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『霞と白梅 ―時透無一郎と隠・結花の物語―』
第一章:霞の少年と白梅の少女
鬼の血の臭いが残る戦場の跡に、ひとりの隠がしゃがみ込んでいた。
血まみれの岩に、そっと手を添えながら、彼女は目を閉じる。小柄で華奢な体つき、肩にかかる黒髪を白い布でまとめた少女の名は結花(ゆいか)。年の頃は十四、いや、十五か。だがその表情は、年齢以上の静けさと覚悟をまとっていた。
彼女が血の臭いに慣れたのは、任務に出始めて三年が経つからではない。
――ただ、そうするしかなかったのだ。
家族を鬼に奪われたあの日から、感情をしまい込み、ただ与えられた仕事を黙々とこなすことで、己を保ってきた。
その日も彼女は任務の後処理をしていた。重傷者を運び、遺体を集め、現場を整える。
いつものように、黙って。誰にも気づかれずに。
だが、突然、背後からふわりとした声が降ってきた。
「君……誰?」
振り返ると、そこに立っていたのは、霞のような雰囲気を纏った少年――時透無一郎だった。
袴のような隊服、日輪刀、そしてまだ幼さの残る無表情な顔。その中の瞳だけが、妙に澄んでいて、結花を真っ直ぐ見つめていた。
「私は、隠です。結花と申します。後処理に来ました。隊士の方の邪魔はいたしませんので」
冷静に名乗ったつもりだったが、彼の視線に妙な居心地の悪さを感じた。まるで、自分の奥にある何かを見透かされているような。
無一郎は、しばらく黙っていた。
そしてポツリと、こう言った。
「……君、泣いてたでしょ?」
結花の胸に、小さな針が刺さった。
誰にも気づかれたくなかったのに。泣いてなどいない、そう言いたかった。だが声が出ない。
「僕は覚えてないことが多いけど……悲しさって、匂いで分かる気がするんだ。君のまわりには、静かで重たい匂いがある」
彼は、それ以上何も言わなかった。ただ、結花の隣にしゃがみ込むと、黙って空を見上げた。
夕暮れの空。血の色が滲んだような茜色。
その横顔が、あまりに静かで優しくて――
結花は、初めて誰かの前で、こっそり息を詰めて涙を拭った。
あの日から、彼女の中に変化が生まれた。
忘れられない出会いだった。
霞のように淡く、でも確かにそこにいた、少年――時透無一郎。