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――なんてことがありつつ、クリスマス当日がやってきた。
前日はハロウィンと同じく久しぶりにみんなが集まり、部室でささやかなクリスマスパーティーを楽しんだ。
榎先輩も時間を作ってくれたらしく、鐘撞さんや井さん、肥田木さん、アリスさんや井口先生たちでボードゲームをしたり、またしても女性陣のコンサートに耳を傾けたり――当然、乙守先生は来なかった――色々と楽しんだ僕たちであったが、翌二十五日は真帆とふたり、これもまた久しぶりのデートと相成った。
僕も真帆も、学校でははずしているあの指輪を嵌めて手を繋ぎ、街の中をゆっくり歩いた。
真帆は楽しそうにおしゃべりしつつ、おばあさんと一緒に色んな所に挨拶回りに行かされることを愚痴ったり、協会への不満をこぼしたり、かと思えばこれから僕とあんなことをしたい、こんなことをしたい、魔法協会からお仕事をもらったら、一緒に旅行気分で行きましょう、なんて言いながら笑っている。
僕はというと、そんな真帆に同意しつつ、けれど心の中のもやもやがぬぐえずにいた。
当たり前だ。まだ真帆にはこれから県外の大学入試を受け、受かれば遠方で独り暮らしをするつもりでいることを伝えていないのだから。
伝えられなくても仕方がないだろう、これだけ高校卒業後の楽しみを語る真帆に、そんな水を差すようなことを言いたくなかった。
それに、もしその事実を語って怒り心頭、勢いに任せて「だったら別れましょう」なんて言われた日には、僕だって傷付かないわけがない。
真帆なら言いかねない自信はあったし、付き合い始めた時だって真帆の勢いからだったようなものだ。
そもそも、僕のような男のことをどうして真帆は好きになってくれたのか。
どうして夢魔が暴れてしまうほどに、僕に好意を抱いてくれているのか、それもまた不思議でならない。
すべては偶然、或いは運命、巡り合わせ――そう言ってしまえばそれまでなのだけれども。
でも、だからこそ、真帆という存在を僕は手放したくはなかった。
真帆にそれを言われてしまうのが怖くてならなかった。
なにより、クリスマス、お正月、バレンタイン、この先にもいろいろなイベントが待っているのに、そこに真帆がいないことを想像するだけで涙が出そうなほど悲しくなる。
――ダメだ、言えない。まだ、真帆には言えそうにない。
「……ユウくん? どうしたんです、険しい顔して」
真帆が眉をひそめながら、僕の顔を覗き込んできた。
「あ、ごめん、ちょっと考えごと。受験前に遊んじゃって良いのかなって」
「そんなの、いいに決まっているじゃないですか!」
真帆はぷんすかと頬を膨らませて、
「せっかくのクリスマスですよ? 年に一度のイベントですよ? それを勉強なんかに費やすなんてとんでもないです! 私だって、この日をどんなに楽しみにしていたことか!」
ユウくんもそうでしょ? と顔をぐいっとこれでもかってくらい近づけてくる真帆。
僕はその勢いに飲まれて、
「も、もちろん」
何度も何度も頷いて見せる。
そりゃぁ、もちろん、僕だってこの日を楽しみにしてきたさ。
……乙守先生からの言伝なんてなくても、僕は先月十一月の時点で、今日、真帆に渡そうと思っているクリスマスプレゼントを用意していたのだから。
実はあの特に何もなかった先月。
僕は神楽ミキエさん――あのヤンキー魔女の師匠である魔女のマンションをもう一度訪ねていた。
ミキエさんの家を訪れた時、色々と綺麗なアクセサリーや置物を見かけていて、真帆にプレゼントするのに良いんじゃないかと思っていたのだ。
