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羽海汐遠
13,239
#シリアス
34
りすぐみ
181
「はい!?」
香夜がデスクを叩いて叫んだ。
その音にびくりと肩を震わせながらも、詩夕はどこ吹く風といった様子で笑う。
「言葉通りだよ。佐々木さんたちには、事務所へ来てもらうよう頼んだから」
得意げに親指を立てる。
「ちなみに拒否権なし。さっき連絡来て、今から来るって」
「いやいやいや……」
信じられない、と頭を抱える香夜を他所に、ハンデイーファンを手に持ちながら、碧生は首を傾げた。
「佐々木さんって、一週間前に依頼してきた夫婦の方だよね?なんで?」
「まだ気づいてないの?」
詩夕はソファに寝そべって、大きくあくびをする。
「二人ともさぁ。今回のトリックって、ミステリ好きなら『あー、それか』ってなるくらい単純なんだよ」
「フィクションと現実は、また違うんです!勝手に佐々木さんに来いなんて!せめて、わたしたちにも相談を……」
「フィクション関係ないよ、トリックは。それに、来いとは言ってない。来てね〜って言ったの」
碧生が苦笑し、突っ込む。
「どっちも一緒だよ」
詩夕は、耳が割れそうな声量で反論をぶつけた。
「お願いしただけ!ちょっとこれはミステリでいう、”犯人にお説教する時間”だから! 」
思わず その言葉に、碧生はハンデイーファンの電源を切って、顔を顰めた。
「何が言いたいの?」
いつになく真面目な声のトーン。詩夕は勢いよくソファから起き上がった。
「……胸ポケット」
詩夕は自分の胸元を指で軽く叩いた。
「優斗さんの胸ポケット」
つぶやかれた単語に、今度は香夜が首を傾げる。
その顔を見て、詩夕はもう一度、新たな情報を加えて、はっきり言った。
「優斗さんの胸ポケットにあったスマホ。あれが全部教えてくれた。……これで分かった?」
なにか、分かったような、分からなかったような。
胸ポケットのスマホ……それがどう関係してくるのか、朝間兄妹は引っ掛かりを持った。
確かに、詩夕は夫婦と会った時からずっと胸ポケットを注視していた。
胸ポケット……スマホ。
「……あ」
「うん」
ーーどうして、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
二人は、今まで気づいていなかった自分に一言、言ってやりたくなった。こんなことが分からないようじゃ、探偵としてはまだまだ未熟だ。
点だった情報が、一本の線になりかける。
——でもなんで、そんなことを。
その時だった。
カラン、と事務所の扉が開く。
——佐々木夫婦だ。
「こんにちは」
夫婦が、声を揃えて挨拶をした。
碧生と香夜は同時に「こんにちは」と返す。詩夕は今回、挨拶はなし。
二人とも一週間前と全く同じ服装だが、二点だけ変わった部分があった。
まず、優斗が手に持つ、ゲージ。
中では青い瞳がこちらを捉えている。もふもふとした毛並みの猫が中にいる。
白夜だ。
あともう一点は——。
いつも依頼人を出迎えたりしないはずの詩夕が、夫婦に駆け寄った。
香夜もすぐ、お茶の用意を始めようとする、が。
「いいよ、お茶なんて」
そう言ったのは、詩夕。
香夜は「なんであなたがそんなこと言うんですか」と下まぶたを痙攣させたが、詩夕は反応なし。
詩夕の視線は、優斗の顔ではなく胸元へ向いた。
一週間前、そこにあったはずのものはない。
詩夕はにこりと笑った。
「今日は、スマホ。胸ポケットに入ってないんだね?」
ぴく、と夫婦の顔が強ばるのが、この部屋の探偵全員に伝わった。
沈黙。
沈黙の間、白夜だけがのんきにあくびをする。
時計の針が淡々と動く。
詩夕は、瞬きを三回した後、ソファを指さした。
「まぁ、いいや。とりあえず座ろう」
夫婦は唇をふるわせている。なにか、詩夕を化け物扱いするような眼差し。
詩夕はゲージの白夜に向かって、声をかけた。
「白夜ちゃん、お魚は好き?良かったら、にぼしあるの。食べる? 」
問いかけに、白夜は「にゃあ」と答える。
「じゃ、白夜ちゃんゲージから出してあげて」
「えっ」
「いいから、ね?」
笑っているのに、断れない声だった。
詩夕の言う通りに、白夜をゲージから出して、夫婦はソファに腰掛けた。
白夜は、詩夕の膝の上でにぼしを頬張っている。
碧生と香夜は、まるで別世界に取り残されたように、詩夕の後ろへ立った。
