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Side 樹
教室の窓の外は曇り。雨が降りそうだなと朝から思っているが、なかなか降り出さない。
今の授業は国語。好きなほうではあるけど、なんだか集中できない。ボーッと黒板に書かれた整った文字を眺める。
空模様に合わせて、胸にも暗雲が立ち込めてきた。そっと鞄の中のピルケースを探る。
が、痛み止めは空だった。そういえば、病院に行くのは明日だ。もう薬を全部飲んでしまったから、今日は我慢しないといけない。
憂鬱だな、と思っているとだんだん痛みが強くなってくる。
手をぐっと握ると、教科書のページがくしゃりと音を立てて折れた。
「大丈夫?」
その声に顔を上げると、前の席の女子が振り返って眉をひそめている。
「ああ、うん」
大丈夫なわけないだろ、というつぶやきは心にしまう。
そのとき、ふと左隣の席を思い出して見やった。
今日も誰もいない席。でもあそこにならいるかもしれない。
あのときから、自分と同じかもという淡い期待、いやほのかな確信があった。
俺は立ち上がり、教壇まで歩いていく。その距離でも足が重い。
「先生…ちょっと保健室行ってきます」
またか、と露骨に嫌そうな顔をされる。
「仮病じゃないだろうな?」
うつむき気味でうなずく。そんな疑いをかけられる暇があったら、早く横になりたい。
もっとも俺の病気を知っていないんだから仕方ないんだ。
行ってこい、と短く告げられて教室を出る。
保健室までの道のりが、すごく長く思えた。
「いらっしゃい、田中くん」
まるでお店の常連客みたいに養護教諭は出迎える。
「あの…京本は来てますか?」
突然そんなことを訊かれて、驚いた様子だ。そして首を振った。
「最近は保健室登校になってるんだけど、今日はまだ」
少し肩を落とす。
「もしかして……一緒かも、って思ってるんでしょ」
ベッドに上がったところで、振り返る。図星だった。
「胸痛の発作が出たとき、田中くんが知らせてくれたもんね。でも似てるけど一緒じゃない。京本くんは生まれつきの心臓病があって、こないだまで入院してたみたい」
だから学校にも来れていなかったんだ、と腑に落ちた。
「またお話してあげて」
はい、と答えた。俺も、同じ境遇の人を見つけられて嬉しかった。
今日は俺と先生以外誰もいないから、カーテンは閉めずに横たわる。
すぐ外の校庭からはどこのクラスだろうか、体育の体操の掛け声が聞こえる。
俺はもうあそこに混じることはないんだろうか。でも京本も一緒ならいいかも、という気持ちが芽生えていた。
バスケ部も、最近は行っていない。2年生の最後に部長に選ばれたけど、春休み中に病気がわかったから辞退した。
高校最後の年に、リーダーとして大会に出て優勝したかったのに。
その夢はあっけなく散った。
「はあ…」
我知らず、ため息がこぼれる。
その日は彼は来なかった。
自分の病気が見つかってからは、クラスの誰もが健康そうに見えて、すごく羨ましかった。何で俺だけが、と思っていた。
でも彼は俺と違って学校にも来れない日があるほど、きっと厳しいんだ。
「頑張らねぇとな…」
自分だけじゃない。そう思えることがどれほど励みになるか、俺は初めて知った。
続く