テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
雨の夜の大阪某所…
雨音を古びた長屋の屋根を叩く音と共に、一軒の家の戸を激しく叩く音が狭い通りに響いている…
バンバンバン!
「金矢ぁ!はよ出てこんかい!借金返せぇ!」
「盗っ人ぉ!」
黒いスーツに身を包んだ男たちが長屋の一軒の家の前で戸を叩きながら叫び散らしている
明らかに堅気ではないその様相
「はよ出てこんと火つけんぞぉ…!」
ガラガラ………!
その家の戸が勢いよく開き一人の少年が出てきた
「なんやお前らぁ!!」
「 なんやガキか。ガキなんかに用はあらへんのじゃ!はよ親父出さんかい!!」
「父ちゃんはおらん。俺だけや!分かったらはよ帰らんかい!この外道が!」
嘘だった。
酒浸りで部屋にうなだれている父親に代わって出てきたのがこの少年だった。
「な!人の金返しもせんと生意気ほざくなこのクソガキがぁ!」
バキッ!
男の中の1人が少年の胸ぐらを掴み殴りつけた
「くっ…殴ったな?これ傷害罪いうのに当たるんと違うんか?」
しめたとばかりに男たちの方を見てニヤリとほくそ笑みながら少年はそう言い放った。
「な…舐め腐りやがって!その減らず口黙らしたる!」
少年に馬鹿にされ、頭に血がのぼった男たちは生意気な少年を黙らせようとさらに激しく顔を殴りつけた
ドコッ!
「く…っ!なんぼでも殴ったらええ。それでますます不利になるんはお前らの方やからな。」
殴られ口の中が切れたその少年は口元から血を垂らしながら尚も怪しくほくそ笑んでいた。
………
そこに一人の少女が姿を現す。
「ちょっと!なんやのあんたら!」
「………!?」
そこに割って入ったのは同じ小学校で同じクラスの桜子。頑固で気が強い。長らく学校に登校していない少年を心配して様子を見に来たところだった。
男たちがその少女の方に視線をギロリと向けた
「ははっ…生意気なガキが湧いてきよったのぅ。」
男たちの視線に体を強張らせながらも桜子は逃げない。
「わ…私、あんたらが金矢くん殴ってるとこしっかり見たで!!!金矢くんが何したか知らんけど、大の大人が子供殴ってイジメるやなんて卑怯やないの!」
「米原やめんかい!ワシのことはほっとけ!」
たまらず桜子を止めに入る少年。
黒スーツの中の男の一人が桜子ににじり寄る…
「そうかぁ、お嬢ちゃん。そんなちっこい体でどないする言うんや?大人舐めとったら怖いでぇ?」
ニヤリと不敵な笑顔を浮かべて近寄るその男…
その男を止めようと少年は慌ててその間に割って入ろうとするも、他の男2人に体を抑え込まれてしまった。
「くっ……、離せ!!離せや!!そいつに手出すな!!!」
桜子は少しずつ後ずさりながらも負けなかった…
「なっ………。わ、私の事も殴ったらええやないの!その足で警察行って、金矢くん殴った事も洗いざらい訴えたる!それでもええやんやったら私の事殴ってみい!」
その言葉を聞いて、男の動きがピタリと止まった…
「な…このクソガキが……。めんどくさい奴らやのう。嬢ちゃん…顔は覚えたで。金矢!親父に早く金用意せんと承知せえへん言うとけ!いくぞ…。」
これ以上、長居すると面倒な事になると判断した男達は踵を返してその場から帰っていった。
サッサッサッ…
二人だけが残され…
暫く沈黙の時間が流れた……
先に口を開いたのは桜子の方だった。
「はぁ、なんやのあいつら…。金矢くん!大丈夫!?」
まだ震える声でそう呼びかける。
「クソ…。何しにきたんや!余計な事せんでええ!」
「何よ!余計なことって!最近、金矢くん学校来てへんし、学校からの連絡やらなんやら預かりもん届けに来ただけ!」
「ほんだら余計な事せんと預かったもん置いてさっさと帰ったらええんや!」
「あんなに殴られてるとこ見て知らんふりして帰るとか出来るわけないやろ!?」
「だからそれが余計な事なんや!」
「なによ!なぁ…金矢くんが最近学校来てないのってあの人らのせいなん?金返せとか言うてたけど…。」
「お前に関係あらへん。はよ帰れ。」
「嫌や、帰らへん。」
「帰れ!」
「あの人ら追い返したん私やで!?ちょっとくらい何か話してくれてもいいやんか!」
「誰も追い返してくれって頼んでない!お前ほんまに頑固なやつやな。」
「頑固なんはそっちやろ…!なぁ?ちょっと二人で話さへん?近くの公園で…好きなジュース奢る!」
「お前なぁ………。」
どう言っても食い下がってくる桜子に言い返すのがめんどくさくなり黙り込む塁《るい》。
「な?いいやんな?ほら、手っ!」
「自分で立てるわい!」
「もう…。金矢くんほんま頑固なんやから…。」
“それはこっちのセリフや…。”
塁は心の中でそう呟きながら桜子に差し伸べられた手を振り払うようにして、しぶしぶ立ち上がった。
小雨が降る中、少し距離を取りながら2人は近くの小さな公園へ向かった。
雨が降る夜の小さな公園。 当然そんな日に人など来るはずもなく、ガランと静まり返ったどこか淋しげな公園に何を話すことも無く2人は入っていく。