ここからは、夫婦と詩夕、そして白夜だけの時間。
もう朝間兄妹は、聞きに徹するしかない。
重苦しい空気の中、最初にその空気を裂いたのは、詩夕だった。
だが、嫌そうに顔を顰めて、白夜を撫でている。
「あのさ、わたし。あなたたちのこと好きだったのに」
「……」
夫婦は顔を俯かせている。目を合わせたがらない。
「好きだった?」
碧生は眉をひそめる。
依頼人と会ったのは、一週間前が初めてのはずだ。もし、碧生の知らないところで交流があったのなら別だが。
詩夕は自分の胸ポケットからゆっくりとiPhoneを取り出した。
画面を、夫婦だけに向ける。
その瞬間。
夫婦の顔から血の気が引いた。
苦虫を噛み潰したような顔をして、詩夕は言い放った。
「勝手に盗撮して、——ライブ配信するのはやめてよね」
事務所全体の時が、止まったような気がした。
後ろで見守りをしていた朝間兄妹も、思考を放棄する。
「……え?」
香夜が、口を半開きにし、固まった。
先程の詩夕の言葉により、「盗撮」されていたことまでは推理できたが、ライブ配信のことをひとつも考えていなかったからである。
「ライブ配信?」と碧生が詩夕に問う。
詩夕は、二人の方に振り向いて、画面を差し出した。
それを見て、二人はさらに硬直する。
画面には、映像が流れていた。詩夕がキャットフードを持って立ち止まり、碧生は盛大にずっこけ、香夜が激怒している様子。
ちょうど一週間前、佐々木夫婦が来た直後の様子。
無意識のうちに、言葉が漏れた。
「これって……」
詩夕が口角を吊り上げる。
「うちの事務所だよ」
「それは分かってます、それより……」
香夜が言おうとしたことを察したのか、 詩夕の声のトーンが、だんだん下がっていく。
「佐々木さんたちってね」
一拍置き、口を閉じる。言い迷って、頭の中で会議を開いているかのように、それなりに長い間があった。
そして、意を決した目で、口を開いた。
「YouTuberなんだよ」
絡まりあった糸が、一本になった気がした。
碧生が口を開くが、すぐに閉じる。
詩夕は前に向き直って、再び白夜を撫で始めた。
「”白夜の日常”……っていうチャンネル名で、白夜ちゃんの可愛い姿を投稿してる。優奈さんと優斗さんも動画内で顔出してるんだよね。わたし、ほんとにあなたたちのこと好きでさ、チャンネル登録して毎回コメントしたりしてるんだ。だから、あなたたちが入ってきた瞬間、嬉しかったの」
夫婦の顔が、焦りに包まれている。優奈は爪で手の甲の皮膚をつまんで、相変わらず詩夕とは顔を合わせようとしない。
気にせず、詩夕は続ける。
「でも思った。なんで今ここに来たの?って。
……だって、あなたたちは、あの時、”配信中”だったから」
顔の向きは変えず、朝間兄妹に問いかける。
「碧生さん、香夜ちゃん。知ってる?
設定で通知をオンにしてたら、配信が始まったっていう通知がスマホにくるんだよ。あなたたちが依頼に来た時は、配信が継続されていた。
だからおかしいと思って、準備中に配信を見てみた。そうしたら、うちの事務所の部屋が写ってて。その時、わかった。あなたたちの思惑が」
詩夕はソファの背もたれに身を乗せて、両手を広げた。天井を見上げる。
「胸ポケットにスマホを仕込んで、カメラにわたしたちの姿を映るようにしたんだよね?そうしたらバレないと思ったんだ。……カメラの映像を見せたがらなかったのも、配信中だったから」
チッ、と舌打ちを吐き捨てる。
「配信画面、ちゃんと映ってたよ。わたしたちの事務所も、碧生さんが転んだところも、香夜ちゃんが怒ったところも、ぜーんぶね。見られてまずいものなんか一個も写ってない、けど同意もなしに撮影するのは普通に犯罪だよね」
碧生が「なんで事務所を盗撮なんて……」と目を細めて夫婦を見つめた。
優斗が、今にも消えそうな声で言った。
「……ごめんなさい」
意外にもあっさりと、謝罪の言葉が出てきた。普通なら「証拠は?」などと口論するのだろうか、
言い訳を語る前に決定的な証拠がバラされてしまっていては、言い訳なんて罪を重ねるだけか。
「なにが?」
詩夕は、突き放すように、冷たく笑う。
「盗撮?それは普通にダメ。でも、事務所の宣伝になるなら、わたしはそこまで怒らない。
ま、碧生さんと香夜ちゃんは怒ってるだろうけど……特に香夜ちゃん」
白夜をソファの上に移動させると、詩夕は突然、立ち上がった。