ミキエさんに事情を話すと、ミキエさんはニコニコ笑顔で「どれでも好きなものを持って行ってちょうだい」と奥から奥からどんどん魔力のこもったアレやコレやを僕の前に広げてくれた。
そこに現れたのが、ミキエさんの弟子である、あのヤンキー魔女だった。
「……ちっ」
ヤンキー魔女こと緒方さゆりは僕を一瞥するなり殺意のこもった視線で大きな舌打ちをひとつした。
恐ろしや怖ろしや。あれは事故であって故意ではない。あれから半年近く経っていてもなおこれほどまでに怨まれるとは、本気で命の危険を感じなくもない。
僕はそんなさゆりさんに睨まれながら、ミキエさんのニコニコ笑顔のもと、ひとつひとつ品物の説明を聞いていった。
正直、種類が多すぎてどれにしたらいいのか全く判らず、ひとつひとつ見ていくだけで相当な時間がかかってしまった。
真帆の欲しがるもの、真帆に似合うもの、ひとつひとつ検討していったのだけれど、なかなか決まらなかった。
そこへ、
「――おい」
さゆりさんが、低い声で僕に声をかけた。
「いつまで迷ってんだ、この優柔不断の間抜け野郎」
「ちょっと、さゆりちゃん!」ミキエさんは軽く叱責する。「ダメよ、そんな言葉使っちゃぁ」
それでもさゆりさんは「いいから」とミキエさんの言葉を軽くあしらい、僕のところまで歩み寄ってくると、
「ほら、これにしな」
目の前にあった星形のイヤリングを摘まみ上げ、僕の前に突き出してきたのである。
それは細いチェーン?の先にキラキラ光る星形の飾りがあしらわれており、シンプルと言えばシンプルなのだけれど、何とも言えない力を感じられた。
「……これ、ですか?」
「いいから、早く受け取れ」
「あ、はい……」
僕が素直にそれを受け取り、眺めていると、
「――それ、アイツが来るたびにじっと見てたんだ」
「真帆が?」
あぁ、とさゆりさんは頷く。
「欲しいのかって訊いたら、そういうわけじゃないけど、どうしても見てしまうんです、ってな。それに惹かれる何かがあったんだろ」
「惹かれる何か?」
「運命」
「……はい?」
さゆりさんから思いもよらぬ言葉が返ってきて、僕は聞き返してしまった。
運命? さゆりさんの口から? 運命なんてくそ喰らえって感じの見た目なのに。
なんてことまでは言わなかったけれど、さゆりさんは僕の言わんとしていることを悟ってか「あん?」とギロリと睨んできてから、
「なんだよ、あたしが運命って言葉使っちゃいけねーのかよ?」
「い、いえいえ、そういうわけじゃぁ――」
しどろもどろになってしまう僕に、ミキエさんが口を開いた。
「それ、さゆりちゃんが初めて創った魔法のイヤリングなの。とってもよくできてるでしょ?」
ふふっとさゆりさんに笑って見せるミキエさんに、さゆりさんは口をへの字にしながら頬を僅かに赤く染め、
「と、とにかく、アイツはいつもじっとそれを見てた。たぶん、お前からアイツに手渡されるためにあるんだ。そういう運命だったんだよ、あたしの創ったそれは」
「運命? 僕から真帆に渡すために、さゆりさんが創ったこれが?」
「そうだよ」とさゆりさんは頭を掻きむしり、「あー、もう! なんて言えばいっかなぁ。だから、アレだよ、あたしはそれを創ろうと思って創ったわけじゃねえんだよ。何か見えない力に創らされた、そういうことだよ」
「……なんですか、それ、超神秘主義?」
「うるせぇ、黙れ! そんなんじゃねぇよ! いいからとっとと持ってけ! この変態野郎が!」
さゆりさんは大きく叫ぶと、僕の腰を力いっぱい蹴っ飛ばした。
僕はそんなさゆりさんから逃れるように、ミキエさんの家をあとにしたのだった。
その星形のイヤリングが、僕の手によって綺麗にラッピングされたそれが、今、僕の鞄の中で、真帆に手渡されるその瞬間を待っている。
――その、運命の時を。