5
すっかり暗くなった夕暮れのなかを、冷たい風が吹き荒んでいる。
気付くと空からはちらほらと雪が舞い始めており、一層寒さが増してきたようだった。
百メートルの大通りをたくさんのイルミネーションが彩るなか、僕らは温め合うように寄り添い、手を繋いで歩いていた。
サンタや雪だるま、海賊船、ドラゴンに立ち向かう勇者とお姫様、光でできた教会やお城なんかを順々に巡り、そして今は、大きな街路樹に色とりどりの電飾を巻きつけた巨大なクリスマスツリーを眺めていた。
時刻は午後七時過ぎ。そろそろ真帆の門限|(おばあさんから八時には帰ってくるように言われていた)も差し迫り、プレゼントを渡すなら今かな、と僕はその大きなクリスマスツリーの前で、
「――真帆」
と声をかけた。
「はい? どうかしましたか?」
首を傾げる真帆に、僕は鞄からあのイヤリングの入ったケースを取り出し、
「これ、クリスマスプレゼント。メリークリスマス」
真帆は一瞬目をぱちくりさせ、ふっと微笑んでから、
「――ありがとうございます」
小さく言って、僕の差し出したケースを受け取った。
真帆は包んでいたリボンを早速外すと、ぱかりとケースを開く。
「……これ」
すっと真帆がイヤリングを持ち上げると、星の飾りがゆらりと揺れた。
ぼんやりと光り輝いているように見えるのは、きっと魔力が宿っているからだろう。
「ミキエさんのところで選んだんだ。どう? 真帆に似合うと思ったんだけど」
真帆はじっとそのイヤリングを見つめ、
「……」
僕に再び視線を向ける。
「…………」
黙り込む真帆。
「………………」
そんなじっと見つめられても、僕だってどう反応すれば良いのかわからない。
「ま、真帆?」
思わず口にすれば、真帆はもう一度イヤリングに視線をやって、
「……これ、今つけてもいいですか?」
「え? あ、うん」
答えると、真帆はイヤリングを取り出し、「ちょっと持っててください」と空になったケースとリボンを押し付けるように僕に寄こした。
それから慣れた手つきでイヤリングを耳につけていく。
真帆の耳もとでゆらゆら揺らめく星のイヤリングが、ふわりふわりと虹色に光って見えた。
――その瞬間、何かの映像が一瞬、僕の脳裏を駆け抜けていった。
それは見知らぬ少年の顔であり、少女の顔であり、どこかで見たことがあるような大人の女性の顔でもあれば、ただ気のせいなような気もして、いったい何が何だか頭が混乱したようになってしまう。
「えっ……」
けれど、それは本当に一瞬の出来事で、何が見えたのかまるで判らないまま、僕は思わず目を瞬かせた。
「――ですか?」
「へっ?」
真帆の声に、僕はふと我に返った。
ぱちぱちと瞼を何度か開け閉めすれば、はっきりとした真帆の姿が僕の眼に飛び込んでくる。
真帆はそんな僕に、ずいっと顔を近づけて来てから、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「どうですか? 似合いますか?」
「う、うん――その、すごく……似合ってるよ」
さゆりさんに勧められた通り、本当にこれを選んで正解だったな、と僕はこくこく頷いた。
イルミネーションの灯りに照らし出された真帆の姿は、耳から下がるイヤリングと相まって、何だかとても大人っぽく見える。
当社比二倍くらいは魅力が増している――と、僕は思う。
「ありがとうございます、ユウくん」
真帆はくすりと微笑んでから、
「さゆりさんから聞いたんですか? 私がこれを気にしていたこと」
その言葉に、僕は一瞬どきりとして、
「えっ あ、いや、その――」
しどろもどろになりながら、
「……うん、まぁ」
すると、真帆は唇を尖らせながら、
「な~んだ。ユウくんが選んでくれたわけじゃないのか~」
恨めしそうな眼で、僕を見やったのだった。
僕はそんな真帆に、思わず頭を下げながら、
「ご、ごめん。色々良さそうなのが多くて、ひとりじゃなかなか決められなかったんだ」
「ふ~ん? それなら、その良さそうなモノ、全部私に買ってくれればよかったのに」
「はい?」
思わずきょとんとしてしまう僕に、真帆は「ぷぷっ」と吹き出すように笑ってから、
「冗談ですよ!」
言って、耳からぶら下がる星を指で軽く揺らして見せたのだった。
「でも、本当にありがとうございます、ユウくん。私、とってもうれしいです! ユウくんからこれを貰えたことが、私、一番嬉しかったですよ。からかってごめんなさい」
それを聞いて、僕はほっと胸を撫で下ろしてから、
「……それなら良かったよ」
やれやれ、と肩を撫でおろしたのだった。
そんな僕に、真帆はおもむろに顔を近づけてきたかと思うと、
「じゃぁ、今度は私からのプレゼントですね」
――ちゅっ
わずかに爪先を伸ばすようにして、僕と口づけを交わしたのだった。
人目を気にしない真帆に驚きながらも、けれど僕らはしばらくそうしていた。
真帆の柔らかい感触に、そのまま抱きしめてしまいたくなる。
いや、このまま抱きしめよう――と両手を真帆の背中に伸ばそうとしたところで、真帆は口元に笑みを浮かべながら後ずさり、僕から数歩離れていく。
思わず空を抱きそうになる僕に、真帆は笑いながら、
「はい、プレゼント」
僕はそんな真帆に戸惑いを隠せなかった。
「――えっ、えぇっ! 今のが?」
このキスが、僕へのクリスマスプレゼント? これだけ?
「なんですか? 私からのキスが不満なんですか?」
「そ、そういうわけじゃないけど、え、ええっ?」
「あっははは! 冗談ですよ!はい、どうぞ、ユウくん! メリークリスマス!」
「――あ、ありがとう」
真帆から手渡された袋を開けてみれば、中には毛糸のマフラーが入っていた。
「ベタかも知れませんけど、喜んでくれるかなって」
どうですか、と問いかけてくる真帆。
「ちゃんとした手編みですよ。おばあちゃんから教わって頑張ったんですから。おばあちゃんも、おじいちゃんに編んであげたことがあるらしくって。クリスマスプレゼントと言えばマフラーでしょ! って、おばあちゃんの方が張り切ってたくらいです」
いやぁ、私にしては地道に頑張りました! と真帆は胸を張る。
僕は早速、そのマフラーを首に巻いてみる。
ふわふわして、あったかくて、これを真帆が編んでくれたのだと思うだけで、嬉しくてたまらなかった。
「……ありがとう、真帆」
真帆の手を取り、その眼を見つめながら口にすると、
「いえいえ……!」
嬉しそうに、恥ずかしそうに、真帆は微笑んだのだった。
それからもう一度、僕と真帆は唇を重ねて――
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