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#シェイプシフター
柊遊馬
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#戦国時代
眠狂四郎
284
#戦国時代
眠狂四郎
196
#軍師
眠狂四郎
153
グラスの死後、奴隷軍団は解散した。
彼らが弱かったからではない。
むしろ、すでに一個の軍団として十分に戦える兵士たちへ成長していた。
だが――彼らを率いることのできる人間がいなかった。
奴隷として集められた男たち。
出身も違う。
言葉も違う。
戦う理由さえ違った。
そんな彼らを殴り、怒鳴り、笑い、そして一つの軍団へまとめ上げた男。
グラス。
彼以外に、この軍団を動かせる者はいなかったのである。
兵士たちはそれぞれ別の軍団へ編入され、
グラスの奴隷軍団は、その短い歴史を終えた。
だが、戦争は止まらない。
シラクス攻略を終えたマルスが、南ナガグツ戦線へ復帰した。
そして――
ついにカンパが陥落する。
グラン第二の都市。
カンナルの敗北後、グランを裏切り、バルカへ門を開いた都市。
長くグラン市民の憎悪を集め続けてきたカンパが、再びグランの手へ戻った。
これによって、カンパルニア平原におけるバルカの足場は失われた。
バルカは決断する。
カンパルニアを放棄。
全軍を南へ。
だが――
マルスは追った。
ヘルドアの戦い。
バルカが退けば、マルスが進む。
バルカが陣を敷けば、マルスが現れる。
ヌミドルの戦い。
勝敗など、もはや問題ではなかった。
バルカがどこへ行こうと、
そこには必ずマルスがいた。
カルシウムの戦い。
「また、あいつか……。」
敵陣に翻る旗を見ながら、バルカは呟いた。
ファービーとの戦いが盤上の戦いなら、
マルスとの戦いは剣闘士との戦いだった。
距離を取ろうとしても、踏み込んでくる。
かわしても、また斬りかかってくる。
何度叩いても、立ち上がる。
勝っても終わらない。
負ければ、すべてを失う。
バルカは南へ、南へと押し込まれていった。
そして――
マルスがバルカを追い続けている間、
もう一人の男が動いていた。
ファービー。
彼が狙ったのは、バルカではなかった。
南ナガグツ最大の港湾都市。
タレント。
海の向こうから援軍を迎えるための港。
兵糧を運び込む港。
武器を運び込む港。
バルカがグラン本土で戦い続けるために残された、最後の大きな窓口。
そのタレントへ、
ファービーは軍を進めた。
そして――
タレント陥落。
報告を受けたバルカは、何も言わなかった。
カンパを失った。
カンパルニアを失った。
そして今――
海への出口まで失った。
地図の上から、
バルカの居場所が、
一つずつ消えていった。
タレント陥落の報告を聞いても、バルカは表情を変えなかった。
「そうか。」
ただ、それだけだった。
地図の前に立ち、次の手を考え始める。
いつものバルカだった。
少なくとも――そう見せようとしていた。
「南部の諸都市へ使者を送れ。」
「兵糧を集めろ。まだ戦える。」
「マゴ、残存兵力をまとめてくれ。」
「マハル、騎兵の損耗を確認してくれ。」
矢継ぎ早に命令を出す。
誰も口を挟まない。
やがて軍議が終わった。
バルカは一人、地図の前に残った。
マハルとマゴは幕舎を出る。
二人とも、振り返らなかった。
しばらく無言で歩いた。
「マゴ。」
マハルが足を止めた。
「俺が一人でやったことにする。」
マゴも立ち止まる。
「お前は何も知らなかった。」
「……。」
「いいな。」
マゴは答えなかった。
ただ、黙ってうなずいた。
二人が考えていたことは、同じだった。
カンパを奪った男。
南へ下がっても追ってくる男。
ヘルドア。
ヌミドル。
カルシウム。
何度戦っても、何度退けても、
また現れる。
あの男がいる限り、バルカは休むことすらできない。
そして二人は知っていた。
その将軍には、一つの癖がある。
戦いの前には必ず、
自ら現地を見に来る。
大軍を連れてくることはない。
わずかな護衛だけを従え、
地形を見て、
道を見て、
敵陣を見て、
自分の目で戦場を確かめる。
それは、その将軍が何度も勝利を手にしてきた理由の一つだった。
そして――
殺すには、
あまりにも都合のいい習慣だった。
「……凶兆?」
マルスは腕相撲の手を止めた。
向かいに座っていた兵士も、力を入れたまま顔だけを上げる。
軍に従軍している占い師が、いつになく真剣な表情で立っていた。
「はい。」
「明日の外出は、おやめになった方がよろしいかと。」
「なんで?」
「今朝から、どうにも悪い兆しが続いております。」
周囲で見物していた兵たちが笑い出した。
「いやいや、ないって。」
「占い師殿、心配しすぎだ。」
「うちの親分だぞ。」
別の兵士が笑う。
「たぶん殺しても死なねえよ。」
「おい。」
マルスが腕相撲をしたまま言った。
「たぶんってなんだ。」
どっと笑いが起こった。
占い師だけは笑わなかった。
「将軍。」
その声に、マルスもようやく相手を見る。
「明日だけでよいのです。」
「どうか陣を出るのをお控えください。」
「……ふむ。」
マルスは少しだけ考えた。
その隙を逃さず、向かいの兵士が一気に力を込める。
「あ。」
どん、とマルスの手が卓上へ倒された。
一瞬、沈黙。
「お前、今のはずるいだろ!」
「勝ちは勝ちです!」
再び笑いが起こった。
「ったく……。」
マルスは倒された手首を振りながら立ち上がる。
それから占い師へ向き直った。
「でもなあ。」
今度は少しだけ、真面目な顔になった。
「もうすぐバルカにとどめを刺せる。」
笑っていた兵たちが静かになる。
「そうすれば、この長い戦争も終わる。」
マルスは指を折った。
「明日休んだら、一日。」
「明後日も何かあったら、また一日。」
「そうやってる間にも、兵は死ぬ。」
「故郷じゃ、帰ってくるのを待ってる家族がいる。」
占い師は黙って聞いていた。
「だったらオラの一日だけ、大事にするわけにはいかんだろ。」
「しかし――」
「大丈夫、大丈夫。」
いつもの笑顔に戻った。
「ちょっと見てくるだけだ。」
占い師は、それ以上何も言えなかった。
翌朝。
マルスは少数の供だけを連れ、
敵情視察のため陣を出た。
後年――
その占い師は何度も、この日のことを語ったという。
なぜ、もっと強く止めなかったのか。
なぜ、馬の前に立ちはだからなかったのか。
なぜ――
あれほどはっきりと凶兆が現れていたのに、
行かせてしまったのか。
その問いに、
生涯、答えを見つけることはできなかった。
コメント
1件
うわ……第76話、読み終わったよ……。 グラスの奴隷軍団が解散したところから、もう胸が締め付けられた。あれだけまとまってたのに、彼がいなきゃ動かせないって現実が重い……。 そしてマルス、ずっとバルカを追い続けてるの、すごい執念だよね。ファービーがタレントを落としたのもヤバかった。次々にバルカの居場所が消えていく感じ、怖い……。 でも一番グッときたのは、最後の凶兆の話。占い師が止めたのに「ちょっと見てくるだけ」って笑って出て行くマルス……。あの場面、すごく不穏で、読んでるこっちまで息が止まったよ。後年の占い師の後悔も切なすぎる……。 この先、どうなるんだろう……。眠狂四郎さんの作品、やっぱり引き込まれる。続きも静かに待ってるね。