「わたしが怒ってるのは」
優奈と優斗、それぞれの顔を見比べて、人差し指を突き出した。
「白夜ちゃんをわざと、炎天下の中に放置したことだよ——っ!」
激昂——と言える詩夕の荒げた声。いつもの猫のような緩い雰囲気はどこにもない。獲物を逃がさない肉食獣のような目だった。
夫婦は詩夕から顔を逸らす。現実から逃げようとしているように。
碧生と香夜は、ここまで本気で感情をむき出しにする姿を久しぶりに見たので、若干、身体に力が入った。
肺に空気を溜め込むと、詩夕は続けた。
「すごーく気になってたんだよね、なんでYouTuberがわたしらを盗撮したんだろって。こんな小さな探偵事務所だし。 ……考えて出た結論は一つ」
指をぱちん、と鳴らす。
ゆっくりと夫婦の周りを歩く。
コツ、コツ、と靴音だけが静かな事務所に響いた。
「”YouTubeの再生数”を狙ったんでしょ」
優斗は観念したのか、詩夕の推理にため息を漏らした。
すべて詩夕の言う通りだったようで、優奈は舌で唇を濡らす。
香夜が後ろから、質問を飛ばした。久しぶりに口を開く。
「それが、なんでわざと白夜ちゃんを放置したことと繋がるんですか」
「いい質問。ミステリは、そういう疑問がある方が面白いんだよ」
立ち止まると、数段、表情を暗くした。
「再生数を稼ぐには、やっぱ多少はショッキングな方がいいんだよ。可愛い猫の日常より、”猫が行方不明になった”方が注目を浴びやすい」
でしょ?と下手なウインクを披露する。
「ここからはわたしの妄想だけど、最近のあなたたちのチャンネルは、再生数がどんどん落ちてた。動画内でも『再生数減った』って言ってたくらいだし」
「それだけで白夜を放置したって言えるんですか」
優奈が負けじと反抗する。詩夕はそんな優奈を見て腕を組んだ。
「まさか。ほかにもあるよ。あなたたちはあの時、”昨日、白夜がいなくなった”って言っていたけど、本当にそうだとしても違和感が残る」
顎に手を当て、わざとらしく唸る。
「き、れ、い、すぎない?」
「綺麗」をわざと区切って言う。この状況をなんとか明るくしようとしている。
「昨日から外にいたなら、発見時に汚れだらけになっててもおかしくない。床下の蜘蛛の巣が毛に絡んでても不思議じゃない。でも白夜ちゃんは違った」
今度はデスクに座り、足をぶらぶら。詩夕は定期的に歩いたり座ったりして動いていないと、まともに推理を披露できない。
「一切、汚れてなかったよ。おまけに抱き上げたとき、シャンプーの匂いがした」
「何が言いたいんです」
優奈がこれまでのオドオドした雰囲気を全部消し去ったような、空虚な眼差しを詩夕に浴びせた。
詩夕はその睨みに眉ひとつ動かさず、冷静な態度を保つ。
「そうだね、つまり言いたいのはね」
ヒョイっと飛び降りる。
「白夜ちゃんは脱走したんじゃなくて、あなたたちの手によって、事務所にやってくる”二時間前”に放置された」
「へぇ」
優斗が横から、優奈の肩に手を添えるが、彼女は「もういい」と突き放した。
「さすが、猫好きの探偵に出会ったのが運のつきでした」
「認めたね。白夜ちゃんを道具にしたこと」
「あなたはそんなに、猫が好きなんですね」
「同族ってのもあるけどね、あなたはどう?」
「好きですよ、もちろん」
詩夕は鼻で笑った。
「好きな子を、炎天下の床下に置いてくるんだ」
その言葉に、特に否定の言葉が返ってくることはなかった。
「どうして二時間前ってわかったんです?」
優奈の質問に、詩夕は大袈裟に肩を竦めた。
「配信が始まったのが二時間ほど前ってのもあるけど…… あの猫集団に聞いたんだ。
白夜ちゃんが発見された建物に、車が止まってたっていう情報を。詳しく聞いたら、その車から優奈さんがゲージを持って降りてくる姿を見てたらしいのよ。二時間前に、ね」
「猫って……そんなデタラメな」
「デタラメかどうか、試してみる?」
詩夕は首を傾げて笑う。
「車のナンバー言ってあげよっか?この事務所に駐車場ないから、わたしはあなたたちの車は一切、見てないけど。猫に聞いたからナンバーわかるんだよね。聞く?」
夫婦の返事を待たずに、詩夕は車のナンバーを口にした。その声は自信に満ち溢れていて、誰も逃がしてくれなかった。
ナンバーを言い終えた瞬間、夫婦の表情が凍りついた。
否定はなかった。 それだけで十分だった。
「……すごいですね、本当に。胸ポケットから動機まで、全部見抜いて」
