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ヴェリーエッターの頭にいるシャービットが、慌てて両腕についている蔓と餅を振り下ろしていた。
「むー、来ちゃイヤなん!」
「絶対そこまで行ってやるのよ。1日説教とお仕置きしてやるのよ」
「イヤなーん!」
いくら大きく、手数があっても、戦闘経験のないシャービットが出来る事は、ただ叩きつけるのみ。
そんな先読みしやすい攻撃は、シーカーとしてグラウレスタの猛獣を相手にしているパフィにとって、とても避けやすいものだった。
(難点は大きさだけなのよ。だけど、前のスラッタルとかノシュワールに比べたら……)
ヴェリーエッターの手前まで来たパフィに向かって、蔓が斜めに振り下ろされ、地面を叩く。しかし蔓が当たった場所には、パフィの姿はない。
「お姉ちゃん!? どこなん!?」
跳ね返った蔓が、頭部のシャービットと同じ高さに来た時、その上に立っているパフィとシャービットの目が合った。
「うげっ」
「こんなの可愛いものなのよおっ!」
パフィが蔓の上を駆けだした。
少し走り難そうなその足の裏には、なんと餅が付いていた。餅の粘着力で、激しく動く蔓の上に、自分の体を固定したのである。さらに粘着量を調整し、空中の蔓の上を落ちないように、ネチョネチョと走っている。
「いやあああ!」
腕に登ってくるパフィを見て、唐突に嫌な虫を幻視してしまったシャービット。いきなり錯乱して、空いている腕の方を振り回し始めた。
すると、腕から伸びている餅は、色々な所に叩きつけられる。
びたーんびたーん
『うわああああ!!』
「家がっ、家があああああ!!」
そんな餅の被害に遭うのは、ご近所様である。大きな球体になったラッチを振り回す為に太めにした事で重量が増し、大きなヴェリーエッターが腕を大きく振る事で、その重量に遠心力まで加わっている。その破壊力は家を破壊し、大きな破片すら表面にくっ付けてしまう。
「やだやだきもちわるいいいん!!」
「はぁっ!?」
涙目で気持ち悪いと言われてしまったパフィは、イラっとしつつも蔓を登り詰め、橙色になった腕へと足を踏み入れた。
ここで精神の限界を迎えたのか、シャービットがヴェリーエッターの腕を使って、パフィを叩き落とそうとした。餅を持った方の腕で、餅を持っている事も忘れて。
「どっかいくうううん!」
「っとお!?」
餅ではなく拳が飛んで来た事に驚いたパフィだったが、慌てずに後ろへ飛んで直撃をやり過ごす。左腕と右腕のメレンゲ同士がぶつかったが、双方橙色の部分なので弾き合っていた。
「………………」
目の前の餅付きの腕を見て一瞬考え、その腕に向かって手を伸ばした。
下ではオスルェンシスが心配そうに見つめている。
「パフィさんは一体何を?」
「分からないの。でも、お説教が必要なシャービットに、パフィは絶対に容赦しないの」
「はぁ……」
パフィが何を狙っているのか、母親であるサンディにも分からない。ただ、パフィならなんとかすると、信じて疑っていない……というより、暴走する妹とそれを止める姉の光景に慣れているともいう。
「あ、ちゃんと何とかしてるの」
「え?」
オスルェンシスが改めて上を見ると、丁度パフィが腕の一部を引き千切り、その塊を投げ捨てたところだった。
「ええっ!?」
「シスさん、アレ受け止めてほしいの」
「は、はい!」
突然の指令である。急いでヴェリーエッターの近くに駆け寄り、何故かふわりと落ちてくるその物体の落下予測地点へとやってきた。しかし、
ぼふわっ
「えっ! ちょおおお!」
町の人が使ったメレンゲを吹き飛ばす魔法の風に、運悪く巻き込まれ、落下してきたものが少し吹き飛んでしまった。
慌ててその物体を追って、立ち位置を変えるオスルェンシス。上ばかり見ていたので、躓いて転んでしまう。
「ぷっ、カッコ悪いの……」
容赦ないサンディからのコメントに顔を赤らめながらも、立ち上がって受け止めようとする……が、さっきと同じ事にならないように、影を伸ばしてあっさりキャッチした。
「はいこれで良いですよねっ!」
声に力が入っている。どうやらちょっとイラついていたようだ。
だが、影からそれを手に取ると、完全に固形化しているにも関わらず、ふわっとした感触に気分が持って行かれ、眉をひそめた。
「……何ですかこれ」
「んー……なるほどなの」
それが何か理解したサンディ。再び上を見上げると、パフィが腕の一部を千切っては投げまくっていた。
「いやあああ怖いん何か腕カジられてるん! 助けてなあああん!」
「これじゃなかなか終わらないのよ。……あ、そうなのよ」
錯乱して助けを求める妹は無視し、淡々と腕を千切っていたが、下にいるサンディを見て何かを思いついたようだ。
「ママ! 泡だて器なのよ!」
「はーいなの」
母娘のやり取りを、オスルェンシスは気の抜ける思いで眺めていた。主に母親の能天気さにだが。
その能天気なサンディは、鼻歌を歌いながら懐…ではなく胸に手を突っ込んでいた。パフィに負けない立派な胸部である。
「あの……」
「あったのあったの。バッチリなの」
「…………えっ」
胸元から取り出したのは、細い金属を組み合わせて取ってを付けた道具。紛れもなく泡だて器である。
「あの、いまどこから……」
