可視化モニターの映像は、時折ノイズが入り込むものの、世界は次々に入れ替わっていった。その度に、沢口は声を唸らせ、ふんぞり返って腕組みをし直した。
瀬戸際は、やれやれといった顔をした。
断片的な夢の流れは、更に続いていく。
「ノイズは記憶を繋ぎ止めるための、半ば強引な、のりしろみたいなもの」
と、ティナは言っていた。
その中のひとつ、これまでとは違うクリアな世界に、瀬戸際は見覚えがあった。
横浜スタジアム、横浜中華街、レインボーブリッジ、横浜市営地下鉄と横浜駅、そして池袋駅東口。
其々の景色は躍動感にあふれ、道行く人々は奇妙なことに、全員が笑顔であった。
夢の中の喪失感の伏線。
そう予感した瀬戸際の読みは的中した。
それは、フォックス眼鏡の子供が描いていた、ゲルニカに象徴されるように、怒りであり悲しみであり失望だった。
街頭の巨大スクリーンに映し出されるテロップに、誰ひとり気が付かない日常の風景。
「核を搭載した大陸間弾道ミサイル、米・露・英・印・中より発射・防衛省が確認」
東京都豊島区東池袋。
駅前のカフェの店内。
若いカップルや、年配の夫婦、忙しなく動き回る店員たち。
大きなフルーツポンチをシェアしている女子高生たちの笑顔は、スマホに上げた画像を眺める、見知らぬ誰かに向けられていた。
窓越しから見える、スクリーンのテロップ。
「緊急避難!早く逃げて!頑丈な建物、地下鉄へ避難!緊急避難!早く逃げて!頑丈な建物、地下鉄へ避難!身を守る行動を!」
池袋駅東口改札。
ベビーカーを押しながら歩く若い女性と、外国人観光客らが信号待ちをしている。
家電量販店はいつも通り賑わい、ドーナツショップには行列が出来ていた。
信号機が青に変わる。
街中の全ての人間が、怪訝な顔でスマホを眺める。
足を止める人、平気な顔をしている人、不安そうに身を寄せ合う若い女性達、涙目のサラリーマン、
一斉に停車する車。
窓から空を見上げるタクシー運転手。
配送トラックのドライバーは、車を置いて駅へと逃げ込み、多勢がそれに従う。
スクリーンの文字が変わる。
「弾道ミサイル発射情報。弾道ミサイル発射情報。当地域に着弾する恐れがあります。屋内に避難し、テレビ、ラジオはつけて下さい」
閃光と共に、スローモーションで再生されていく光景が広がる。
黄褐色に包まれる街。
砂塵が舞う。
車や街路樹が舞い上がる。
建物は高層階から消えていく。
空に揺れる血の色の太陽に、全てのものが吸い込まれていく。
人々も宙に舞い、紙屑みたいに焼け焦げては消える。
衝撃波の中にある無数の顔。
よじれた顔。砕けた顔。溶けた顔。焦げた顔。裏返った顔。真っ白で何もなくなった顔。しゃれこうべ。唇。瞳。鼻。髪の毛。幾つもの人生の証。
踊り狂う首なし人間。
フォックス眼鏡の子供が、口を開けて何かを叫んでいる。
瀬戸際は確信し。
「やあ、はじめまして、トニー」
と、呟いた。
解離性同一症に苦しむ多くの患者を診てきた瀬戸際自身、これまでの精神療法や催眠療法、そして、効果の得られない薬物療法には限界を感じていた。
特に精神療法は困難で、時には長期間、患者をトラウマ体験の記憶で苦しめたり、複数の人格のとる行動で錯乱させたりと、有効な手立ても打てないまま、人格統合や人格同士の関係性の交渉、若しくは、人格間で協調性を持たせ主人格と共存するーの選択をしなければならない。それは病を克服したことになるのか・・・瀬戸際は不満だった。
そんな中にあって、革命的ともいえる脳情報デコーディング療法は、精神医学界の救世主となり得るのだろうか。
それは未知数である。
脳を理解するのは、宇宙を理解するのと同じだ。
しかし、ティナ・鮎川や、鹿児島中央医科大学の教授らとの関係は、今後、親密にしとかなくてはなるまい。
そう思うと瀬戸際は、自身の先行きも踏まえ、クッと眉を上げて唇を噛んだ。
ティナの声が聞こえた。
「ここからがショータイムよ、果たして神様はサイコロをふるのかしら? それともふらないのかしら?」
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