「かっこいいっしょ」
優奈は片手で顔を覆い、深くため息をついた。
「白夜が小さな頃は、もっと注目されてたんです。なのに最近は、視聴者がどんどん離れていって、だから……」
「だから白夜ちゃんを行方不明にして、最後は感動の再会。そういう筋書きを作って注目を集めようとした」
「そうです」絞り出すような声だった。
「今回、白夜ちゃんの身に何もなかったからいいけど、もし事故にあってたらどうするつもりだったの?この暑い時期に放置したら、熱中症のリスクだって高まる……それでもネット上での注目を集めたかった?」
「はい……」迷いのない返事。
詩夕はソファに座って、再び夫婦と向き合った。
視線を逸らしたままの二人に、珍しく頭を抱える。
隣で煮干しを食べ終えた白夜は、うとうとし始めている。
「バズるって言葉あるけどさぁ、一体それになんの意味があるわけ?猫ってね、再生数を稼ぐための道具じゃないよ」
詩夕は自分の横でうとうとする白夜をそっと撫でた。
「家族なんでしょ? だったら、もっと大事にしてあげてよ」
冷たい正論に、夫婦はゆっくり立ち上がった。
そして、隣で浅い眠りに入り始めた白夜を、見つめる。
優斗がそろりと近づき、触れると、勢いよく身体を震わせた。
そして、見開かれた目が優斗を捉えると、「にゃあ」と怒るように鳴いた。
「……ごめん」
「んにゃあ」
「……ごめん。怖かったよね」
優奈も横から寄っていき、震える手で頭を撫でた。
白夜は一度だけ優奈を見上げ、小さく「にゃあ」と鳴く。
それが許したという意味なのか、それとも甘えたいだけなのか。
誰にも分からなかった。
優斗と優奈は、白夜を抱きしめ、何度も「ごめんね」と繰り返した。
白夜は不思議そうに二人を見上げ、ときおり小さく「にゃあ」と鳴く。
その声を聞くたび、二人の涙は止まらなかった。
やがて涙が落ち着くと、優奈は白夜をそっと抱き直した。
そして、今度は詩夕たちへ向き直る。
「……探偵のみなさん、本当に申し訳ありませんでした」と優斗。
「勝手に撮影をして、嘘までついて、皆さんを巻き込んでしまいました」と優奈。
優奈は顔を俯かせ、優斗は深く頭を下げる。
詩夕はそんな彼を見上げた。すぐに顔を上げず、詩夕が何か言うまで顔を上げないようだ。
詩夕は、ため息を吐く。
「盗撮した配信は削除」
詩夕は人差し指を立てて、続ける。
「謝罪動画もちゃんと出して」
夫婦は揃って顔を上げると、「もちろんです」と言った。
その顔に、詩夕は微笑む。
肩を落とし、「うんうん」と満足顔。
その顔のまま、三本目の指を立てた。
「最後の条件」
夫婦の視線が、指に集中する。白夜はのんきにあくびをする。
「白夜ちゃんの写真でも動画でもいいから、一週間に一回、送って」
「え……?」
夫婦は揃って目を丸めた。白夜までもが、じっと詩夕と瞳を重ねる。
「えっ……元気かどうか確認するだけだよ?」
驚いている理由が、いまいち分かっていなさそうな詩夕の顔が笑いを誘い、碧生が密かにふふっと笑う。
「それしてくれたら、まぁ……だいたい許す!」
親指を突き立てて、八重歯をチラつかせる詩夕とは真逆で、香夜は眉をしかめた。
「なんですか、だいたいって」
碧生も同調する。
「百パーじゃないんだな……」
その突っ込みに、詩夕は振り返って、ケロっと笑った。
「だって、この事務所の代表は碧生さんでしょ?香夜ちゃんもいるし……二人が許してなかったら百パーじゃないにゃ」
碧生は苦笑しながら肩をすくめた。
「そうだね」
詩夕の笑みに、いっそう口元を緩めた後、夫婦に向き直った。
「……僕も、簡単には許しません。でも」
一瞬、白夜に目を移す。
「白夜ちゃんを本当に幸せにしてあげてください。 それが一番の償いですよ」
香夜も、後ろで頷く。
夫婦の目から、止まったはずの涙が溢れてくる。鼻をすすり、涙を拭うが、またすぐにたくさん零れる。
優奈の涙が、白夜の毛並みに着地する。
涙で濡れてまともに話せない状態の夫婦は、それでも無理やり笑顔を作り出した。
「ほんと、探偵はすごいですね」
次回。
第二章/一話 「ロベリアは突然やってくる」
コメント
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展開が読めなくて、最後に「なるほど」と思いました😆猫と同じ目線の探偵、次の事件も楽しみにしてます😊