テラーノベル
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鶴に言いたいことだけ言って、逃げてしまった。私はまた逃げた。悪いことじゃないって不破さんは言ってくれたけど、今の私は罪悪感で満たされている。
私の言葉で鶴がどれだけ傷ついただろう。どれだけ私に怒っただろう。想像しただけで後悔という2文字が私の思考を止めていく。どうしたらいいのかわからず、とにかく歩いて歩いて、歩いた。
「…スマホ、持ってくるの忘れた」
「あるよ。ここに」
聞きなれた声。少し上がった息。すぐに分かった。こういう時、いつもすぐに駆けつける。
「鶴…」
「ったく、お前はどんだけ迷惑かけるんだよ」
今まで聞いた事のない、不機嫌の声。
「中島さんには事情を話してきた。落ち着くまで外にいていいって」
「なんでここがわかったの?」
「俺も、迷った時はいつもここに来る。自然と足が向かうんだよな」
その時、ハッとした。鶴は生まれた時から施設にいて、一人で、親を知らないんだと。
「学校、なんでそんなに行きたくないの?」
「…それは」
「答えたくない?」
「…」
「だから逃げる?」
「だって…!」
「だって、なに?」
「っ…、」
敵わない。言葉が出ない。この人は私の1歩先を言って、言い訳という言葉を封じてしまう。
「俺に言ったよな。過去を知らないくせにって。なら、教えろ」
「は…っ!?」
「教えられなきゃ、わからない」
考えて、なにか言おうとして、違うと思って口を閉じた。
震える唇をこじ開けて、私は喉を開いた。
「私は小学生の時、先生に…襲われた」
鶴は、何も言わなかった。こんな恥ずかしい話をしたのだから、顔はきっと歪んでいるはずだ。見たくないけど、恐る恐る顔を上げた。
鶴は、笑わない。呆れもしない。ただひたすらに、耳を傾ける。
そんな環境が心地よくて、大好きで。
私の心はしだいに落ち着いていった。
「怖かった。苦しかった。恥ずかしかった。気持ち悪かった。触られたくないところを触られて、出したくない声を出して。でも、気がついた時には、私はいつも通り家に帰っていた」
親には心配をかけたくなかった。こんな恥ずかしいこと、言えなかった。だから隠して、耐えて、耐えて、耐えた。
「その後も何度か先生に呼び出されて、同じことをされた。他の女子生徒にもしてたらしくて、4日ほどで逮捕された」
お母さんは私のことを心配してくれた。何もされていないか、と何度も何度も聞いて。でも、私は嘘をついてごまかした。私の怖かった気持ちも、お母さんの心配も。
「中学に上がって、2年生の先輩に告白された。私はまだ恋愛とかわからなかったから断った。でも、それを知った女の子達からいじめられるようになった」
水を被って、人気のないところに呼び出されて、嫌な格好をして、痛い思いをした。
それでも、あの先生にされたことよりはマシだったし、同じ女の子だったから、耐えることができた。
「お母さんには、自転車を漕いでいて川に落ちたとか、転んだって嘘をついた。お父さんも心配して怪我の手当をしてくれたけど、私はそんな2人を騙している気がして心許なかった」
中2の春。私の誕生日を祝うために2人は買い物に行った。私はその時、家で映画を見ていた。夜になっても帰ってこない。スマホで連絡を取ろうと試みたけど、繋がらない。何かあったのかと不安になっていると、病院から電話がかかってきた。
『藤原海良さんでしょうか?落ち着いて聞いてください。今、ご両親が』
事故だった。赤信号を無視した車に運悪くぶつかられた。2人は何も悪くないのに。
「お葬式は親戚が全部やってくれたの。だけど、参列する人は私のことを同情してみる人ばかりで、お母さんたちを悲しむ人は少なかったな」
「だから、始業式で?」
「うん。あの、みんなに見られてる感覚が気持ち悪くて、怖くて」
こんなのは言い訳だ、わかってる。でも、怖かった気持ちは全部本当だから。
「ごめん」
