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え…え、ぇえ、ぇ(((((おちつけよこのあほ
その日から、
教室で聞こえる言葉が、少しだけ変わった。
直接は言われない。
でも、空気の中に、まだ残っている。
おらふくんは、
「BL」という言葉が、頭から離れなかった。
意味は、聞いた。
でも、ちゃんとは分かっていない。
分からないまま、
分かったふりをするのが、いちばん怖かった。
放課後。
図書室の端。
おらふくんは、一冊の本を引っ張り出す。
辞書じゃない。
誰かの体験が書いてある、薄い本。
ページをめくる指が、止まる。
「……男の人が、男の人を好きになる」
文字を追いながら、
胸が、少しだけざわつく。
嫌じゃない。
でも、しっくりもしない。
「……これが、BL?」
声に出してみると、
言葉だけが、浮いている感じがした。
「……違う」
静かな声。
顔を上げると、
おんりーが、少し離れた席に立っていた。
「……それは、“そう呼ばれることがある”ってだけ」
椅子に座り、
向かいに視線を合わせる。
「……言葉ってさ」
「……使う人の気持ちで、意味が変わる」
一拍。
「……誰かを説明するための言葉が」
「……誰かを傷つけるために使われることもある」
おらふくんは、ゆっくりうなずく。
「……俺」
「……当てはまる?」
正直な質問。
おんりーは、すぐに答えなかった。
「……分からない、でいい」
そう言った。
「……今、決めなくていい」
「……好きとか、名前とか」
「……理解できなくても」
少し、笑う。
「……一緒にいて、落ち着くなら」
「……それは、それで本物」
おらふくんの肩から、力が抜けた。
「……じゃあ」
「……知らなくても、いい?」
「……いい」
即答。
次の日。
保健室。
掲示板に貼られた、小さなポスター。
「多様な考え方について」
おらふくんは、立ち止まる。
“人それぞれ”
“決めつけない”
その言葉が、
どこか、救いみたいに見えた。
――知らなくていい。
――でも、否定しなくていい。
それなら、できる気がした。
昼休み。
おんりーと並んで、弁当を食べる。
「……ねえ」
「……もしさ」
少し、迷ってから。
「……俺が、そうだったら」
言葉を選ぶ。
「……男の人を好きだったら」
おんりーは、箸を置いて答えた。
「……それでも、変わらない」
「……“そういう人”って情報が増えるだけ」
「……お前は、お前」
その言葉は、
説明じゃなくて、事実みたいだった。
おらふくんは、少し笑った。
「……じゃあ」
「……今は」
「……名前、つけなくていいね」
「……うん」
放課後の帰り道。
影が、二つ並ぶ。
「……悲しさがなくなるまで」
おらふくんが、ぽつりと言う。
「……知らないこと、
まだいっぱいあるけど」
「……急がなくていい」
おんりーが、そう返す。
「……忘れるんじゃなくて」
「……上書きしていけばいい」
今日のこと。
一緒に歩いたこと。
安心したこと。
少しずつ。
言葉を知ることは、
自分を決めることじゃなかった。
選べるようになることだった。
そして、おらふくんは、
まだ選ばないことを、選んだ。
それは、
ちゃんと前に進んでいる証だった。
夕方の校舎。
窓に映る空が、少しずつ色を失っていく。
おらふくんは、机に頬杖をついて、その変化をぼんやり見ていた。
最近、頭の中に残る言葉がある。
――幸せ。
誰かが言ったわけじゃない。
自分の中で、勝手に浮かんできた。
「……幸せってさ」
ぽつり。
準備室には、二人しかいない。
おんりーは、すぐに返事をしなかった。
「……急にどうした」
「……なんとなく」
おらふくんは、正直に言う。
「……前は、考えたことなかった」
「……考える余裕、なかったから」
過去を、あえて詳しくは言わない。
でも、その一言で、十分伝わる。
「……最近は」
おらふくんは、指先を見つめながら続ける。
「……悲しいのは、まだある」
「……怖いのも、消えてない」
一拍。
「……でも」
言葉を探す。
「……全部が、真っ暗じゃない」
それは、驚きだった。
「……それでさ」
少し、困ったように笑う。
「……これって、幸せなのかな、って」
おんりーは、しばらく考えてから言った。
「……俺」