公園の中に入るとおもむろに駆け出した桜子。 ブランコに腰掛けるとゆっくりと漕ぎ始めた。
キィーコ…
キィーコ…
桜子がブランコを揺らすたび錆びた鉄が擦れる無機質な音が公園の中に響いた。
「なぁ、金矢くんブランコ乗らへんのー?」
「乗らへん…。」
めんどくさそうに答える塁。
「ノリ悪いなぁ…家でもずっとそんなぶっきらぼうで怖い顔してんの?」
「家も外も関係あらへん…ワシはずっとこうや。」
「学校にいてるときいつも一匹狼やもんね金矢くん。なんか…逆に気になるわ。」
「それどういう意味や?」
「どういう意味もないよ。なんか謎めいてるよな金矢くんって…。」
「ワシのことなんて別に誰も知りたないやろ。話す気もあらへん。」
「そんな事ないよ?少なくとも私は金矢くんの事もっと知りたい!」
「……。お前もさっきの見たやろ。ワシみたいなんに関わったら厄介な事しかあらへんぞ。」
「厄介かぁ…私の家も相当厄介な事だらけやけどね〜。同じやね ふふっ。」
塁は怪訝な顔をして桜子に視線を向けた
「……なんか、問題でもあるんか?」
「自分の事は話してくれへんのに人の事は聞くんや…。」
「あ……。」
塁は痛いところを指摘されて思わず言葉に詰まってしまった。
「まぁ、いいや!どうせ皆知ってることやし…話すけど。私、妾《めかけ》の子やねん。近所でも学校でも噂されてみーんな知ってるし、有名な話やから金矢くんも知ってるって思てた!はは!」
空気が暗くならないように桜子は明るく笑い飛ばしながら自分の身の上話をした。 崩れてしまいそうな心をなんとか保とうとしているように思えて、塁は桜子の明るさが逆にたまらなく痛々しく哀れに感じてしまった。
“妾の子…”
その事実は決して明るく語れるような事柄ではないのを、桜子本人が一番分かっていることだろう。
「ワシのこともそのうち学校や町中で噂されるようになるやろ…。他人の不幸話は格好のネタや。ほんまにどいつもこいつもしょうもない…。」
塁のその言葉を聞いて桜子は地面に視線を落とした…
「ほんまにな…。私その事で学校でいじめられてんねん。だからさっき殴られてる金矢くん見て、なんかこう…凄い腹立って!ほっとかれへんかったんよ。」
「米原…。」
「だって!金矢くんは何にも悪い事してへんやん…!大人に一人で立ち向かって痛い目にあって、そんなんおかしい!大人は逃げてばっかやし皆ずるい…!」
桜子のその切実な言葉を聞いて、塁はぐっと拳を固く握った。
「だから子どもやから言うて舐められたらあかんのや。ずるいやつらに負けへんようにワシがもっとずる賢うならなあかんのや…。わしがもっと…。」
ハッと驚いたように桜子は塁の方へ視線を上げた。
「金矢くん…。
やっぱり強いな。私なんかこんなアホやし…全然あかんわ。」
塁はすぐに首を横に振った。
「……さっきみたいなこと簡単にできるもんやない…。だから…その…お前は全然あかんことなんかない。そんな事絶対に言うな…。」
塁はそう口にして、照れ隠しのように桜子から視線を外して背中を向けた。
「金矢くん…。ありがとう!こんな事誰にも話されへんかったから……なんかすっきりした。そや!明日もここで2人で話そ?」
「……え…?」
桜子からの突然の提案に塁は少し戸惑ったものの、この提案が暗く沈んだ心の底をポッと小さく照らしてくれたような気がした。
「ほら!ジュースも奢ってあげたんやから!明日、今日と同じ時間にこの公園で待ち合わせな?」
「そんな勝手な…。」
「絶対やで!約束破ったら今日の分の手数料とジュース代取り立てに行くんやから!」
「なんちゅう奴や…分かった。また…明日な。」
「やった!ほなまた明日ね!ケガしたとこちゃんと消毒するんやで!」
「おう、分かっとるわ…。」
そう言ってまた明日会う約束をした2人はその小さな公園をあとした。
“また明日会える”
そんな小さな希望がお互いの家に帰る足取りを少しだけ軽くさせた
それから、2人は時たまこの公園に来ては色んな事を話すようになった
家のこと、親のこと、昨日見たアニメのこと、学校のグループ同士の喧嘩の話、テストで酷い点数を取ったこと。
そんな他愛もない話が2人の心の救いになり仲が深まっていった…
そんなある日、この日も塁と桜子は2人で話をして”また明日話そう”と約束した。
だが、次の日、桜子は約束の公園に姿を現さなかった。
それだけではなく、桜子はその日を境に姿を消した。
何故、桜子は約束の場所に来なかったのか、どうして姿を消したのか、生きているのか死んでいるのかどうかさえも分からないまま、月日は流れた 。
“また明日話そう”
日常の中で当たり前のようにしたその約束がその日以来、果たされる事はなかった。
塁の心の隅にチクリと刺さって抜けない棘のような孤独だけを残して…
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
らむらむ