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#ワンナイトラブ
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◆
もうすぐ22時だって言うのに常葉くんはまだ帰って来そうにない。
残業もそこそこに、ご飯もお風呂も洗濯物さえも干し終えて、一人ソファーの上でちびちびと缶ビールに浸る。
顔出すだけって言ってたのに、遅くないかな。
一人でいると柿原さんの姿が脳裏をよぎるので、テレビを流しても中身はちっとも入ってこない。
鳴らないスマホをじっとりと睨み付け、はぁ、と、広いリビングにため息を落とした時、急に玄関がガチャガチャと不自然な音を鳴らす。
……あ、帰って来た!
逸る気持ちで立ち上がると、開けるより先にリビングのドアが開いた。
「おかえりなさい!」
思わずその姿に飛び込むと、すぐに脳が違和感を味わう。
スーツでもない私服だし、何より鼻の奥に広がるのはあの甘い香りじゃなく爽やかなシャボンの……
「お前、だれ」
少し掠れた声が鼓膜を揺らすので、急いで身体を離した。
キャップからちらりと覗くカフェラテ色の髪、程良く彫り深い端正な顔立ち、ラウンド型のメガネの奥に揺らめく切れ長二重の大きな瞳。
常葉くんとは違う野性的なタイプだけどこの人もまた、凄く格好いい人だ。
それに……なんだろう、
………………この人、どこかで。
「……だから、誰?」
再びハスキーボイスが不機嫌に呟くので、ハッと我に返る。
キッチンに急ぎ、フライパンを片手に臨戦態勢を取る。
「そ、そっちこそ誰……?不審者!?」
こんなイケメンの不審者がいたら世の女性大体喜ぶだろうが、不審者だから追い返さなければ。
肩で息をする私を見て冷めた目で笑う男は「知らねぇの?」と呆れた様な声を出す。
常葉くんから聞かされた事実もないので、すぐさま「知りません!」と、声を荒らげた。
「ふーん。とにかく不審者じゃねぇよ。どっちかと言うと抱きついたのあんただろ、痴女」
ち、痴女!?
口と目を連動させてパクパクさせていると、男は短い息を吐き出す。
「俺は樹のトモダチ。あんたは?彼女?」
「そ、そうです」
「だから最近の樹、構ってくれないんだ」
彼は徐にリビングへと向かい、ラックを漁り始めた。
……な、何してるんだろう、本当に不審者じゃないのかな。行動だけみればどう見ても不審者なんだけど。
友達だと言うのでフライパンを置いてその様子を柱の影からじっと見つめていれば、何かを手にしたその人がこちらを向く。
「で、樹どこ居るの?まだ仕事?」
「いえ、飲み会です」
ふぅん、とだけ言えばその人は慣れたように私の前を横切り冷蔵庫に手をかけた。
帽子と眼鏡のせいで分かり辛いけれど、やっぱりかっこいい人だ。身長も高いし、華がある。類は友を呼ぶって本当なのだろう。
「あの、友達かもしれませんが、家に勝手に上がるのは良くないですよ」
「良いんだよ、幼なじみだから」
え、イケメン同士の友達なだけで眩しいのに幼なじみ?
って事は……膝小僧出して走り回っていた頃の常葉くんとか、声変わりした頃の常葉くんとか、ありとあらゆる常葉くんを知ってるってこと?
私も見たかったなぁ……羨ましい。
「あんた今まで樹が付き合ってた女とはなんか違う」
脳内を見たことも無い学生時代の常葉くんで埋めつくしていると、目の前に来ていたその顔が近寄る。
「ど、どういう意味ですか?」
「普通って意味」
普通、普通……。
普通の三文字がグルグルと頭で回る。
まぁ、妥協点ってことか。そういうことにしておこう。
「因みに……歴代彼女はどんな人が多かったですか?」
「んー、綺麗系?」
「せ、性格は?」
「性格?……サバサバというか、軽い子?」
軽い、軽い……。
再び三文字がグルグルと回る。
だめだ、彼氏に尽くしてクズ化させていた私の過去全て知られてる。その時点で常葉くんの好みとはかけ離れてるってことか。
これ以上重くしたら嫌われる未来しか見えない。「ほ、他は……他には!?」
懇願するようにしがみつくと、「え、めっちゃ必死じゃん」と、その人はけらけらと乾いた笑い声を聞かせる。
この人は他人事かもしれないけれど、必死だよ。
常葉くんがどうして私を選んでくれたのか未だに分からないから、理想に近付くようにって毎日もがいてるの。なりふり構ってられないの。
私の必死さが堪えたのか、眼鏡の奥に揺らめくオリーブブラウンの瞳が宙を泳ぐ。
「あとは年上が多かったかな、残念」
唯一引っ掛かったワードなのに残念とは。
「どうして?」と、身体を離して素直に首を傾げると、その人は私へシルバーのリングの乗った人差し指を向けた。
「あんた年下じゃん、どう見ても」
え、年下に見ちゃうの?この人良い人じゃない?
アラサーにもなると、その一言の威力は絶大だ。
嬉しいけど素直に喜んでいいのやら、どちらかと言えば、馬鹿にされていそうだ。
ニヤけそうになるのを堪えて、目に力を込める。
「お言葉ですけど私、常葉くんより年上ですよ?」
悲しい事実を告げたのに、へぇ、と、興味もなさそうにその人は呟いて、唇は意地悪そうに弧を描く。
「だったら尚更気の毒。樹が唯一本気だった子は年下なんだよね」
な、な、何を……。
再び奈落に突き落とされてしまい、カウンターキッチンに項垂れる。
転がされすぎだ、いちいち反応しなくてもいい、分かるのに。
「ゆ、唯一ってことは……未練、残してるんですか?」
どうしてこう、常葉くんの事になると頭が占領されるのだろう。
「さぁ、あいつ、」
「…………何してんの」
不機嫌そうな声が、私の熱を冷ました。