この作品はいかがでしたか?
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「……………それって、どういう意味…?」
僕は唖然として聞いた。
スズカを差すなんて不可能じゃないの。
「要するに、ユリノはまだダイヤモンドじゃないが、原石としてのその素材は一級品ってことだ」
じゃあ、僕がとんでもない才能の持ち主ってこと?
「まぁ、早くやるぞー」
トレーナーがそう言うと、みんなゾロゾロとスタートの方に歩いていった。
僕はトレーナーの言ったことがまだ信じられなくて、ぼーっとする。
「ユリノ!早くいこーよー!」
僕を急かす声が聞えて、振り返って歩き出した。
「…………うん。今行く」
「えっと、よろしく。スズカ。お手柔らかにね」
「ええ。よろしくね、ユリノ」
よろしくとお互い言ってスタートの準備をする。
走るのは右回りのちょうど1周。
トレーナーのスタートの声とともに僕達は走り出す。
(…………やっぱり離されるよね。でも、ここは無理について行かなくても…)
コーナーを2回曲がり、いまいるのはスタートと反対側。
分かるだけでも、スズカからは10バ身以上離されていた。
「はっ……はぁっ………」
早くも息が上がってきた。
勝負は3コーナーだ。
(ここから……!)
コーナーを曲がる。僕は自然に加速した。
静かに、悟られないように。
「…………すうっ」
僕はひとつ息を入れた。
4コーナーまであと20メートル。
4コーナーを回り、私はユリノを2バ身離しそのまま直線に入る。
ユリノはどれくらい詰めてくるだろうか。
後ろを振り返ってみる。
────……あれ、ユリノはどこ?
一瞬戸惑ったが、のこり200メートルのところで加速する。
ここから、もっと離して………!
「────ッ…」
「……………!!?」
ユリノの蚊の鳴き声のように小さい声が聞こえた。
嘘、私の真後ろにいたの………!?
(離さなきゃ………!)
そう思い、更に加速した。
さすがにもう、ついて来れるはずない……!
────ゴールを通過した。私が先頭のまま。
「はっ…はぁっ…」
荒くなった息を整える。
みんなの方を見ると、トレーナーさん以外のみんなはキョトンとしていた。
「…………あのスズカさんに、半バ身差…?」
「嘘でしょ、あんなの……!」
そうだ。私が勝ったとしても、
───すぐそこまで、迫って来てたんだ。
「…………怪物」
その言葉が一番しっくりくる。
だって、あの時はユリノの息遣いも、足音さえも聞こえなかった。
「………」
当の本人は空を見ていた。
数週間後。
東京レース場。
僕はスピカのメンバーに打ち解けつつあった。
この日は、みんなと一緒にコールが出るNHKマイルカップを見に来ている。
「とっ、トレーナー。あれ、食べてみたい」
僕は焼きそばと書かれた屋台を指さし、トレーナーに話しかける。
焼きそばっていう名前は聞いたことがあるけど、食べたことはない。みんなお祭りで美味しそうに食べてるから、僕もいつか食べてみたかったんだ。
「おう。いいぞ───」
「────じゃあユリノ、一緒に買いいこー!」
「う、うん。一緒にいこ、テイオー」
テイオーが僕の腕を引っ張った。
テイオーはスズカと並走した時から僕につるんでくる。理由は知らないけど。
「…ねぇテイオー」
「なーにー?」
「テイオーはなんで僕と仲良くしてくれるの?」
僕がそう聞くと、テイオーはうーんと言って、少し悩んだような素振りを見せた。
「特に理由はないけど、強いて言うなら強いからかな?あとはね、ボクら絶対前世兄弟だと思うんだ!運命的な何かを感じるっていうか〜」
「へぇ」
テイオーと運命的な何か?確かに共通点はいっぱいあるけど、前世兄弟っていうのはさすがに盛りすぎじゃない?
あっ、でも僕の方が学年上だし僕がお姉ちゃんかな。それならいいや。
「焼きそば大盛り2つくださーい!」
「えっ、ちょっと」
「はいよ!」
大盛りなんて食べれないよ、と言う暇もなく店員さんは焼きそばを作りはじめた。
あたりにソースのいい匂いが漂った。
「はい!お待ちどうさん!」
「…あ、ありがとうこざいます」
ケースに入りきらないほどパンパンに詰まった焼きそばは今にも溢れそうだった。
でも、すごく美味しそうだ。
「…………!」
「あそこで座って食べよー!」
テイオーは近くのベンチを指さした。
早く食べたい。食べたいな。
「いただきます」
一口分を箸でとって、口に運ぶ。
「─────!」
美味しい。すごい美味しい。
今まで食べた中で一番美味しいかも。
「どう?」
「ういふい(おいしい)」
次々に口に運ぶ。
でも、4分の1食べたところでおなかいっぱいになった。
「……………スペはどこ───」
辺りを見渡した。
……いないな。どうしよ、この量の焼きそば。
「………」
「────あっ、貴女!」
後ろから声が聞こえ振り向いた。
1人の女性が僕に向かって走って来ている。
「知り合い?」
「ううん。誰だろ…」
テイオーも不思議そうな顔をした。
知らない人だ。でも、なんだか怖くはない。
「ねぇ、貴女ってユリノテイオーでしょう?」
「はい」
そう聞いてきたので、素直に頷く。
もしかして、僕のファンの人かな。
生まれて初めてのファンだ。サインかな、握手かな。それとも────
「──ちょっとこっちに来てくれない?」
…………は?
一瞬固まって、少し考えた。
何この白昼堂々の誘拐は。
「大丈夫。ちょっと来てもらうだけだから」
「いや、大丈夫じゃ────ちょっと!?」
焼きそばを持っている反対の手を引っ張られた。
「あなた誰ですか…!離してください…!」
そう言っても、この人は聞こえないかのように無視する。
しばらく引っ張られて、あるところに来た。
────ここは……控え室?
