テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――王だと?
笑わせる。
王などというものは、生まれつきのものだと
あの連中は信じている。
血筋だの、家柄だの、神の加護だの。
……くだらない。
では問おう。
飢えたことのない者が
どうして国を治められる?
奪われたことのない者が
どうして守ることを語れる?
踏みにじられたことのない者が
どうして民を語る?
(小さく笑う)
知らないのだ、あいつらは。
――王とは、“なるもの”だ。
そしてそれは、
与えられるものではない。
奪うものだ。
「おい、そこのガキ!」
怒鳴り声が飛んだ。
カルドは顔も上げず、手の中のパンを見た。
固く、冷えきった、昨日の残り物。
いや――違う。
これは、“昨日まで他人のものだった”パンだ。
「聞いてんのか!」
兵士が近づいてくる。
足音は重く、鈍い。
(遅いな)
カルドは一口かじった。
わざと、ゆっくりと。
「それ、どこで手に入れた」
「拾いましたよ」
顔を上げる。
にこりと笑う。
嘘だ。
だが、嘘とわかっても
証明できなければ意味がない。
「嘘つけ。さっきの店から盗っただろう」
「証拠は?」
静かに言う。
兵士の眉がわずかに動く。
(ほらな)
カルドはもう一口かじる。
「証拠がないなら、これは“俺のもの”だ」
「……ガキが」
兵士が手を伸ばす。
その瞬間、カルドは後ろに跳んだ。
同時に、別の声が響く。
「そいつだ! パンを盗んだのは!」
振り返る兵士。
指差されたのは――別の少年だった。
「ち、違う! 俺じゃ――」
言い訳は最後まで続かない。
兵士はそちらへ向かった。
(成功)
カルドは路地裏へ滑り込む。
心臓が、わずかに速く打っている。
だが、顔は平静のまま。
(さて)
壁にもたれ、空を見上げる。
狭い空だ。
まるで、この街のように。
(今日も生き延びた)
それだけだ。
だが、それでいい。
――今は。
(間)
いずれ、すべてを奪う。
この街も。
この国も。
そして――
(静かに)
王になる。
少年の名はカルド、
のちにエスカリオ商王国の王となります。
失礼。
語りが遅れました。
サイラス・イシスと申します。
今は隠棲し、筆を取る身です。
彼は私の人生で出あった人物の1,2を争うぐらい魅力的な
人物でした。
私は今、
彼と深い縁のある港町におります。
――すべては、この港町から始まったのです。
当時のエスカリオは、王国でした。
だが――王位継承を巡る争いにより、
国は荒れに荒れていたのです。
ここで、
カルドの人生に大きな影響を与える人物を
一人、ご紹介しておきましょう。
リチャード六世。
この王位継承戦争に身を投じ
のちに“簒奪王”と呼ばれる男です。
その評価が正しいのかどうか――
それは、いずれ分かる時が来るでしょう。
この時、彼はまだ王ではありません。
そして、カルドと出会うのも、もう少し先の話です。
「おいっ」
カルドは顔を上げた。
「ここだよ」
声は、路地裏に面した窓からだった。
そこには、
自分より少し年上の、金髪の少年がいた。
「腹減ってるのか?」
カルドは答えない。
「芋のスープがある。上がって来いよ」
――罠か?
一瞬だけ考える。
だが、腹が判断を下した。
カルドは、黙ってドアを開けた。
「仕事があるんだ」
スープをすすりながら、少年は言った。
「やるか? 銅貨三枚」
「ギルドで荷運びを集めてる。
お前はガキだから大人の半分」
にやりと笑う。
「銅貨五枚ってことだ。
俺が二枚抜く。お前は三枚だ」
カルドは、顔を上げた。
(……なるほど)
何も言わず、もう一口スープを飲む。
「やるな」
「決まりだな」
少年は満足げに笑った。
「俺の名はケンプ。
いい奴か悪い奴で言えば――いい奴だ」
カルドは、わずかに口の端を上げた。
「よろしく」
「明日、日の出にここに来い」
後年、この時のことを
カルドは仲間に楽しそうに話す。
「俺から銅貨2枚とりやがってたんだぜ!
