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「わっ、すごーい!」
衣装係の子たちが「先生の衣装はヒミツ」だって教えてくれなかったけど、これすごいクオリティ高い……!
裁縫のできない私はただただ感心してしまうけど、いやいや今はそんな場合じゃない!と慌ててたたみ直し、教室を出ようとした。
でも急いだせいで机の端に足をぶつけて、その拍子に派手にんでしまう。
「いっ、痛ったあ……」
ギッという、机と椅子がへんな方向に動く鈍い音と、私がしりもちをついた音。
そしてその後、「ビリッ」というイヤな音がして、私は「えっ」と声をあげた。
慌てて床を見れば、動いた机の下に衣装がはさまって、ドラキュラの衣装が破れてしまっている。
「えええっ!!ど、どうしよう……!」
急いで衣装を拾い上げると、腕のところが破れて、これじゃあとても着られそうにない。
「う、うそ……」
私は慌ててロッカーから裁縫道具を引っ張り出し、針に糸を通した。
でも私は裁縫が苦手だから手が震えて、なかなかうまくできない。
どうしよう。どうしよう。
仮装の時間もうすぐなのに。
その時、突然ガラッと教室のドアがひらき、ビクッとした瞬間に「みどり!」と名を呼ばれた。
「みどり!こんなとこにいたんだ。なにやってんの!
もうじき俺らの準備係の集合始まる……」
ドアのほうを見れば、息をきらした北畑くんが立っている。
「あ……」
「って、ほんとになにやってんの?
それ……衣装?」
「うん、これをとりに来て、慌てたせいでころんじゃって、破いちゃって……それで……」
言いながらふと涙が出そうになった。
……最悪、私ったらほんとなにやってるの。
「えっ? 転んだ? 大丈夫みどり」
「わ、私は大丈夫。
それよりこれ仮装に先生が着るやつだから、急いで直さなきゃいけないの」
目を合わせないようにプイと顔を背けた時、午前の競技が終わるアナウンスが流れた。
「急がなきゃ。これ着る先生がもう審判が終わってきっと待ってるから。
……北畑くんは先に行ってて。後で行くから」
そう言って修復しようとするけど、焦るせいでうまくできなくて……。
そんな私を見ていた北畑くんは、「ちょっといい?」と衣装を引き受けた。
「えっ」
「俺、こう見えて裁縫得意なんだ。ちょっとやらせて」
北畑くんはむかいのイスに座って、破れた部分を器用に縫っていく。
「えっ……すごい」
「いや、うちじゃ長い間家事は俺の担当だったから、実は裁縫も結構得意でさ。
ダサいからだれにもヒミツにしてたけど、今役に立ってよかったよ」
言っている間に縫い終わった北畑くんは、「はい」と私に衣装を手渡した。
「あ、ありがとう……!
ほんとうにありがとう!」
「よかった、じゃあ急ごう。
これ着る先生はどこにいるって?」
「退場ゲート!」
言って走ろうとすると、北畑くんはぱっと私の手をとった。
「えっ、な、なに?」
「ダメ、さっき急いで転んだんだろ?
急ぐけど走らずに俺と速足ね」
「は、速足?
わ、わかったよ。でも本当に急ぐよ?」
「うん、じゃあ行こう」
北畑くんは私の手を引いて、走る一歩手前くらいの速さで歩く。
それが……なんだか変な感じで、焦っているはずなのに、どこか嬉しくて、心なしかドキドキもしていて……。
つながれた手に意識が集まるけど、「離して!」とは思わない。
グラウンドに着き、本当に手が離れた時は……ほんの少しだけ寂しく思った。
え……。なんだろ、この気持ち。
こんな気持ちになるのはわけがわからないし、自分でもすごく意外だった。
それから先生に衣装を渡し、私は改めて北畑くんにお礼を言った。
「ありがとう、本当に助かった。
北畑くんが来てくれて本当によかったよ」
「うわ……。みどりにそこまで言ってもらえるとマジで嬉しい。
そろそろ俺のこと好きに―――」
「ならない」
「だよね、やっぱね……」
ガクッと肩を落とす北畑くんに、私は呆れたため息をつく。
「当たり前じゃん。
北畑くんこそなんで私と付き合いたいの? 相変わらず謎なんだけど」
「それは―――」
北畑くんが言いよどんだ時、真後ろを通りかかっただれかが北畑くんの背中をたたいた。
「唯くん!」
「あっ……智香ちゃん」
智香ちゃんを見て私は反射的に身構える。
案の定智香ちゃんは私に気づいておもいっきり睨んだ。
「もう!唯くんどこ行ってたの。
お昼休みにはそっち行くって朝伝えたのに」
「ごめん、ちょっと緊急事態でさ」
「緊急事態って……まさかこの人?」
「は?」とばかりの智香ちゃんに「違う」と言えたらよかったけど、今回は本当にそうだから……すごく気まずかった。
私がなにも言えずにいると、智香ちゃんは肯定だとらえたらしい。
さらにギロッと私を睨むと、ぐいっと北畑くんの腕を引いた。
「唯くん行こう。もういいでしょ」
「あ……うん。
じゃあねみどり。あとで」
「うん……」
智香ちゃんに引きずられる形で、北畑くんは人波の中に消えていく。
あぁ、またきっと智香ちゃんに嫌われちゃったよ。
智香ちゃんって本当に北畑くんのことが好きなのかな……。
重たい気持ちになっていると、「緑!」と声がして、見れば仮装を終えたばかりのあさ美だった。
うちのクラスの仮装は「不思議の国のアリス」で、あさ美はアリスの恰好をしていた。
「わっ、あさ美!すごいかわいい!」
「へへー、いいでしょー、緑もやればよかったのに」
「私はいいってば。アリスなんて恰好似合わないし」
「またまたー!絶対に似合うって言ったのに。
ってそうそう! 緑さ、北畑くん知らない?」
「え?」
「田口くんが探してるんだよね。騎馬戦のことで話があるとかで……。知らない?」
「あー……」
北畑くんといえば、さっきプール側に消えていったけど……。
「妹さんとプールのほうに行ったよ」
「えっ、北畑くんの妹ー?
ってか緑、なんでほんとに行方知ってるの。
そう言うってことはさっきまで北畑くんといたのー?」
「えっ……」
しまった、墓穴を掘った!
慌てて「いや……」と言ってみるけど、あさ美は目をキラキラさせてにじり寄ってくる。
「ねーねー、ほんとにさ、ほんとに北畑くんと付き合ってないのー?最近まじでいい感じじゃーん」
「も、もう。そんなわけないじゃん。
ほらあさ美、北畑くんあっちだから探して来て!」
「えー、緑が行ってきてよ。
私田口くんに北畑くん呼んでくるって言ってくるから。じゃなきゃ入れ違いになるもん」
「えっ、えー……」
「「えー」ってまたまたー!
ほんとは探しに行きたいくせにー!」
「なんでそうなるのよ!ぜんぜん行きたくないよ!」
わーわー言いながらも私はあさ美に押され、結局プール側に探しに行くハメになった。
今日はとことんついてない……。
智香ちゃんがいると思うとさらに行きたくないのに……。
仕方なくプール側に行っても、北畑くんたちの姿はない。
しまった、あれからどこかに移動しちゃったんだ……。
慌てて小走りであたりを探すと、体育館のほうから声がする。