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95 淡井恵子の番外編5
しかしこのあとも、時折一緒に食事をしたりお茶することはあっても
交際を申し込まれることはなく、時だけが過ぎていった。
そのため、少し先だがクリスマスが控えており、その頃までに進展がなければ
自分の方から休日のデートくらいは誘ってみてもいいのかもしれない、などと恵子は
思案したりした。
そのような想いに囚われていた頃、支店内で業績が伸びているのでと
いうようなことから、慰労会と称してイベントがあった。
まぁ、イベントと言っても食べて飲んで楽しく語るといういつもの親睦を
兼ねた会のようなものである。
このイベントは総務などが飲み物や口に入れるものを手配して社内でわいわい
食べたり飲んだりという形でスタートする。
この日、生憎新井は病欠だったため、このイベントには参加していなかった。
部署単独の飲み会は頻繁にあるが支店全体でというのは、年に数えるほどしかない。
例年なら女子同士でワイワイ話をして終わるところだが、今年は新井と共に
異動してきた若い衆が3名いるので自然独身の女子社員たちと互いに
磁石のように寄せられ、いい感じにすでに一つの大きな塊になっていった。
勿論、恵子もその中の一人だった。
新井を狙いつつも、気になっていたもう一人お目当ての技術監理部に
所属している市川達也がいたからだ。
96 淡井恵子の番外編6
この春の異動で技術監理部へやってきた市川達也と総務部の米本美晴は
仕事上接触することが多いこと、更にはお互いの上司が仲が良かったことで、
ここ半年の間にすでに3回ほどカラオケバーなどに赴き、課員たちは
親睦を深めていた。
市川達也にはすでに交際している女性がいると聞く。
これは酒の上でのノリで自分の上司が市川に『米本はいい子なんだ。付き合ってみれば……』
と勧めた時に聞かされたことだった。
彼は「あーっ、僕に彼女がいなければお付き合いさせてもらいたいところですが、
そういうわけですみません」と上司に向けてこう言った。
そして私への気遣いも忘れず「もう少し早く出会いたかった~」と
言ってくれた。
残念ながら? 彼氏候補から外れてしまったけれど、この時の遣り取りで
私の市川さんへの好感度はupした。
もしも私が市川さんに対して恋心を持っていたとしたら、悔しさが勝り
そんな感想なんて持っていられなかっただろうけれども。
私がいいなって思っているのは新井さんだからね。
そう、淡井さんが狙ってる? 新井さん。
この勝負?
新井さんと同じ課の淡井さんが断然有利なのよね。
時々、二人がいい感じに話してる時に割り込んで二人の距離感を
チェックしてる。
だけどチェック止まりなのよね。
今回の全部署含めてのイベントで新井さんと話せる機会があればいいなぁ~と思ってたのに、
病欠で不参加だなんて。シクシク。
しゃぁ~ないから適当に普段仲良くしてる先輩の女子社員と会話しつつ、
一塊になりつつある独身者たちの言動を見ていた。
へぇ~、結構市川さん人気あるじゃないの。
えっえーっ、あらま、てっきり新井さん狙いかと思ってたら淡井さんが
市川さんを塊から引き剥がして? ロックオンしてる。
『もしもーし、淡井さん、そんな欲張りなことしてたら、両方逃しますよ』
さて、周囲とそつなく人間関係を築いている米本美晴だが、
実は……彼女は淡井恵子があの日関わった事件を直に目にしていた一人だった。
世の中悪いことはできないものである。
そして当時の淡井恵子の立ち位置をも把握していた。
そう、あの日衝撃的なシーンを目撃するまでは美晴にとって恵子は
朝夕会えば挨拶を交わす程度の存在だった。
だが、あの日から恵子の男子社員に対する態度が気になるようになって
しまい……気がつくと、彼女のことを観察している自分に気付き、
苦笑するしかない。
97 淡井恵子の番外編7
◇それは米本美晴のいとこの結婚式でのこと
その日、従姉の結婚式のスタートは16:00からで、早めに現地に到着した美晴と
普段から仲の良い従姉の妹の長居琴子とは、ホテルのラウンジで寛いでいた。
美晴は久しぶりに会った琴子との話に夢中で、騒動が起きるまで
淡井恵子が同じラウンジにいたことに気付いていなかった。
『きゃぁ~っ』という叫び声と共に周りが騒然となり、声のした方に視線を
向け驚いた。
男性が床に崩れ落ちてゆく様を目の当たりにしたのだ。
男性に危害を加えたと思われる女性が次に逃げ遅れた女性に掴みかかり……
正確に言うと頭髪を鷲掴みにして氷のような、それでいて鬼気迫る表情で
語りかけていた。
そこでようやく美晴はその逃げ遅れた女性が同じ職場の先輩の淡井恵子だと
いうことに気付き、更に驚いた。
女性二人に男性が一人。誰が見ても三角関係のもつれにしか見えない。
男性を刺した女性が今度は恵子に対して何がしかの制裁を加えるのではないかと周囲は皆、
固唾を飲んで見守った。
だが、女性が恵子を傷つけることはなく、救急車やパトカーのサイレンが鳴り響く中、
女性はようやく到着した警察官に連行されていき、目の前で繰り広げられた狂気的な宴は
幕を閉じたのである。
「男の人、大丈夫かな」
「琴ちゃん、男の人ね、ナイフ刺さったままだったし、ナイフの大きさも
それほど大きくはなかったから、きっと大丈夫だよ。
なんか、素子ちゃんの結婚式にケチが付いたような気分だけどとにかく
忘れて素子ちゃんの結婚式を目一杯盛り上げて祝福しよう?」
「ふふっ、ありがとう美晴ちゃん。
美晴ちゃんの時にはお姉ちゃんと一緒に盛り上げるからね」
「その時はお願いよー」
琴子にはそう言ったものの、男女間のもつれの一人が社内の見知った人物
だったため、式の間中も美晴は心ここにあらずで過ごした。
そして野次馬根性じゃないけれど、あれから恵子がどうなったのか
気になってしようがない美晴だった。