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「あっ! 恵! これからレストランだよ!」
私は慌てて恵を追いかけようとしたけれど、涼さんが優しく肩に手を置いて制止してきた。
「尊、朱里ちゃん、先にレストラン行ってて。俺は彼女と一緒にあとから行くから」
彼は苦笑いして言ったあと、カードキーとお財布、スマホをポケットに入れて部屋を出て行った。
「あー……」
私は閉じたドアを見て、間延びした声を漏らす。
「もしかして……、もしかするのかもな?」
後ろで尊さんが立ちあがった気配がし、彼はこちらに歩み寄ってポンと私の肩に手を置く。
「……どうなんだろう。こんな事初めて」
私は溜め息をつき、ポツポツと語り出す。
「今まで恵はあんな反応を見せた事ありませんでした。学生時代、女子にお構いなく部活前に着替える男子がいたし、裸に慣れていないわけじゃないです。それに、私が昭人と付き合っている時、恵も何人かと付き合っていましたし。……でも『やっぱ無理』って、二週間も経たずに別れていましたけど」
「……なるほど」
尊さんはベッドに腰かけ、頷く。
「恵が言うには『自分を好きになった男がメッセージを送ってくるのを見るだけで、気持ち悪くて堪らない』みたいです。……でも基本的な恋愛対象が男性なのは確かだし、私の事を好きだと言っても、セックスしたいとは思わないみたいです」
それを聞き、尊さんは少し安堵したのか小さく溜め息をつく。
「私に関しては、『一緒にいて、時々抱き締めて、大切にしたいし、大切にされたい』と望んでいるみたいで、私もなるべく希望に応えたいと思っています。たまに酔っぱらった時、気持ちが盛り上がってキスをされる事もあったけど、尊さんと付き合ってからはなくなりました」
彼は息を吐き、私の腕を引っ張ると自分の膝の上に座らせた。
「……中村さんも複雑な過去持ちだし、ちゃんと男に目を向けられるようになるまで、時間がかかったのかもな。……異性にトラウマができると、どうしてもフィルターができる。『こいつは自分を傷つけるかもしれない』っていう怯えが根底にあって、異性に対して懐疑的になる。……でも、今日一日一緒に遊んで、涼は違うって分かったかな。……それでいきなり風呂上がりの姿を見せられて、〝男〟だと認識してしまったというか……」
「……かもですね」
私はお腹の前に回った尊さんの手を何とはなしに触り、親友を想って小さく笑う。
「涼さんが恵に応える見込みは、どれぐらいですか?」
尋ねると、尊さんは「うーん……」と少し考えてから言った。
「正直、涼は経験豊富だ。学生時代に大体の事は済ませたし、女性側からのアプローチが多すぎて供給過多になり〝満腹〟状態が続いている。今まであいつを求めた女性は、ハイクラスの男とデートをして愛されたいと願っていた。涼も『十人と付き合えば、十人ともそうだった』と言ってた。だから『例外はいるかもしれないけど、当分自分からは女性を求めたくない』と言って、女性以外の刺激を求めるようになった」
想像通りの事を聞き、私はコクンと頷く。
「だから、あいつを見て嫌な顔をした中村さんが珍しかったのかな。今日、アトラクションを回っている間、俺にちょいちょい『彼女、どんな人?』って聞いてたよ。深い話は避けたけど、基本的な情報は教えておいた。……で、今まで涼が避けてきたタイプの女性じゃないと分かって、余計に興味を抱いたみたいだった」
「恵って都会でキラキラしてるより、ソロキャンするの好きですもんね。男性に媚びるタイプじゃないですし」
タイミングが合う時は一緒にキャンプをするけれど、そうじゃない時は一人でフラッとあちこち行っているみたいだ。
「……うまくいくといいな。涼ならその気になればいつでも結婚相手を見つけられるけど、『なるべく自分で〝いい〟と思った人と出会いたい』と言っていたから」
「ですねぇ……」
頷いたあと、私は尊さんに「そろそろレストランに向かうか」と言われて部屋を出た。
**
(あり得ない! あり得ない! あり得ない!)
私――中村恵はズンズンと廊下を進み、何かに追い立てられるようにカチカチとエレベーターのボタンを連打していた。
不意打ちを食らって三日月さんの上半身を見た瞬間、今まで感じた事のない感覚に襲われて、すっかり動揺してしまった。