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「あ、ああ、そうだ、どうですか? ここいら辺の景色は?」
暗くなってしまった車内の空気に、何か思う所でもあったのか、強引に話題を切り替えてきた運転手に、コユキは当たり障り無い返事をする。
「ああ、思っていたより…… お店とか揃っている? わね」
あまり田舎っぽいとか言っちゃいけない気がして、どちらとも取れる言い方をするコユキ、優しい。
因(ちな)みにコユキの故郷、大茶園に立っている人工物の殆(ほとん)どは『防霜(ぼうそう)ファン』お店なんて皆無である。
そんな事を知る由も無い運ちゃんは、我が意を得たりとばかりに言葉を被せてきた。
「でしょう! そうなんですよ! 最近は都会から人の流入が止まらなくてですね、どんどん茨城らしさが無くなって来ちゃってね、喜んで良いのか、はてさて」
「そ、そうなの? で、でも、まだまだ自然一杯にも見えるけど……」
コユキは窓の外の森林とその先に広がったレンコンの沼に目をやりながら戸惑ったように言ったが、運ちゃんは即座に否定した。
「いやいや、ここらも昔は自然一杯だったんですよ! それが今じゃ都心と変わらない景色になっちゃったんですよね~ 悲しいですよ」
「あー、そうなんだ…… カナシイデスネ」
コユキは思った、この運ちゃんが言っているのはどこの都心の話なんだろう、と。
私の観察による予想では、多分キルギスのビシュケク辺りの事ではないだろうかと愚行するが、どうなんだろうね?
そんな楽しい時間も、目的地に辿りついた事で終わりを迎えるのであった。
運ちゃんが少し先を指差しながら口にした、
「お客さん、あそこに架かっているのが『境橋(さかいばし)』、その下を流れているのがご希望された『境川(さかいがわ)』ですよ」
なるほど、フロントガラスの向こうに小さめな橋が見えた。
「オッケイ、コーチマン、プルアップ、プリーズ!」 カチャ!
コユキが満足気に停車を依頼したと同時に、料金のメーターが上がった。
「了解、じゃあ、停めますね」
「……すみません、もう少し、先まで行ってください」
なんとなく、勿体無いと思ってしまったコユキは二百メートル程『境橋』を通り過ぎた所でタクシーを降りた。
お蔭で、炎天下の中、むせ返る様な霞ヶ浦(かすみがうら)の湿度を体中に感じながら、汗塗(まみ)れで足早に戻るハメになったのであった。(自業自得)
引き返してきたコユキは、『境橋』の手前を左に曲がって少しの距離を歩いて来たが、左には永遠に続く様なレンコン沼、右手はこんもりとした土手が続いていた。
突然足を止めたコユキは、取り出したスマホで善悪に到着連絡を入れた。
”我等(われら)は辿りついた、カアナンの地はアブラハムの子等(ら)に約束を果たしたのだ、イエルダンの聖なる川が我々を招くように広がっている”
偽メリーは前回無視されたので、趣向を変えてきている様だ。
少し待つと善悪から返信が届いた。
”ニイタカヤマノボレ マルハチフタマル”
今日は八月二十日…… 攻撃開始の合図であった。
右側に見えていた土手を越えて、葦(あし)の生い茂った河原、いやハッキリ言おう、ジメジメとした藪(やぶ)の中をコユキは進んでいた。
適当な位置でツナギを脱いで神聖なるアライグマの帽子と重ね、一応スマホと財布を間に隠しておいた、運ちゃん曰く大都会らしいからね♪
ここで、一つの難問がコユキを襲う事になったのだ、それは…… えっと、これ、どこに置こう? であった。
見渡す限りヌチョヌチョとした湿地帯そのものの河原には、適当な場所が一切見当たらなかったし、かく言うコユキのスニーカーも元の色が分からない位の土色に染められていた。
土浦…… ああ、そうか、 ……な・る・ほ・ど・ね!
仕方が無いので、コユキは土手の上に見えた、フェンスの上に衣装一式をバランスに気を付けながら設置する事としたのであった。
多分水位かなんかを測定するための施設的な物なんじゃ無いかと思えた。
幸い今日は風も無く、安定していた為、神の加護を信じてフェンスを離れたコユキの前に、分かり易いバケモノっぽいモノが立ち塞がった。
コユキはここまでの経験を活かしてバケモノに問う。
「ふんっ! アンタがアジ・ダハーカ、ね? どう? アタシの言葉が理解出来るのかな?」