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被験者・鮫島結城の夢の世界を、瀬戸際は見守ることにした。元来瀬戸際は、孤独を好み、他人からの干渉を嫌った。ところが、解離性同一症に苦しむひとりの青年の脳内(こころ)を覗き見て、人格たちとの接見材料を集めようとしている。
度の過ぎた治療という名の干渉に、瀬戸際は寒気を覚え、努めて平静に振る舞いながらも。
「なんだか…風呂場の中に土足で入ってるみたいですね、ここまで可視化されると」
「やけにセンチメンタルだなあ、便所よりマシだろ」
「ま、そうですね」
「人間の心を瞬時で読み解いて、その先を予測して行動する。これが戦争で使われると思うと恐ろしいね」
「相手も同じことをするんじゃないですか?」
瀬戸際の質問に、沢口は眉間に皺を寄せ。
「…答えなんか出るのかしら?」
と、呟いた。
ヒトの見ている夢の可視化は、睡眠中の脳波を観測し、これまでの研究で蓄積された脳活動パターンと照らし合わせて、物体や事象や風景を抽出するものが主とされ、家、クルマ、山、川、といった具合に、極めて大雑把な内容であり、信ぴょう性には乏しかった。
しかし、鹿児島中央医科大学・脳情報及び神経情報研究室のティナ・鮎川室長のグループは、見ている夢の内容を鮮明に可視化できる装置を開発した。
それが、脳情報デコーディング測定器である。
隔離室からの声が、マイクを通じてこの監督室に流れてくる。
三十路を迎えたばかりのティナの声は、年齢の割に凛とした響きがあった。
「鮫島結城の世界よ。夢とは無意識、集合的無意識が、意識の発展と安全の為に、私達にプレゼントしてくれるサプライズ。それって、無意識に至る王道ってことかしら? 意識による検閲? どこかの世界みたいだわ。圧縮、置き換え、象徴化、激化、強調点の移動、同一化、彼が全て教えてくれるのを願うわ。とてもドラスティックな世界よ。明瞭な感覚、意識体験、私達も今、あなたと同じ世界を見ている。不思議を見つめているの」
瀬戸際は苦笑いを浮かべ、沢口に言った。
「まるで講義ですね」
「ああ、ショータイムだな」
沢口は、前のめりになって、顔を引き締めた。
実際、鮫島結城の夢の映像は、SF映画宛らの内容で、断片的であるがストーリー性があった。
アンバーローズ色の世界を、首の無い人間たちがゆらゆらと彷徨い、出来の悪いブリキのロボットが、何処かへ向けてモールス信号を打っている。
上空に浮かんだ、2つの惑星のクレーターと巨大な火山、地平線から宙へ伸びる宇宙エレベーター。
一心不乱に地面に絵を描く、フォックス眼鏡の子供。
ニューヨークの街並みと、ワールドトレードセンターのツインタワー、そして、公園で思い思いに耽る市民たち。
精巧に模写された、パブロピカソのゲルニカ。
瀬戸際は思っていた。
「子供の描いている世界は、9・11前の平穏な日常なのだろう。では、鮫島結城の脳に、なぜこの世界がインプットされてしまったのだろうか? そして、この子供は誰だ? トニーなのか? 聞けるなら尋ねてみたい、君がみている夢なのかどうかを・・・」