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風呂での些細な騒動があった次の日。
「——よっ」
仕事が終わり、職場から出た俺に、誰かが声を掛けてきた。
(誰だろう?)
そう思いながら振り返ると、そこには宮川の姿があった。とても大きな犬っぽい生き物を一緒に連れている。
「お前、どうしてここに?会う約束、してないよな?」
そこに居たのは友人の宮川だった。宮川が職場まで会いに来たことは今まで一度も無い為、正直かなり驚いた。
「この時間に此処に居たら会えると思ってな。家では出来ない話しだったから、こっちに来てみたんだ」
「…… お前はどうしてそうも、行き当たりばったりに行動をしても失敗しないんだか」
「カンと運が良いんだよ」
宮川がそう言って、ニッと笑う。一緒の犬が、『その通りです』と同意でもしたいかのようにコクッと頷いた。
「大きいな、お前の犬か?」
すらりとしていて『犬』と言っていいのか自信がないが、そうとしか言えずにそう呼ぶ。
「…… あぁ、美人だろう?」
愛おしいとでも言いたげな視線を犬に向け、宮川が首元を撫でると、犬が気持ち良さそうに目を細めた。
「メスなんだな、その様子だと。確かに、とっても品があるよ」
俺はしゃがんで視線を合わせてみる。すると、頭をさげてお辞儀をしてきた。
「はじめまして、だとさ」
「…… 頭いいな」
「まぁ、そうだな」
触ろうと少し手を伸ばすと、俺の手を避ける様に一歩下がる。これは『触って欲しくない』という意味だと思った俺は、立ち上がり、「大丈夫だよ、無理はしない」と声を掛けた。するとまた頷いて返してくれるので、別に嫌われてはいないみたいだ。
(だが、どういう躾をしたらこうなるんだろう?)
「今日は俺にこの子を見せに来たのか?」
「そんな訳がないだろう。あれからどうなったのか知りたかっただけだ」
「…… 言わないと、ダメなのか?」
眉間にシワが寄り、話したくない気持ちが前面に出る。
「感情はある程度隠すのが、警察官には必要なスキルだと思うぞ」
「友達にその必要はないだろう」
「そうだな、まぁ確かに。で、どうだった?多少は気持ちが晴れたか?」
「あえて言えば…… 逆効果、だったかな」
俺の言葉を聞き、顎に手をあてて宮川が黙る。予想とは違う答えだったんだろうか。
「——だろうとは思ったが、その勢いで打ち明けようとかにはならなかったのか?」
「おい!どこまでわかってるんだ?お前は」
「わかってなんかいないさ。全て推測でしかない。多分こうだろうと思っている事を元に話しているだけで、実際にそうなのかは全く確信していない」
(どうだか。コイツは昔からこうだ)
「ああ、お前の言う通り、まだ何も言ってないよ」
ため息をつき、俺は素直に認めた。
「今日奥さんは?」
「唯は、バイトだな。短期で頼まれたんだそうだよ」
それを聞いて、宮川がニッと笑う。
(まさか、また何か思い付いたのか?)
「そうか。じゃあ、もう帰って家で待っていてあげるのがいいかもな。仕事で疲れた奥さんを出迎えて、癒してやるといい」
「言われなくても、そのつもりだ」
「近道でも通ったらどうだ?そうしたら、一本早いバスで帰れるかもしれない」
(近道って…… あの通りか?あんまり辛気臭い所は好きじゃないんだが——)
「また何か悪巧みか?」
「人聞きが悪いな、友人として思ってる事を伝えただけさ」
こいつの、こういう部分にはいつも参る。根拠も無く、いきなり変な事を言い出すのは昔からだ。だが、その通りにして失敗した事は今まで一度もなかった。
そう、ただの一度もだ。
少し困る事態になる事はあっても、その後は全てが上手い具合に回っていく。
(もし、今回もそうなのだとしたら。——俺達夫婦の関係が、少しは違うものになるきっかけになるかもしれない)
「…… わかった。お前の言う通りにするよ」
「それがいい、お前は素直でいい奴だな」
珍しく宮川が優しい笑顔になった。長い付き合いなのに、もしかしたら初めて見るかもしれない。