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第3話「カラスの求愛行動」
ゴミ出しの朝。琴葉は何度目かのため息をついた。
袋の中にまた——光る何かが混じっている。ビー玉、指輪の箱、ヘアピン、銀色のスプーン…。
「またこの人、入れてる…」
最近、毎朝ゴミ袋の中に光る物が紛れている。最初は誰かのいたずらかと思った。けれど続いている。異常に丁寧に、選ばれたように。
その日の帰り道。琴葉の前に、見知らぬ青年が立っていた。
「これ、落とした?」
そう言って差し出されたのは、彼女が中学生のころに落としたブローチ。鳥の羽根の形をした、小さな銀細工。
青年は黒のジャケットに、同色のシャツ。髪は黒くつややかで、目元はどこか冷たいような、でも奥に柔らかさを宿していた。
長い脚で立つ姿は鋭く、でもどこか気配を消している。
「…誰、ですか?」
「となりの公園にいるカラス。擬人化、というやつ。名前はハシボソ。」
「……ハシボソ。あなた、ずっと見てたの?」
彼は小さくうなずく。
「見てた。君は毎日、決まった時間に歌いながら歩く。それが好きだった。だから、光るものを渡した」
「それって……求愛行動?」
「うん。人間にするのは、初めてだけど」
琴葉の胸に、何かが刺さるようにチクリとした。
無言で何かを与え続けた彼は、言葉が苦手なのだろう。感情を形にするために、拾ったものを渡し続けてきた。
「……返すよ、これ」
琴葉は手渡されたブローチを彼の手に戻す。
けれど、その手の中にそっと自分のシュシュを滑り込ませた。
「これは、あげる。今日のお返しに」
カラスの青年は目を見開き、そして目をそらした。
風が吹いて、彼の羽織がわずかに揺れる。
「……それ、ずっと持ってていい?」
「うん。明日は何も入れないで。代わりに、話してよ」
彼の頬がかすかに赤くなったのを見て、琴葉はようやく気づいた。
この恋は、すでに少しずつ始まっていたのだ。
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