明らかに服の中に入る大きさではない事を気にするオスルェンシスだが、マイペースなサンディに質問は届かない。
「これをパフィに届けてほしいの」
「いやその…………はい」
のほほんと泡だて器を手渡され、にっこりと微笑まれ、なぜか頷いてしまった。謎の圧を感じたのだろうか。それとも王族が憧れる人物という事で、なんとなく逆らえない気分になっているのだろうか。
結局、オスルェンシスはちょっと情けない顔で上を向き、目標を定めた。
「では行ってまいります」
「頑張ってなのー」
その背に気の抜ける声援を受け、地面に垂れ下がったままの蔓へと駆け出した。
丁度その時、シャービットが我に返った。
「あ、お姉ちゃん。虫じゃないん?」
「誰が虫なのよ。私を何だと思ってたのよ」
反論しながらも、メレンゲをむしり取る事を止めないパフィ。
「ちょっと何してるん! 腕が減ってるん!」
「さっさと無くしてやるのよ。ほらこれで」
「ああっ、餅が!」
とうとう餅の周りを抉り取り、腕から餅を切り離した。支えを失った餅は、音を立てて地面に落ちる。近くの家を巻き込んで。
悲しみに暮れる人々には気づかず、なおも素手でメレンゲを千切るパフィだったが、ここでオスルェンシスが背後に現れた。
「あ、シスさん。登ってこれたのよ?」
「裏側は影なので簡単ですよ。それよりも預かって参りました」
「ありがとうなのよ。これで解決なのよ」
「何をする気なんお姉ちゃん!」
「そうですよ。何をする気なんですか?」
2人に質問されながら、泡だて器を受け取ったパフィが、ニヤリと笑みを浮かべた。すると、手にまとわりついていた液状のモノが、泡だて器を包み込んでいく。
「ここからは本気でゼラチンを使うのよ。調理器具さえあれば、この程度のメレンゲくらいすぐに完了出来るのよ」
「っ! まさか……やめるんお姉ちゃん!」
シャービットがその狙いに気付いたが、当然オスルェンシスは理解出来ない。調理器具の使用方法の規模がおかしいのは、ラスィーテの特色である。
パフィは固いと分かっている橙色のメレンゲの上を走り、シャービットへと向かって行った。
慌ててヴェリーエッターの腕を振って、パフィを振り落とそうとするシャービットだったが、蔓の影に半分だけ身を沈めたオスルェンシスが、影をメレンゲの表面に這わせ、パフィを掴んでサポートする。
「助かるのよ! このまま胸の部分に行くのよ!」
「了解!」
ヴェリーエッターの胸部までの橋を影で作り、その上を通って一気に胸元へ。腕を振り回しているせいで足場が動くが、オスルェンシスが影を伸縮させ、パフィが落ちにくくなるよう影の動きを押さえている。
「それは駄目なあああん! やめるうううん!」
「ゼラチン混入!」
胸部へたどり着いたパフィが泡だて器をメレンゲに当て、撫でていく。橙色のメレンゲは固いので、泡だて器もすぐには沈まない。しかしそれでもメレンゲである事には変わらないのか、優しく撫でていると徐々に沈み、動かせる範囲が一気に広がっていく。
「全力で混ざるのよっ、【シェイク】! そして【クール】!」
「いやあああああああ!!」
慌てて動こうとするヴェリーエッターの全身が波打ち、シャービットが悲鳴をあげた。その動きはだんだんと鈍くなって、とうとう動かなくなってしまった。
「動かないん、動かないん……そんな……調理完了してしまったん」
ラスィーテ人が支配出来るのは、あくまで調理中の食材のみ。熱量も水分も自由自在だが、調理者が出来上がったと認定してしまえば完了である。そこからさらに操るためには、アレンジ用の食材が手元になければ支配が出来ないのだ。
「さーて、このメレンゲゴーレムは、ただのマシュマロになったのよ。観念するのよ」
「ひっ」
ゼラチンのついた泡だて器で全身をかき回され、さらに冷やされたメレンゲは、巨大な人型のマシュマロとなっていた。その頭部に埋まったままのシャービットは、自力で動く事も出来ない様子。
パフィはシャービットの肩を掴み、ついに捕獲に成功したのだった。
「はぁ……もう何をどうしたら良いんですかね……」
暴れた方法も、それを止めた方法も、オスルェンシスにとっては理解不能なものであった。
何にしても、これでようやく1段落。気がかりなのは何故か上空にいるアリエッタのみ……だったのだが、
「パフィー! 加勢するわ!」
ヴェリーエッターの頭上、さらに上空から、ネフテリアの声が聞こえてきた。
「ん?」
「ネフテリア様?」
「え?」
パフィ達が声のした方向を見上げると、必死の形相で落ちてくるネフテリアがいる。手に魔力を込めて。
「オイシイ所はわたくしが貰ったわ! 【飛魔刃】!」
飛び込んできたその勢いのまま、マシュマロになったヴェリーエッターを斜めに切り裂いた。
「うわっ、パフィさん回収します! 妹さんを掴んでてください!」
「頼むのよ!」
シャービットの制御を失って、なんとか立っていただけのヴェリーエッターの体は、魔力の斬撃による衝撃と、切り裂かれた事によるバランスの崩壊によって、あっさりと倒れた。もちろん近所の家を巻き込んで。
「みんな無事? シャービットちゃん怪我とか無い?」
『………………』
無駄に格好良い登場をした王女に対し、パフィ達は物凄く微妙な顔になってしまうのだった。もしかすると、ネフテリアによる破壊被害が一番大きいかもしれない……という事に気付いて。