「……幸せって」
一拍。
「……“安心が続くこと”だと思ってる」
おらふくんが、顔を上げる。
「……大きいことじゃなくて」
「……今日、無事に終わったとか」
「……明日も、たぶん来るな、って思えるとか」
静かな声。
「……それが続くなら」
「……十分、幸せの途中だろ」
途中。
その言葉が、胸に残る。
「……途中」
「……うん」
おんりーは、うなずく。
「……完成しなくていい」
「……完成させようとすると、しんどい」
その通りだと思った。
おらふくんは、息を吐く。
「……俺さ」
「……幸せになりたい、って」
「……思っていいのかな」
小さな声。
過去が、そう思うことを、許してこなかった。
おんりーは、迷わず言った。
「……いいに決まってる」
「……条件、いらない」
「……許可も、いらない」
少しだけ、強い声。
「……お前は」
「……考え始めた時点で、もう進んでる」
帰り道。
校門を出ると、夜の匂いがした。
「……幸せって」
おらふくんは、歩きながら考える。
「……笑うこと?」
「……楽しいこと?」
おんりーは、肩をすくめる。
「……それも、ある」
「……でも」
「……笑えない日があっても」
「……終わりじゃないって思えるなら」
「……それも、幸せの中だと思う」
おらふくんは、足を止めた。
「……じゃあ」
「……今の俺は」
少し、間。
「……不幸、じゃない?」
おんりーは、はっきり言う。
「……うん」
「……少なくとも」
「……独りじゃない」
その一言で、胸が、じんとした。
家に向かう道。
街灯が、一つずつ灯る。
おらふくんは、心の中で、そっと言う。
――悲しさが、なくなるまで。
――なくならなくても。
――薄くなっていけば、それでいい。
幸せは、
まだ形になっていない。
でも。
考え始めたこと自体が、
もう前向きな変化だった。
それから、先生が動いてから、
いじめは「見える形」では減った。
”見える形”では…
殴られない。
直接は言われない。
その代わり――
空気が変わった。
挨拶が、返ってこない。
近づくと、話題が途切れる。
机の周りだけ、妙に静かになる。
それを、
おらふくんは「自分のせい」だと思っていた。
でも、実は。
廊下の角。
「お前さ」
低い声。
「正義ぶってんの、うざいんだけど」
おんりーは、立ち止まらない。
「守ってるつもり?」
笑い声。
「お前のせいで、こっちが目つけられてんだよ」
肩を、強くぶつけられる。
でも、おんりーは振り返らなかった。
――見せるな。
――おらふに、見せるな。
それだけが、頭にあった。
別の日。
体育館裏。
「調子乗るなよ」
背中を押される。
転びはしない。
でも、息が詰まる。
「言っとくけどさ」
耳元で。
「次、何か言ったら」
一拍。
「お前が悪者になるからな」
脅し。
おんりーは、歯を食いしばった。
――俺が、黙ればいい。
――俺が、受ければいい。
おらふくんが、
“また守られる側”に戻るくらいなら。
最近、おらふくんは気づいていた。
「……おんりー」
昼休み。
「……元気、ない?」
「……ある」
即答。
早すぎるくらい。
「……ちょっと眠いだけ」
嘘じゃない。
でも、本当でもない。
おらふくんは、それ以上、聞けなかった。
――信じるって、
――問い詰めないことでもある。
そう思ってしまった。
放課後。
準備室。
おんりーは、机に手をついた。
視界が、ぐらりと揺れる。
――やばい。
そう思った瞬間。
力が、抜けた。
椅子が倒れる音。
床に、膝をつく。
誰も、いない。
「……っ」
息が、浅い。
胸が、苦しい。
――大丈夫。
――まだ、倒れるな。
でも、身体は、言うことを聞かなかった。
そのまま、
床に、崩れた。
少しして。
ドアが、開く音。
「……おんりー?」
おらふくんだった。
忘れ物を取りに戻っただけ。
それだけの、偶然。
でも。
床に倒れている姿を見た瞬間、
世界が、止まった。
「……なに、して……」
駆け寄る。
「……ねえ、しっかりして」
肩に触れると、
おんりーは、ゆっくり目を開けた。
「……あ」
その声が、弱すぎて。
おらふくんの胸が、締めつけられる。
「……隠してた」
おんりーは、天井を見ながら、呟いた。
「……ごめん」
「……知られたくなかった」
保健室。
ベッドの横。
おらふくんは、黙って座っていた。
