちいいらしい。
「カエデやめろぉぉぉ!」
「詠唱いくよー!
『……見ろよ。太陽が堕ちてくるぜ……
俺の怒りは、天界(そら)すら焦がす……』」
カエデがキッと睨みを利かせる。
そして、溜めに溜めて、叫んだ。
『──焼き払え。神々の黄昏 (ラグナロク)……!』
「グハァァァァァッ!!」
私は地面に額を擦り付けた。
「で、効果は……あれ?
【効果】相手は死ぬ。」
カエデが一瞬止まった。
「……あれ? これって」
「そうだよ! パクリだよ!!
『エターナル・フォース・ブリザード』の丸パクリだよぉぉぉ!!
ネットで見たその技、大好きなんだよぉぉぉ!!」
「す、すごい……!」
ローザが震えながら、目を見開いている。
「なんという『絶対的慈悲』……!
問答無用! 回避不能! 苦しみを与える間もなく、瞬時に土に還す……!
これこそが聖女様の与える『究極の安息 (インスタント・デス)』!!」
「ローザの超解釈なんなの!?」
*
「あ、これ面白そう! 『デスノート』って書いてある!」
カエデが無邪気に、禍々しいタイトルのページを開いた。
【サクラへの恨み日記】
『×月×日。S(サクラ)が私のプリンを勝手に食べた。
冷蔵庫の奥に隠したのに。
“名前書いてないのが悪い”と言われた。
末代まで祟ってやる。信号全部赤になれ。ばーか (泣)』
「やめろぉぉぉぉぉ!!
スケールが小さい!! 呪いの内容が地味!!」
私は顔を覆った。
『×月×日。Sに教えてもらった期末テストの範囲が全然違った。
私はテスト爆死した。
許さない。タンスの角に足の小指をぶつけろ (涙)』
群衆がざわつく。
「Sとは……サタン(悪魔)のことか!?」
「聖女様は、悪魔の囁きと戦っておられたのか!」
「プリンとは……禁断の果実の隠語かもしれん!」
「違う! ただのグ◯コのプッ◯ンプリンだ!!」
私の訂正も虚しく、
ローザが感涙にむせびながらペンを走らせる。
「なんてお優しい……!」
「悪魔(S)の所業に対し、暴力ではなく、
その程度の罰で済ませるとは……!
これぞ
『汝、右の頬を打たれたら、左のプリンを差し出せ』
という慈愛の精神!」
「差し出してない! 奪われたんだよ!!」
*
「そして……最後はこれだよ!」
カエデがノートの「袋とじ」みたいになっていたページを、
バリバリッと剥がした。
【魔王との恋愛妄想】
『禁断の恋 〜もしも私が敵国の魔王に捕らわれたら〜』
「ぎゃあああああああああああああ!!
それだけは! それだけはダメェェェェェ!!」
私は這いつくばってカエデの足首を掴んだが、
カエデは止まらない。完全に役に入り込んでいる。
『……くっ、離せ! 私は聖女だぞ!』
『フッ、強気な女だ……嫌いじゃない』
カエデは自分の顎(あご)をクイッと持ち上げる仕草をした。
一人芝居が上手すぎる。
『お前が光なら、俺は闇だ。
混ざり合えば……もっと輝けると思わないか?』
『くっころ!……くっころ!』
読み上げながらカエデが目を閉じた。
「アァァァァァァァァァァァァァ!!!」
群衆が静まり返った中を私の咆哮がこだまする。
あまりの恥ずかしさに、私の毛根が死滅しそうになる。
『……ダメよ、私たちは敵同士……』
『関係ない。世界ごとき、お前のキスの前では霞(かす)む……』
『そして、魔王の冷たい唇が、私の──』
「ストォォォォォォップ!!
そこで止めろぉぉぉぉぉぉ!!
R指定だ!
そこから先は深夜アニメ枠だぁぁぁぁ!!」
私は残りのライフを振り絞ってカエデに飛びつき、
ノートを奪い取って口の中に突っ込んだ。
モグモグモグモグ!!
食べた。
物理的に、黒歴史を消化した。
「んぐっ……ごっくん……」
喉が詰まりそうになりながら、私はノートを飲み込んだ。
インクの苦味が、青春の味がした。
──ヒュウゥゥゥゥ……。
風が吹いた。
群衆は静まり返っている。
誰も言葉を発しない。
聖女が、黒いノートを咀嚼して飲み込んだのだ。
ドン引きである。
鳥の声だけが、ピチチ……と遠くで鳴いた。
永遠にも思える沈黙の中、カエデがぽつりと言った。
「あ、食べちゃった」
その一言で、呪縛が解けた。
「そういえばツバキ、そのノートの裏に『S』って人の落書きがあったよ」
「……え?」
「『クソワロタwww』だって!」
私の動きが止まった。
食べたはずのノートが、胃の中で鉛のように重くなった。
その言葉を聞いたローザが、般若のような形相になった。
「なんと……!! 邪悪な……ッ!!」
ローザが拳を震わせている。
「聖女様の苦悩と愛の記録を……
『クソワロタ (嘲笑)』し、『w (草)』を生やすとは……!
これぞ悪魔の所業!!」
「S……サタンめ……許すまじ!!」
信者たちも一斉に憤る。
「許せん! サタンめ!」
「聖女様を笑うな!」
「魔王Sを討ち滅ぼせ!」
(……違う。それはただのサクラだ)
(あいつ、私のノート見て笑ってやがったのか……LEGO踏め!!)
こうして私は、物理的には地上に戻れたが、
尊厳という名の翼は永遠に折れてしまった。
そして、まだ見ぬ「サクラ」は、私の黒歴史によって、
教団の「不倶戴天の敵」として認定されてしまったのだった。
(つづく)