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#大人ロマンス
#サレ妻
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「……あはは! 綺麗、綺麗よ奈緒!全部消えていくわ!!」
狂乱する里奈は、炎に包まれるカーテンの前で踊るように笑っていた。
崩れ落ちる天井の火の粉が彼女の髪を焼いても、彼女は逃げようとはしない。
「……奈緒! 早く、こっちへ!」
健一は泣き叫ぶ蓮を片腕で抱き、もう片方の手を私へと伸ばした。
出口はすぐそこだ。
燃え盛る玄関の隙間から、外の冷たい夜気が一筋だけ差し込んでいる。
私は、崩れ落ちた梁のすぐ横で、一歩も動かずに立ち尽くしていた。
燃え上がるリビング、絶叫する元愛人
そして自分を救おうと必死な無様な夫。
そのすべてが、私の血に流れる「不倫」という呪いの終着駅に見えた。
「……健一さん。あなたは、まだ『外』へ行けると思っているの?」
「何を言ってるんだ! 早くしないと、二人とも死ぬぞ!!」
「いいえ。死ぬのは、私の『ナオミ』という偶像と、あなたの『社会的残骸』よ。……ねえ、健一さん。思い出して。あなたは、私がいなければ、自分が誰かも分からない空っぽの器だって言ったわよね」
私は一歩、炎の壁へと歩み寄った。
「ここで私と一緒に灰になれば、あなたは永遠に、私の『唯一無二の所有物』として完成するの。…外へ出れば、あなたはまた『人殺しの愛人の子供を抱えた、元横領犯のゴミ』に戻るだけ。……どちらが幸せかしら?」
健一の足が、止まった。
蓮の泣き声が、遠くの波音のように聞こえる。
彼の瞳に、猛烈な葛藤が渦巻く。
「自分を救ってくれる女神」としての私と
「自分を地獄へ引きずり込む悪魔」としての私。
その二つが、炎の中で溶け合っていく。
「……俺は…俺は……」
「健一!こっちよ、こっちに来なさいよ!!」
炎の向こうで、里奈が崩れ落ちながら叫ぶ。
健一は、蓮の顔を強く見つめ、次に私の、地獄を慈しむような微笑みを見た。
そして彼は、ゆっくりと私の方へ向かって、火の海の中を一歩踏み出した。
「……そうか、そうだよな、奈緒。……俺には、お前しか、いないんだ……」
健一が差し出した手が、私の手に触れようとした
そのとき
轟音と共に、巨大な梁が私たちの間に崩れ落ちた。
「……っ、健一!!」
炎のカーテンが二人を分断する。
私は、崩落した木材の向こう側で
健一が蓮を抱き抱えたまま、絶望的な目をして私を見つめているのを見た。
「……行きなさい、健一さん」
私は炎の中で、最高に美しい「妻」の顔で笑った。
「……貴方〝たち〟には生き地獄を、歩き続けてもらうわ」
「奈緒──!!!」
健一の絶叫を、爆発音が飲み込んだ。