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ダンジョンの帰り道、コウカの手には捕まえたカーボンスパイダーを閉じ込めた檻が握られていた。
檻には外の光が入らないように布を被せている。
その理由としては、カーボンスパイダーは強い光に弱いことと見ていると私とヒバナが不快になったからである。
檻の中からキシャーキシャーと聞こえてくるのが気持ち悪い。
「それで、何で突撃していったのか説明してくれるよね?」
少し責めるような表情を意識して作り、コウカへと詰問する。
彼女も反省しているのか、伏し目がちにしながら縮こまっているように見える。
「すみませんでした……」
「すみませんじゃないよ。どうして無理な戦いを挑んだのかを聞きたいの」
相手を責めるのは好きじゃない。でも、やらなければならない。
厳しい口調でコウカを責め立てると彼女も観念したのか、ポツポツと理由を語ってくれた。
「あれがマスターを傷付けようとしたから……絶対に倒さないといけないと思って、それで……」
あれは私を守ろうとしてくれた行動らしい。
嬉しくないわけではないが、それとこれとは話が別だ。
「私はヒバナたちが守ってくれたから無事だったよ。だから、コウカが無理をする必要なんて一つもなかったんだ。私を守ろうとしてくれたんだよね、それは本当に嬉しい。でも、もう少し落ち着いて周りを見て、みんなのことだって信じてみようよ」
コウカは誰かに任せるという気持ちが弱いのだと思う。肝心なところでみんなを信じ切れていないようにも感じる。
私を守ってくれるのはコウカだけじゃないから大丈夫だ。
だからコウカもみんなのことを信じてくれれば、あんな暴走のようなことはもう起こらないと思ったのだ。
「わたしは……」
「少しずつでいいから、ね?」
「……はい」
これでこの子もいい方向に変わっていってくれるといいんだけど。
◇
「え? 私が直接、ですか……?」
「はい、依頼主様からのご要望で……是非ともお礼がしたいと……」
冒険者ギルドでカーボンスパイダーが入った檻を渡して中身を確認してもらった。
ずっと鳴いていて気持ちが悪いので、確認する職員の人も嫌そうな顔をしていた。
そして無事に受け渡しが完了して依頼を終わらせようとしたら、職員から自分で依頼主の元まで持っていってほしいと言われてしまったのだ。
「はぁ……わかりました」
別に持っていくくらい多少の手間でしかないので構わない。
またしばらくコウカに檻を持っていてもらわなければならないが、スライムたちにとってこれくらい造作もないことらしいので、悪いがもう少しだけ持っていてもらう。
そうして向かった先は街の外、丘の上にある一軒家だった。
ドアの横に紐が垂らされているので、多分これが呼び鈴だろう。
私は紐を迷わず引く。すると、ドアの奥の方からカランカランという音がした。
そのまま少しだけ待っていると家の中からどたどたと誰かが走ってくる音が響いてくる。
そして間もなく、ドアが開くと同時に変な女性が飛び出してきた。
「待っていたよぉ! 新しいお友達ぃ!」
その女性はコウカの腕から檻を引っ手繰り、一瞬だけ被せた布を捲って中身を確認したかと思うと頬を擦り付け始めた。
……その檻、結構重いはずなのだが。
何かを感じ取ったのか、すごい声で中のカーボンスパイダーが鳴いている。
嬉しそうな女性とは裏腹に私たちの空気は冷めていた、というかどうすればいいのか分からなくて困惑しているのだ。
「あの――」
「ああ、君たちだね。この子を連れてきてくれたのは! もう最高だよ、100点満点! こんなに元気そうな子が来てくれるなんて! これならカーくんのフィアンセかお友達……女の子だから、フィアンセにピッタリだよ!」
もう一度チラッと檻の中を確認して、そのカーボンスパイダーが雌だと確認できたらしい。
どうやら“カーくん”とやらのフィアンセにするつもりだそうだ。ちょっと意味が分からない。
「さあ、上がってよ。対したおもてなしはできないけど、特別にカーくんを紹介してあげよう」
そう言って、女性は私たちを家の中へ招いてくれる。
私たちは顔を見合わせていたが、意を決して家の中に入ることにした。
扉を潜った先では何やら女性が檻を弄っている。
