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守近の予想通り、守孝は、兄の来訪を拒んだ。
守近に会うのが嫌なのか、人に会うのが、今は、ばつが悪いのか、その両方なのだろうが、出迎えの家令《しつじ》は、主は、煙を吸っているため、喋れる状態ではないと、頭を下げて、言い訳している。
「おや、それなら、なおのこと。見舞いに行ってやらねばなぁ。なあーに、身内のこと、気取ることもないだろう。どうせ、寝所《しんじょ》に、こもっているであろう?そうそう、紗奈が、真に受けて、本気になっていると、伝えてくれまいか?」
守近は、渋る家令に、守孝との面会を整えるよう命じた。
「いや、父上、紗奈が本気になっているとは?!」
「守満や、聞き捨てならぬか?しかしだねぇ、誰も彼も、どうして、今更、紗奈なんだい?お前だって、なんとなく、引っ張られているだけだろう?」
子供の頃から、そうだった、人が良いと言ったものを、欲しがって、それも、ただの、勢いで……。と、誰に似たのやらと、守近は、首を振っている。
そうこうするうちに、家令が、奥から戻って来て、どうぞと、守近一行を案内した。
「いや、なんで、紗奈の名前を出したとたんに……」
守満は、驚きを隠せない。
それは、真に受けて本気になっている、という所に、守孝が、引っかかったからで、紗奈の気持ちをなんとか、逸らすようにと、守近へ、懇願するつもりなのだろうと、常春は、思う。
そもそも、ほほほほ、だ。
どうせ、その場かぎりの言葉であって、しかも、あれだけの事があった以上、紗奈と、どうこうなど、考えたくもないのだろう。
きっと、紗奈から逃げたいはずと、守近は読んだのか、あえて、名前をだしたのだ。
「さあさあ、皆、あやつの気が変わらぬうちに、行くよ」
と、守近は、勝手知ったる我が家とばかり、すたすたと、守孝が休んでいるという寝所《しんじょ》へ、向かっていった。
その後ろ姿に、大納言職は、伊達じゃなかったと、常春は、つい感心したのだが、守満はというと、父親に言われた、紗奈への気持ちが、図星だと気がついたのか、呆然としている。
「さあ、守満様」
立ちすくむ、守満へ、常春は声をかけたが、例の兄上!と、答えるかと思いきや、
「なあ、常春。私は、本当に、紗奈姉《さなねぇ》の事を……」
加えて、蒼白な面持ちになると、常春へ向け、口ごもった。
やっぱり、単なる勢い、だったのか。と、いうより、なぜそこで、蒼白な顔つきになる。
まあ、いいさ、こちらも、正気に戻ってくれたようだから。
少しばかり、納得はいかなかったが、これで、静かになるだろうと、常春は、内心ほっとして、守満を、誘《いざな》った。
そして、問題の、ほほほほ、はと、言うと……。
姫君の様に、御簾の内にこもっていた。
「せっかくの、兄上の見舞い、ありがたいことで。しかしながら、この、守孝、あの、火災にて、煙を吸ってしまい……」
ゴホゴホと、見え透いた空咳をしながら、病人ぜんと、横になっている。
「話は聞いた。さぞかし、大変だったろう。逃げ惑う、皆に、声をかけ、勇気づけていたそうだが、その姿に、うちの紗奈が、なあ……」
へ?!
と、妙な声が聞こえたような気もしたが、
「そうでしょうとも、そうでしょう。つい、守孝めは、本気になってしまいましたから、紗奈も、きっと……」
ほほほほ、と、高笑っている。
「なんと、狐と狸の化かしあい。それも、兄弟だけに、息もぴったりだ」
守満が、控えながら、こっそり、常春へ囁いた。
「しっ、これからですよ。私達は、何の用もない状態になりますから」
「うむ、これが、大人の駆け引きというやつだな」
いや、まあ、そうですが、今更、そんなこと言われても、と、常春は、守満を見るが、すでに、自分も、大人の世界の入り口に立ちたいと、向上心をむき出しにしている。
これは、とにかく、黙らせよう。放っておくと、二人のやり取りに、なんやかんやと、余計な口を挟みかねない。まとまるものも、まとまらなくなる。
まったく……。どこもかしこも。
常春の、眉間にシワが寄った。