あのケンプの野郎よ。あれ以来、自分のこといい奴
っていう奴から必ず銅貨2枚もらうことにしている」
少しだけ間を置いて、
「……返してもらう前に、死んじまったからな」
この港町には、
小さな商人ギルドが存在していました。
カルドは、その扉を叩きます。
一片のパンを盗んで生き延びていた少年が――
やがて、
すべてを“奪う”商人へと変わる、
その最初の一歩でした。
時は、大航海時代のただ中。
各国の王は資金を投じ、
香料をはじめとする
世界の珍品を求めていました。
港――
それは、海へと続く“入口”であり、
同時に、富の集まる場所でもあったのです。
ギルドとは、
港に集う商人たちの組合。
この港では、昔からギルドが分配まで請け負い、仕切っていました
船が戻れば、
積荷は出資に応じて分配される。
誰が多くを得るか。
それは、すでに決まっている世界でした。
カルドのほかにも、
多くの子どもたちが集められていました。
運び込まれる荷の山。
飛び交う怒号。
慌ただしく動く大人たち。
カルドは――目を離さなかった。
初めて見るものばかりだった。
瞬きをするのも惜しむように、
ただ、見ていた。
「なあ、あの瓶の中身は何なんだ?」
「胡椒だ。高価なもんだぞ。触るなよ、どやされる」
「昔は金と同じ重さで取引されたって話だ」
「へえ……」
カルドは、しばらく考えてから言った。
「で、胡椒って何だ?」
「お前、そこからかよ」
「肉に振って食うんだよ」
「……俺たちの口には入らねえけどな」
「???」
カルドには、まったく分からなかった。
後年――
カルドは、食事の席に必ず胡椒を置かせた。
「最初に胡椒を振って食べた肉以上のうまいものに、
まだ出会ったことがない」
そう言って笑う。
「だからな、これはお守りだ」
さらに、
「若い連中には教えてやりたいんだ」
新しく入ってきた水夫を見つけると、
彼は必ず声をかけた。
胡椒を手に、
楽しそうに。
カルドが最も興味を持ったのは、
港に入る荷物を分配するときの仕組みだった。
最も多く金を出した者が、
最も多くの品物を手に入れる。
「これって、僕もお金を出したら
荷物を分けてもらえるってことですか?」
少年の純粋な疑問に、職員は気軽くうなずいた。
「ああ、そうだよ。
「最低は五千ディナールだがな、
何人かで金を出し合うこともある」
「まあ、出資した船が沈んだら全部パアだけどな」
「船が沈めば、金も、夢も、全部海の底だ」
職員はそう言って、大声で笑った。
――金を出せば、荷物が手に入る。
――だが、船が沈めば金は消える。
カルドは黙っていた。
だが、その目は、宝石を見つけた子供のように輝いていた。
珍しい品物ではない。
香辛料でも、絹でも、宝石でもない。
少年の胸を打ったのは、
金がさらに金を生む仕組み、そのものだった。
少年の目が輝き始めた。
品物ではない。
その向こうにある“ルール”を、彼は見ていた。
船に乗らなくてもいい。
海に出なくてもいい。
金さえあれば、帰ってきた宝を手にできるのだ。
「今日は言ってきた荷物で一番品物を受け取る人は
誰ですか?」
「ん?」
「グロスター公だ!今の王様の弟君で
この丘の上のお屋敷に住んでおられる」
「なんでも自分の容姿を人に見せたくないかで
屋敷にこもっておられるとか」
「王族だが政には関わらず、
お金儲けが好きな変わり者だ」
「ふーん」
「今日、届けるんですか?」
「いや、今日は仕分け、明日お届けだ」
「明日、お前は休みだぞ」
「もし、よかったら運ぶの手伝いましょうか、
ほら、丘の上だし……」
「まあ助かるし、いいよ」
これがこの少年にとって
忘れられない出会いとなる
グロスター公は、思っていたほど醜くはなかった。
確かに、体はわずかに歪んでいる。
肩の高さは揃っておらず、立ち姿にも癖がある。
だが、その顔は――静かだった。
血の気の薄い肌。
細く引き締まった口元。
そして、何よりも印象的なのは、その目。
暗い。
だが濁ってはいない。
むしろ、磨かれた刃のように鋭く、
一瞬で相手の価値を測る光を宿していた。
「今日は、子供がついてきているのか?」
低く、よく通る声だった。
カルドは気づく。
(この人は……“見ている”)
人ではなく、
価値を。
金を。
そして、その先にあるものを。
「少年」
その声に、背筋がわずかに伸びる。
「この港で、一番儲けているのは誰だと思う?」
「……この港で一番大きな船の船長ですか」
一拍。
「――わざと外したな」
グロスター公は、わずかに口元を歪めた。
「俺だよ」
静かに言い切る。
「船に乗らない俺が、一番儲けている」
その言葉には、誇りも驕りもない。
ただ事実だけがあった。
「で――」
視線が、カルドに突き刺さる。
「俺を見に来たんだろう」
カルドは、一瞬だけ迷い――
「……はい」
「名前は?」
「カルドといいます」
「いくつだ」
「十一です」
「ふむ」
短くうなずくと、グロスター公は振り返る。
荷を運んできた職員に、何でもないことのように言った。
「サッシャーには伝えておけ」
一拍。
「この子は、もらう」
場の空気が凍る。
グロスター公は、わずかに肩をすくめた。
「ああ、勘違いするな。俺にはそういう趣味はない」
乾いた笑み。
「皇太子と同じ年齢だ」
そして、再びカルドを見る。
「王宮に連れていく」
その言葉は、命令でも提案でもない。
決定だった。
「たまには兄上にも会わんとな」