そして檻の入口を開けると中のカーボンスパイダーを抱き上げはじめた。
「おぉ、おぉ……元気だねぇ、スーちゃん。……ああ、その檻は返すね」
――もう名前付けてる。
抱きしめられ、頬ずりされているカーボンスパイダーは激しく暴れていた。
大丈夫かな、服に噛み付いているように見えるのだが。
とりあえず返してもらった檻は《ストレージ》の中に回収し、家の奥へと歩いていく女性を追いかけていく。
「なんか、暗いね」
「ほんとう~、思わず~眠ってしまいそう~……」
ダンゴがこの家の中に疑問を呈して、ノドカが同意する。
この家には明かりがほとんど入っていないようだ。
「それはね、カーくんが驚いてしまわないためだよ。今はスーちゃんもだけどね」
前を歩いていた女性が家の中が暗い理由を語ってくれた。
――そうなると、カーくんの正体も見えてきたなぁ。今から紹介してもらうんだけど……帰りたくなってきた。
私の気分がみるみる下がっているのを感じていると突然、天上から黒いナニカが女性の顔へと降ってきた。
その何かはキシャーと鳴くと、女性の髪の毛に絡みつく。
「あぁ、カーくん! この子が前に話していた、新しい子だよ! 君のフィアンセ、アタシたちの新しい家族さ!」
――やっぱりカーくんもカーボンスパイダーだった。
目の前で1メートルクラスの蜘蛛2体と戯れ始める女性。少しばかりショッキングな光景だ。
「もういや……焼き払いたい」
ヒバナの弱音が聞こえて来る。私も同じ気持ちだった。
そんなことを考えているうちになんだか少しずつこの状況に慣れてきたので、彼女の仕事部屋という場所を案内してもらった。
机の上にあるのは……布だろうか。いや、これは――。
「服飾関係のお仕事ですか?」
「そうだよぉ、カーくんの糸を使った服を売ってるんだ」
「カーボンスパイダーの糸で服を作るんですか!?」
カーボンスパイダーの糸だからと少し忌避感を感じてしまうが、別にそれほどおかしなことでもないだろう。絹みたいなものだ。
それでもショックは、ショックなんだけど。
「まだ全然普及してないけど軽くて丈夫、肌触りも良く、耐熱性も伸縮性だってある! これからはカーボンスパイダー繊維の時代が来るんだよ! あーっはっはっはっはっは! 何よりもこの肌触りだよねぇ!」
すごく楽しそうに笑いながら作っている途中の服に顔を擦り付け始めた女性。
――もう、何でもいいや。
私は投げやりな気持ちでその光景を眺めていた。
そして、時間というのは過ぎるのが早いものであっという間にその家を立ち去る時間となった。
「本当にありがとねぇ。ずっと誰も受けてくれないから困っていたんだ。ギルドから連絡が来たときは小躍りどころか、カーくんと一緒に踊り明かしたほどさ」
本当に仲がいいな、この人とカーくん。
この人とカーくんが一緒に踊っている光景が想像できな――いや、できてしまった。
「あなたがテイマーのスキルを持っていないというのにはビックリしました。テイマーじゃなくてもそんなに仲良くなれるものなんですね」
そう、一番驚いたのはこれで彼女はテイマーではなかったということだ。
それなのに、彼女とカーくんは通じ合っているように見えた。
スーちゃんとはもう少し時間がかかりそうではあるが。
「あっはっは、テイマーというのは仲良くなるための手段の1つにしか過ぎないのさ。相手を想い、相手も想いを返してくれる。それだけで仲良くなれる。家族にだってなれるということさ! 一番大切なもの……それは愛だよっ!」
この人はそれで本当にやってしまえるのがすごいと思う。
私はテイマーのスキルがなければ、ここまでみんなと仲良くなれた気がしない。
彼女と玄関口からカーくんが手を振って見送ってくれた。
――いつかカーボンスパイダー繊維を使った服が世界に溢れるようになるのかもしれないな。
私たちは冒険者ギルドに檻を返し、報酬を受け取るためにその場を後にした。
「……主様、何かあったの?」
「えっ?」
「元気なさそうに見えたからさ」
冒険者ギルドまでの道すがら、ずっとあの女性が言っていたことについて考えていたら、ダンゴに心配そうな声色で声を掛けられた。
どうやら、余程深刻そうな顔をしていたらしい。
「何でも……ないことはないんだけど」
「話せないようなことなの?」
ヒバナにそう尋ねられる。
――果たして、話すべきか。
