テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……奈緒、あんたのせいよ。全部、全部あんたが壊したのよ!!」
里奈の叫びは、もはや人間の言葉というより、獣の咆哮だった。
握りしめられた包丁の先が、激しく震えながら私を指している。
彼女の足元からは、砕けたガラスを無視して歩いたせいで、赤い血の足跡が点々と続いていた。
「……里奈、やめろ!蓮がいるんだ、この子だけは……!」
健一が蓮を背中に隠すようにして後ずさる。
その姿を見て、里奈の目が一層赤く染まった。
「その子を渡しなさいよ、健一!それは私の、私の『切り札』だったのに…あんたたち二人で、私の子供まで奪って、幸せになろうなんて許さない!!」
「幸せ?……ふふ、あははは!」
私は、こみ上げる笑いを抑えきれなかった。
里奈の目には、私と健一が「手を取り合っている」ように見えている。
それが何よりも滑稽だった。
「里奈さん。あなた、何も分かっていないのね。私たちが幸せ? ……見てなさいよ、この男の無様な姿を。彼は今、私の足元でしか息ができない、ただの『死体』なのよ」
私は一歩、里奈の方へ歩み寄った。
包丁の先が私の胸元に触れる。
「殺したいなら、殺せばいいわ。でも、私がいなくなれば、健一さんはどうなるかしら? 彼はね、私という『地獄』が無ければ、自分が何者かも思い出せないほど、中身を空っぽにされたの」
「……黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」
里奈が包丁を振り上げたその瞬間、健一が叫びながら二人の間に割り込んだ。
「……里奈!奈緒を殺すなら、まず俺を殺せ! ……俺が、俺が全部悪かったんだ!お前を誘ったのも、奈緒を裏切ったのも、全部俺だ! だから……!!」
健一の決死の叫び。
それは「愛」によるものではなく
自分を支配し続ける私という「神」を失うことへの、狂信的な恐怖から来るものだった。
その光景を見た里奈の顔から、ふっと表情が消えた。
彼女は、健一の瞳の中に、自分への愛も、憎しみもなく
ただ私への執着しかないことを見て取ったのだ。
「……ああ、そう。あんたも、もう壊れてるのね」
里奈は力なく笑い、包丁を床に落とした。
カラン、という虚しい音が響く。
だが、彼女の手は次に、自分の服のポケットから「あるもの」を取り出した。
ライターと、小さなポリタンク。
「……奈緒。あんたが作ったこの『地獄の城』、私が全部焼いてあげる。あんたも、健一も、私の子供も…みんなで、綺麗な灰になりましょう?」
里奈がガソリンを床にぶちまけ始めた。強い揮発臭が、一瞬でリビングを満たす。
「……っ、逃げろ、奈緒!蓮を連れて!!」
健一が私を突き飛ばし、蓮を抱えて玄関へ走ろうとした。
だが、里奈は冷たく笑い、ライターの火を灯した。
「……さようなら」
炎が、一気に床を這った。
73
#大人ロマンス
#サレ妻