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(えっ)
頭の中がフリーズして、目の前で振り返った女子生徒が「わっ」と驚いた顔をして……。
それからぱっと前を向いて走っていって―――。
「ちょ、ちょっとなにっ!?」
ようやく状況を理解した私はバタバタと暴れた。
「あっ、ごめん。……嬉しくて、つい」
「つい、じゃないよ、もう離して!!」
北畑くんの手がゆるむと、急いでその場から飛びのいた。
最悪!
油断してた、最近北畑くんがおとなしいから、ガードが甘かった……!
ドキドキしながら北畑くんを睨むと、北畑くんは「ごめんごめん」と言いながら、私が落としたカバンを手渡す。
おもいっきり睨みながら受け取れば、顔を覗き込んだ北畑くんは「ぷはっ」と声をたてて笑った。
「今度はなにっ?」
勝手に抱きしめておいて、今度は笑うって……もう本当にひどくない?
「いや……まわりが暗くてわかんなかったけど、みどりの顔が真っ赤だったから。
そんな反応してくれると思わなかったからさー」
「そ、そりゃそうでしょ! さっき前歩いていた女の子見た?
こっち見て、「見ちゃった」って顔して、走って逃げてったんだけど……!」
「えっ、そっちー?
なんだー、俺にドキドキしてくれたのかと思ったのに。ざんねーん」
「もうそんなわけないじゃん、いい加減にしてよっ」
そう言って逃げるように歩き出すけど、まだ心臓がドキドキしてる。
あぁ……さっきの子のビックリした顔が頭を離れないよ……。
けど、でも……。
(あれ……?)
さっきの現場を見られなかったら、私はあのままでよかったってこと……?
(いやいや、ないない……!)
説明のつかない気持ちに、心の中でぶんぶん首を振っていると、「待って」と北畑くんの声がした。
「ごめんみどり、みどりのイヤなことはしないって前に言ったのに」
「ほんとだよ……。もう打ち上げもいかない……」
「えっ!? ごめん、ほんとにごめん!
もうしないから打ち上げには行こう?」
「いやでもさ……考えたら別に私じゃなくてもいいじゃん。体育祭の打ち上げなんだから」
さっきの仕返しだとわざとイジワルな言い方をすれば、私の前に回った北畑くんは、「ごめん!」と両手のひらを合わせて、謝るポーズをとった。
「ほんとごめん。もうしないから!勝手に触らない、約束する!」
触らないって……。
嬉しいはずなのに、それはそれでもやもやするのもなんでだろ……。
「はぁ……」
「ごめんってみどり!」
ため息をつく私の前で、北畑くんは必死に謝っている。
……もういいや、いろいろわからなくなってきたし、疲れたからとりあえず家に帰りたい。
「わかった……もういいよ」
「本当!? ごめん、ありがとう!」
「うん、じゃあ帰ろう……」
やりとりに疲れて歩き出すと、北畑くんはほっとした顔でとなりに並んだ。
それから電車に乗り、家までの道を歩いていると、この近くでタンカ切られた北畑くんの妹のことを思い出した。
「……あのさ、明後日の体育祭って、妹さんくるの?」
「え? あ、あー……どうだろ。
土曜日だからむこうは休みだけど、聞いてないな」
「そっか……」
来るなら来るでいいけど、できたら会いたくないな。
この間にらまれたことを思い出し、またため息をつき、私は「じゃあ」と言って玄関のドアをあけた。
「あっ、みどり!」
後ろで声がして振り返ると、「お疲れ!!」と北畑くんの笑顔が見える。
その笑顔があまりにも邪気がなくて、キラキラしていて……。
なにも考えていなさそうに見えるから、ふいをつかれて笑ってしまった。
「うん、お疲れ」
そう言ってドアを閉める。
ほんと、北畑くんは憎めない人だ、
面倒なことばっかり巻き込んでくるのに、なかなか怒れない。
そのうえあんなふうに笑うから、彼のことで疲れていることも、ちょっと悩みかけたことも忘れてしまった。
それから体育祭当日。
天気はあいにくの曇り空で、天気予報だと午後から雨が降るかもしれなかった。
やだな、雨が降らないといいなぁ……。
途中から雨で中止だと、残っている競技が別の日に持ち越しだから、すっごく面倒くさい。
今すぐ大雨でないなら、降らないでと祈りつつ学校に着くと、私の心配なんてなんのその、天気なんて関係ないといわんばかりに、うちのクラスは気合じゅうぶんだった。
どうやら体育系の部活の子たちは先輩から「負けは許さない」と言われてるみたいで、男子の気迫がとくにすごい。
そして始まった体育祭は私の予想以上に白熱していた。
クラスのみんなが本気だと、私まで知らず知らずのうちに声を張り上げて応援してしまう。
「がんばれーっ!」
「わ、みどりそんな声で応援できたんだー!あっ、北畑くんがでてるから?」
「えっ、ちょっと聞こえたなかった。なんて言ったの?」
あさ美がなにか言ったけど、ちょうどまわりの声援がヒートアップしていた時で、聞こえなかった。
「ううん、別に! そのまま応援してて」
「もうーなによー!
よそ見してないで、あさ美もちゃんと応援して!」
なぜかニヤニヤしてるあさ美の背中をたたき、前を向かせる。
午前中のプログラムが半ばになったころ、真後ろを通りかかった先生に「大石!」と呼ばれた。
「大石! ちょうどよかった。
頼む!!ちょっとクラスに戻って仮装の衣装をとってきてくれないか?」
「え? 衣装?」
衣装って、もうじき仮装が始まるから、出る子たちはみんな着替えに言っているんだけど……。
「そう、衣装が先生の机の上にあるんだ。江藤たちが作ってくれた先生の衣装なんだけど、こっちに持ってくるのを忘れてしまって。
先生これから審判にいかなきゃで行けなくて……頼む!」
「えー……。わかりました、先生の机ですね?」
「そう、悪いな。
午前中はずっと審判してるから、終わったらゴール門横にいるな」
「わかりました」
言うだけ言うと、本当に急いでいるらしく、先生はダッシュでグラウンドの真ん中に走っていく。
め、面倒くさい……。
でも先生も仮装してくれるんだってみんな喜んでたのに、先生がジャージ姿のままになったらがっかりされちゃう。
急いで教室へ戻り、先生の机を見れば、そこに真っ黒の衣装があった。
「これだ!」
どんな衣装だろうと広げれば……これってドラキュラ……?