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そして、夕刻──。


看守が、夕餉を持ってきた。


椀に入った湯飯《クッパ》は、ほとんどが、かさましの湯《スープ》で占められており、肝心の中身である飯は、椀の底に沈んで見えない具合だった。


「けっ、こりゃーなんでぇ」


黄良が、看守に文句を言う。


看守は、夢龍の手枷《てかせ》を、外しながら、チラリと黄良を見ると、鼻で笑らい言った。


「食べさせてもらえるだけ、ありがたいと思え」


「はい、はい、そうでございますですねぇ」


ふざける黄良に、看守は、再び鼻で笑うと、黙って牢の入り口に鍵をかけ去って行く。


「さあ、夢龍よ、食べるか」


夢龍の両手は、この時だけ、自由になる。しかし、一日中、手枷を付けられていては、手首も麻痺し、添えられている匙も、上手く握れない。


「おっ、食わしてやろうか?」


黄良は、難儀している夢龍へ、ちょっかいを出してくる。


「ああ、そうだなあ、頼みたいところだが、遠慮しとく。そう言えば、黄良よ、後で手枷を外してやると、お前、言ってなかったか?」


「だったかなあー、まあ、外してもらえるんなら、それで、いいだろ」


ははっと、何が嬉しいのか、黄良は、笑って、さっと、自分の夕餉を平らげた。


「おい、約束が違うぞ」


「なんの約束だか。食わねえなら、俺が頂くぜ」


夢龍の夕餉を、横取りしようとする黄良に、夢龍は、ふと、違和感を覚えた。


常日頃から、この調子の男だが、どこか、変なのだ。


別人のような、と、言うべきか、わざと、悪ぶっていると言うべきか。


そして、その緑色の瞳は、決まって、もう一人の男を見つめていた。


──男の前、だからか?


一緒にいる男の前では、話せない何かが、あるのかもしれない。


夢龍は、拳《こぶし》を作ると、黄良の顔へ殴りかかった。


いきなりの事で、避けきれなかった黄良は、まともに夢龍の攻撃を受ける。


ぶっ、と、吹き出し、後ろに体が揺らぐ。そして、牢の柵に頭をぶつけた。


「お、おめぇー、何しやがるっ!!」


柵に崩れるこむかのように、体を預けていた黄良は、すくっと、立ち上がり、夢龍の胸ぐらを掴むと、そのまま、持ち上げ、そして、地べたへ放り投げた。


くっ、と、呻きながらも、夢龍は、立ち上がり、再び黄良へ向かって行く。


殴り合う二人に、あー飯が食えないと、男が、わめいた。


「おお、あんた、やっと、まともなこと言ったな。でもな、こっちは、それどこじゃねぇんだよ!」


「ああ、同じく!そなたは、隅で、飯を食っておれば良い!」


黄良と、夢龍に、言いがかりをつけられ、男は、やれやれと肩をすくめ、


「参りました」


と、二人に向かって言った。


「おう、やっと、正体をあらわす気になったかい」


黄良は、掴んでいた夢龍の胸ぐらを離した。


勢い、放り投げられ、夢龍は再び、地べたへ転がった。


「痛いぞ!黄良!」


「おー、すまんすまん、しかし、俺も、誰かさんに殴られ、痛てぇんだがよぉー!」


「それは、そうだが、しかし、では……」


夢龍は、口ごもるが、自分のやったことは、正解だったのだとわかった為か、くくく、と、笑いが込み上げて来る。


「お前なあー、笑い事じゃーねぇーぞー!あー、じんじんするっ!」


黄良は、頬を押さえながら、夢龍へ食ってかかるが、こちらも、なぜか笑っていた。


「はあ、しかし、二人揃って

牢へ入ることもないでしょうに」


男は、二人へ言った。まるで、子細を分かっている仲間かのように──。


「で、あんた、何者なんだ?地のもんじゃーねぇーだろ?」


「何故、地元の人間でないと?ここの、訛りがないからですか?」


男は、急に開き直った。確かに、言葉にここの訛りはない。先ほどまでは、弱々しい喋りをしていたのに、今は、夢龍にとって、耳ざわりの良い、都訛りでハキハキと喋っていた。


「やっぱり、お前が、密使かよ」


「おやまあ、なんということを。いったい、何故その様な事を?」


黄良は、男にからかわれたと思ったのか、顔をめいいっぱい歪めた。


「黄良!落ち着け!そうだ、そろそろ、看守がやって来る!」


空になった椀を下げに看守が戻って来るころだと、夢龍の言い分に、黄良は、黙って頷くと、男をジロリと睨み付け、壁際へ腰を下ろした。


続きは、看守が用を済ませてから、と、いうことらしい。


男も、意図を読み取ったようで、黙って、椀を手に取ると、自分のの食事を平らげた。

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