テラーノベル
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翌日、教室に入った瞬間、榊と目が合った。 窓際の一番後ろ。
頬杖をついたまま、こっちを見ている。
それだけなのに、胃が重くなった。
「……おはよ」
俺が小さく言うと、榊は少し遅れて、
「おはよう」
と返した。
それだけ。
なのに周りのざわざわした声が遠く感じる。
俺は視線を逸らして席についた。
左手の親指が少し痛い。
昨日、無意識に爪を立てすぎたらしい。
昼休み。
パンを持って屋上へ向かう途中、後ろから声がした。
「また榊?」
振り返ると、クラスメイトの佐野がいた。
「……何が」
「最近ずっと一緒じゃん」
軽い調子だった。
でも次の言葉で、空気が変わる。
「あいつと関わんない方がいいよ」
「なんで」
「なんか怖くね?」
佐野は苦笑いした。
「去年のこともあるし」
どくん、と心臓が鳴る。
「……去年?」
「え、お前知らない?」
その時、スマホの通知音が鳴った。
LINE。
榊からだった。
『屋上』
短い一言。
それだけなのに、なぜか断れなかった。
「悪い、行くわ」
「……あ、うん」
佐野は何か言いたそうな顔をしていた。
屋上の扉を開ける。
湿った風が吹き込んできた。
フェンスにもたれて、榊が缶コーヒーを飲んでいる。
「遅い」
「お前、最近それしか言わないな」
「だって毎回遅いし」
榊はそう言って缶を投げてよこした。
冷たい。
「……奢り?」
「機嫌いいから」
「こわ」
榊が少し笑う。
そのあと、不意に真顔になった。
「佐野と何話してた?」
「別に」
「嘘」
即答だった。
「お前、嘘つく時まばたき増える」
ぞわっとした。
「……見すぎだろ」
「見てるから分かる」
風が吹く。
フェンスが小さく軋んだ。
「佐野、“去年のこと”って言ってた」
榊は黙った。
「なあ」
俺は続ける。
「去年、何があったんだよ」
数秒の沈黙。
遠くで運動部の声が聞こえる。
榊は缶コーヒーを握ったまま、小さく言った。
「……人が落ちた」
「え」
「この学校から」
背筋が冷える。
「自殺ってこと?」
「みんなそう言ってる」
「お前は違うと思ってんの」
榊は答えなかった。
代わりに、俺の左手を見た。
親指の傷。
「またやってる」
気づけば、俺は傷口を爪でなぞっていた。
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