気がついたら、鶴は頭を下げていた。その状況にびっくりして、慌てた。
「な、なんで…鶴は何もしてない…」
「いや、傷つけた。思っていたより話が壮絶で、軽いと思ってたから」
「え、えぇ…?」
まさか軽いと思われていたとは。そのことに驚いて、謝られたことなどどこかへ飛んでいってしまった。
「良祐は、前の父親が最低でさ、お湯ぶっかけられたり暴力振るわれたりしてたんだ。俺、その話を聞いて泣いた」
「泣…っ!?」
「本当だよ。俺って施設に来る人より幸せなんだって気づいた」
鶴だって、つらいはずだ。親の愛も家族も知らないで育ったのだから。
「俺、もっと自分の環境を大事にしないとだな…」
「人の辛いは人それぞれ!」
鶴が、鋭い目をまん丸くさせた。
「どっちの方が…とか、そんなのないよ。ない」
「…そうだな。だから、お前は泣いた方がいい」
「…えっ?」
予想外の言葉に、意味が全然理解できなかった。
「なんで…私は別に」
「なんで嘘をつく?触られて気持ち悪かったのも、虐められて怖かったのも、両親を亡くしたのも、全部本当なのに」
「わたし、は…」
「もう、隠さなくても耐えなくてもいい」
その日、私は泣いた。赤子のように、親にあやしてもらうように、鶴にしがみついて。こんなことをする歳じゃないことはわかっていた。でも、溢れた私の涙の洪水は収まらなかった。
「こわかった…っ、つら“がったよぉ‘’!
あぁ‘’〜っ、ぁ、ああぁぁあ‘’!!」
鶴は静かに私の背中をさすってくれた。何も言わず、泣き止ませようともせず、ただただそばに居てくれた。それが嬉しかった。
一鶴side一
泣き疲れたのか、いつの間にか海良は眠っていた。さっきまで子供のように泣いていたのに、今では静かに寝息をたてている。まだ14歳、それなのに、こんなにつらいことを経験するなんて。
「頑張ったな。海良」
俺は海良を起こさないように背負って、家に帰った。満点の星空の下で、鈴虫の音と共に。
「ただいま」
「おかえり。もう落ち着いたの?」
中島さんが背負われてる海良を見て言った。中島さんはこんな経験を沢山目の当たりにしてきたのだろうか。
「たぶん、大丈夫。また辛くなる時があると思うけど…その時は俺がまた支えればいいから」
「そう。部屋に戻って、お風呂入っちゃいなさい」
「うん。あ、蒸しタオル貰える?海良の顔、拭いてあげたくて」
「わかったわ。すぐに用意する」
部屋に戻ると、絵里が寝ていた。海良をベットに寝かせる時に起きてしまったけど。
「海良ちゃんとなにを話したの?」
「生い立ち」
「生い立ち…?」
全く何を言っているのかわからないようで、しばらくの間困惑していた。
「絵里、海良はすごく頑張ったんだ」
「そんなの、知ってる」
「え?」
「ほら」
海良の引き出しから1冊のノートを手に取った。そこにはびっしりと、殴りつけたような文字が並んでいた。
「つらい気持ちを紙に吐き出してた。こんなの、すぐにバレちゃうのに」
ノートと海良を見比べた。この14歳は、誰よりも耐えて耐えて、耐え抜いた女の子なんだ。
俺も、見習わなくちゃならないな
コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅっとなりました。海良が自分の過去を鶴に打ち明けるシーン、すごく勇気がいっただろうな。それに対して鶴が「もう隠さなくても耐えなくてもいい」って言って、赤ちゃんみたいに泣く海良の背中をただ撫で続けるところが、もう本当に……。泣き声の描写が生々しくて、一緒に泣きそうになりました。14歳でこんなにたくさんのことを背負ってたんだなって思うと切ないけど、鶴の存在が優しい灯りのように感じられて、読後はじんわり温かかったです。続きも読みたい……!
#すれ違い
ruruha
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#一次創作
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