先生は、少し離れたところで、書類を書いている。
「……なんで」
声が、震える。
「……なんで、言ってくれなかった」
おんりーは、目を閉じたまま答える。
「……言ったら」
一拍。
「……お前が、また我慢するだろ」
「……俺のせいで、って」
それは、正解だった。
だからこそ、
おらふくんは、何も言えなくなる。
「……俺さ」
おんりーが、続ける。
「……強くない」
初めて、はっきり言った。
「……守るって言ったけど」
「……正直、怖かった」
声が、かすれる。
「……でも」
「……お前が傷つくの、見る方が」
一拍。
「……もっと、無理だった」
沈黙。
でも、逃げ場じゃない沈黙。
おらふくんは、ベッドの縁を握りしめた。
「……俺」
「……知らないうちに」
「……一人にしてた」
初めて、自分の弱さを言葉にする。
「……守られてるって」
「……安心してた」
「……ごめん」
おんりーは、ゆっくり首を振る。
「……謝らなくていい」
「……でも」
目を開けて、見る。
「……次は」
「……一緒に、考えよう」
夕方。
保健室の窓から、夕日が差し込む。
二人の影が、床に並ぶ。
守る側。
守られる側。
その境界が、
少しだけ、溶けた。
おんりーは、心の中で思う。
――弱さを見せるのは、
――負けじゃない。
おらふくんは、隣で思う。
――幸せって、
――一人で耐えないことかもしれない。
その日は、やけに静かだった。
おんりーが、昼休みになっても戻ってこない。
連絡もない。
準備室にも、図書室にもいない。
おらふくんの胸に、
嫌な予感が沈んでいく。
――倒れたあと。
――弱さを見せたあと。
「……一人に、しちゃだめだった」
立ち上がる。
考える前に、体が動いた。
校舎の裏。
使われていない通路。
人の気配が、ない。
遠くで、声がした。
「お前さ」
低くて、冷たい声。
「守ってるつもりなんだろ?」
おらふくんは、物陰に身を隠す。
見えた。
おんりーが、壁際に立たされている。
「言っとくけど」
相手が、笑う。
「次に先生に言ったら」
一拍。
「“あいつが原因”って話、
全部そっちにいくから」
おんりーは、何も言わない。
「どうなっても、いいのか?」
その言葉が、落ちた瞬間。
――だめだ。
鈍い音。
殴るほどじゃない。
でも、逃げ場のない力。
おんりーの身体が、よろける。
その瞬間、
おらふくんの視界が、真っ白になった。
「……やめろ!!」
声が、裏返った。
隠れていられなかった。
走る。
足が、もつれる。
「離れろ!!」
相手が、振り返る。
「は?」
「……俺に、言えよ」
息が、切れる。
「……おんりーに、触るな」
震えてる。
でも、止まらない。
「何だよ、ヒーロー気取り?」
一歩、近づかれる。
怖い。
逃げたい。
でも。
後ろで、
おんりーが息を整える音がした。
それだけで、
足が、地面に縫い止められる。
「……俺は」
声が、震える。
「……どうなってもいい」
一拍。
「……でも」
目を上げる。
「……この人を、巻き込むな」
そのとき。
「何してる」
先生の声。
廊下の向こうから、足音。
空気が、一気に変わる。
「……ちっ」
舌打ち。
相手は、何も言わず、離れていった。
逃げる背中。
残された二人。
おらふくんは、
その場にへたり込んだ。
手が、震えている。
「……おらふ」
おんりーが、名前を呼ぶ。
「……なんで、来た」
責める声じゃない。
心配の声。
おらふくんは、顔を上げる。
「……一人に、しないって」
息を吸う。
「……約束、だったから」
少しの沈黙。
おんりーは、ゆっくりしゃがむ。
「……怖かっただろ」
「……怖かった」
正直に答える。
「……でも」
一拍。
「……守られるだけは、もう嫌だった」
おんりーの目が、揺れる。
「……無茶だ」
「……でも」
おらふくんは、続けた。
「……一緒なら、できる」
先生が来る。
事情を説明する声が、遠くに聞こえる。
でも、二人は、並んで立っていた。
守る側と、守られる側じゃない。
同じ場所に立っていた。
おんりーは、静かに言う。
「……ありがとう」
おらふくんは、首を振る。
「……これからは」
一拍。
「……一人で、やらない」
その言葉は、
弱さじゃなかった。
選択だった。
ここまで書きたかったからかいた((( 主←ばか