ふっと、楽しげに目を細める。
「――いい手土産になる」
「条件があります」
場の空気が、わずかに止まる。
「ん?」
グロスター公は、面白そうに目を細めた。
「お金を貸してください」
誰も口を挟まない。
「……必ず返します」
カルドは、一歩も引かない。
「五千ディナールです」
その場にいた職員が、思わず息をのんだ。
子供が口にする額ではない。
「お願いします」
沈黙。
そして――
グロスター公が、笑った。
「――こいつはいい」
肩を震わせるほどではない。
だが、確かに愉快そうだった。
「俺に金をせびるか」
一歩、カルドに近づく。
「しかも、借りると言ったな」
視線が突き刺さる。
「“もらう”じゃない」
一瞬の間。
「いいだろう」
あっさりと言う。
だが、その声には刃があった。
「もし――俺の言う通りのことができたら」
「五千ディナール、くれてやる」
試すような目。
「王族だからといって、ビビりもしない」
小さく笑う。
「面白くなりそうだ」
エスカリオ王国の王、
エドワード二世。
その若き日は、まさに人々の記憶に残る美貌であった。
高い背、整った顔立ち。
笑えば周囲の空気すら変えるような、天性の華やかさ。
女たちが名を呼び、男たちが従う――そんな王であった。
だが今、その面影は崩れかけている。
頬はこけ、肌は青白い。
豪奢な衣も、どこか体に合っていない。
それでも――
その目だけは、変わらない。
かつて戦場で敵を見据えたときの、あの鋭さを残している。
「……あの子たちだけは」
かすれた声で、王は呟く。
長男エドワード。
長女エリザベス。
彼らに向ける眼差しだけは、
かつての放蕩の王ではなく、
ただの父のものだった。
カルドは、後年こう語っている。
「たしか、俺が十一の頃だったかな」
「俺が初めて見た王様はさ――
ぶよぶよしてて、締まりがなかったね」
「……ああ、この人がこの国の王か、って思ったよ」
少し笑ってから、肩をすくめる。
「で、息子と娘を見て驚いた。
ありゃあもう、お人形さんだ」
一拍、間を置く。
「――そして」
「一人は、俺の目の前で殺され」
「もう一人は、夫と一緒に、俺に戦いを挑んできた」
視線は遠くを見ている。
「……因果なもんだよな」
グロスター公は、エドワード二世と対面した。
「兄上も――お顔の色がよくなりましたな」
「心にもないことを言う」
わずかに笑う。だが、その声には力がない。
「いえ。皇太子もまだお若い。
兄上には、もうしばらくお元気でいていただかねば」
「……そうだな」
王は目を伏せ、ふっと息を吐く。
「すまぬ。つまらぬことを言った。
お前は、頼りにしている」
その視線が、ふいにカルドへ向く。
「今日はなんだ。お前に子供がいたのか」
からかうような口調だった。
「いえ。港町で働いている少年です」
「ほう」
王は興味を持ったように身を乗り出す。
「皇太子は利発な子。
きっと、面白い話ができましょう」
「うむ。そうじゃ」
王は頷く。
「ここには女どもが多すぎる。
つまらんことばかり覚える」
「王たる者に必要なことは、ほかに山ほどある」
「そなた、名は?」
「カルドです」
「港では何をしておる」
「船から運ばれた品を運び、
貴族方へ分配する手伝いをしております」
一拍置いて、カルドは続ける。
「先日、見たこともない剣を見ました」
「私の知らぬ国が、まだこの世界にはあるのだと知りました」
王は、わずかに目を細めた。
「……賢い子じゃ」
「エドワードに、いろいろと話を聞かせてやってくれ」
「はい」
カルドは頭を下げる。
「よろこんで」
――その声の裏で。
馬車の中での、あの言葉を思い出していた。
「国王を見た感想を教えてくれ」
グロスター公は、何気ない口調で言った。
「それと――機会があれば、
エドワードとエリザベスにも会わせる」
「できれば、信頼させてくれ」
「僕のような者で、よろしいのですか」
「ふむ」
わずかに笑う。
「エドワードもエリザベスも――賢い」
「俺の目から見てもな」
一瞬だけ、視線が鋭くなる。
「だから、お前なんだ」
「……バカでは務まらん」
カルドは、その意味をまだ理解していなかった。
カルドは、後年こう語っている。
「いっちゃあなんだがな――
俺は自分のこと、賢いほうだと思ってたのよ」
「大人なんて、だませるもんだってな」
軽く笑う。
「でもさ」
「当時の皇太子――ありゃ賢かった」
「王様ってのは、みんなああなのかと思ったぐらいだ」
少し間を置く。
「生きてりゃ……とんでもない王になってたろうな」
視線が、わずかに揺れる。
「娘のほうはな」
「無言の圧がすごかった」
「こっちが値踏みされてるような目でさ」
肩をすくめる。
「で、俺はっていうと――
五千ディナールがかかってるだろ」
「必死よ。口八丁、手八丁」
「俺が経験で覚えたことを、並べ立てた」
鼻で笑う。
「でもな」
「――あいつら、それ、本で全部知ってんだよ」
一拍。
「俺とあいつらの違いは――
知識か、経験か」
「そんなもんだったな」
沈黙。
「で、エリザベスが言ったんだ」
カルドは、わずかに目を細める。
「――それで」
「それで“王より上”に立てるの?」
「――ああ、こりゃ勝てねえなって思ったよ」
「俺はその時、初めて“王様”ってやつを見た気がした」
#戦乙女
#ドラマ
#異世界
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!