そうして悩んだ末に思い切って打ち明けてみることにした。
「……私にテイマーのスキルがなかったら、みんなとのこの関係もなかったのかなってずっと考えていたんだ」
私はただ否定してほしかったのかもしれない。そんなことない、そんなものがなくても私たちの関係は変わらないと言ってほしかったのかもしれない。
だが――。
「きっと、今ここにいるわたしたちとは違った関係だったと思います」
そう答えたのはコウカだ。
――正直、ショックだった。
この関係がテイマーのスキルに依存したものだと言われたような気がしたのだ。
「でも、関係が違ったとしてもわたしたちはきっと一緒にいます」
「――えっ?」
「テイマーのスキルがなければ、こうして話すことはできなかったかもしれません。名前だって、もしかするとなかったかもしれない。でもわたしたちが出会った時に抱いた想いも、気持ちもテイマーのスキルに影響されたものなんかじゃなかった」
そうだ。
「さ、差し伸べてくれた手を取ろうって決めたのはあ、あたしの意思だよ」
「ボクだって主様たちといると楽しそうだったから一緒に行きたいって思ったんだ」
そうなんだ。
テイマーのスキルは私たちに明確な繋がりを与えてくれたけど、そのきっかけとなったのは全て私たちの想いだ。
「もしかしたら~、人になれなくて~お互いのこと~まだ~よく知らなかったかも~」
「まぁ、そんな可能性もあったかもって話よね。難しいことを考えたところで、今ここにいるのが私たちなわけだし」
もしも私にテイマーのスキルがなかったら……なんて本当のところはどうだか分からないが、今の関係を作っているものがテイマー由来のものだけではないと分かっただけでも救われた気持ちとなった。
だからもうこんなことに悩む必要はない。ヒバナが言ったように今ある関係を大切にしていくべきなんだ。
――これからも紡いでいく7人の関係を。
どうかこの子たちも私と同じ気持ちでありますように。
◇
翌日、アイゼルファーを売り払った時のお金が用意できたということで冒険者ギルドへと行くとブルーノさんが担当してくれた。
「もう出るのか?」
「はい、この街ばかりにいるわけにもいかないので」
お金を受け取りつつ、今後の予定について話す。
ブルーノさんは「そうか」と頷き、真剣な表情で私に語り掛けてきた。
「今、ここから東にあるオニュクスの街では大きなスタンピードの予兆があるとかで軍隊まで出てくる事態になっているらしい。一時的にこの街をはじめ、他の街に避難しようとしているやつらもいるみたいだ。冒険者にも特別依頼が出そうではあるが、行くんだったら十分に注意してくれよ」
スタンピード……だったら、魔泉に乱れがあるのかもしれない。
話を聞くためにも一度、そのオニュクスの街に行く必要があるだろう。元々東にある首都を目指す予定だったので、何も問題はない。
私たちの力でどうにかできる規模だといいんだけど……まあ、今は考えていても仕方がないか。
「わかりました、ありがとうございます」
「ああ。……そうだ、君が息子たちに採って来てくれたアイゼルファーのおかげで、薬が完成する目途が立ったらしい。何とか、アリーチェの引っ越しに間に合いそうでな」
アリーチェというのは幼馴染の女の子の名前かな。ジョナタとオスカルもそう呼んでいた気がする。
折角採ってきたので、間に合ってくれた方が嬉しい。
「それはよかったです。ジョナタ君とオスカル君にもよろしく伝えておいてください」
「本当はアイツらにも改めて、君たちに礼を言わせたかったんだが……」
「そんなのいいですよ。彼らに幼馴染の女の子との時間を大切にしろと言ったのは私ですから」
ここで下手な対応をすると引き摺ってでも連れてきそうだから、丁重にお断りしておく。
――さて、お金も受け取ったしもう行こうかな。
私はブルーノさんにお礼を言ってから、冒険者ギルドの外にいたコウカと合流して宿屋で待っているみんなの元へと戻った。
「それじゃあ次はボクたち、そのオニュクスって街に行くの?」
「うん。教会とかで話を聞いて、魔素鎮めまでできそうならやろうかなって。本当に魔泉に乱れがあるのかは分かんないけどね」
全員揃った場所で、冒険者ギルドで聞いた話とそれを踏まえた今後の目的まで話した。
全員、特に異論はなさそうだったのでこのままオニュクスの街へと向かうことが決定した。