「……どういうことですか………?」
恐る恐る聞いてみる。
この人の胸を見ると、一つのバッチが目に映った。
(トレーナーバッチ?ってことはこの人トレーナーなの……?え、この人が?)
「───コール、連れてきたよ」
中からはーいという声が聞こえた。
コールの声だ。ってことはこの人コールのトレーナー?
「開けるね」
そう言ってこの人はドアを開いた。
中には…やっぱりコールがいる。
「ありがと、トレーナー。でも乱暴に扱わないでね」
「………わかった」
「……??」
少し……いや、かなり戸惑った。
「貴女、コールの友達なんでしょ?コール、すごく緊張してたから、貴女がいれば気が楽になるかなって」
そうか、これはこの人なりの配慮なんだ。
僕はコールの友達だし、いつもそばに居てあげなきゃダメだよね。
「あっ、私の名前は濛白雪。コールドのトレーナー。これから絡むこともあると思うから、よろしくね」
そうとだけ言って、濛トレーナーは控え室から出ていった。
控え室には僕とコールだけが残った。
「大丈夫?左腕掴まれてたけど。かなり強引だっただろうし…」
「うん。大丈夫」
僕はそう言うと、左腕を見た。
めちゃくちゃ跡ついてるな。
「………ごめん。うちのトレーナー、人とかどう扱っていいのかよく分かってなくて…」
「ううん。全然大丈夫。もともと痛みには慣れてるし」
コールの隣の椅子に座る。
コールの表情はなんだか硬いな。
「…緊張してるの?焼きそば食べる?」
「いや、大丈夫」
「えぇ〜…」
焼きそばを机に置いた。食べてくれるなら食べて欲しかったんだけど─────
「───今日、あんまり自信ないんだよね」
コールは元気なさげに言った。
なんでだろ。皐月賞の時は今日はアタシが勝つって自信満々に言ってたのに。
「皐月賞の時、絶対アタシが勝つって思ってた。負ける気がしなかった。………でも、アンタの天才的なレース運び、レース感。それを間近で見て、自分には足りないものが沢山見つかって。あの皐月賞はアンタの戦略勝ちだけど、その才能は底知れない気がして……」
「…………コール…」
「情けないよ。こんなの」
コールは勝負服のスカートをキュッと握って、苦しそうな笑顔で言った。
これからレースなのに、そんな顔じゃほんとに情けないよ。
「……じゃあ、コール」
「何?」
そのまんまコールは僕に聞き出す。
僕だって、人の扱い方はよく分からない。
だけど、僕にできることは───
「──コールが、僕にふさわしいライバルに……親友になれるようなレースをしてきて。お願い」
そう、支えになるようなならないような言葉をかけるだけ。
コールの手元を優しく手で包んだ。兄さんが昔してくれたように。
「………分かった、なら勝つよ。勝ってアンタの──ユリノのライバルになってくるから、見てて」
コールは安心したように笑った。
利き手の左手でコールのいる控え室の扉を閉めた。
安心してレースが見れる。きっとコールは勝つから。
そんなことを考えるも、ドアノブを離せないでいた。
「……………」
なんだか不安だ。嫌な予感がしてたまらない。
すると、横に誰かの気配がした。
「────あれ、ユリノじゃん」
聞き覚えのある声だ。咄嗟に横を見る。
────エドヒガン。僕の容姿端麗なクラスメイト。
「どうしたのー?そんなとこに突っ立って」
笑顔で、でもあらかじめ用意されてた台本を読むみたいに棒読みで。
それに、エドヒガンは異様な威圧感を放っていた。
「もしかして、その部屋の子の友達なの?確かコールドブラデッドだよね?今日はその子1番人気かぁ……」
勝負服の着物を揺らし、こちらにじりじりと近づいてくる。
そして肩に手をぽんと置いた。
「───今日はわたくしが勝つんですの。邪魔をしないでくださいまし…」
ゾワッと背筋が震えた。
お嬢様みたいな喋り方だけど、ゲームのラスボスみたいな威圧感だ。
「まぁ、8番人気だけどねー!」
そう無邪気な笑顔で言って、去ってった。
「……あっ、焼きそば忘れた」
豪勢なファンファーレがなり、ウマ娘たちが続々とゲートに入っていった。
アタシが入っていくのは、1枠1番………。
───ガコン。
後ろが閉まった。
ひとつ深呼吸して、姿勢を低くした。
『──コールが、僕にふさわしいライバルに……親友になれるようなレースをしてきて』
─────分かったよ。ユリノ。
絶対絶対、勝ってくるから。
アタシが────………ッ!!?
ガシャコンッ!!
『スタートしました!おっと、1番人気コールドブラデッド出遅れたか!』
何、今の気持ち悪いの……。
仕方なく後ろに下がる。
皐月賞みたいな大逃げは、さすがに二度は通じないだろうと思っていたし、今日は控えるか。
『さぁ先頭争いは、コールドブラデッド控えたか!今日もおなじみオクシデントフォーが先頭に立ちました』
今日もやっぱりオクシデントか。
皐月賞ではユリノと同じ内をとって沈んでったよな。
『さぁ隊列決まりまして、今日はオクシデントフォー控えました。差は1バ身。1番人気コールドブラデッドは前から5、6番手に位置しています。その後ろ7番手はエドヒガン。コールドブラデッドをマークする形です。さぁこれから第3コーナーへ向かいます15人!』
カーブを曲がる。
バ群が詰まってきた、詰まってきた。
『第4コーナー曲がった!バ群が縮まって来た!』
第4コーナーの中間、明らかにルートが見えた。
大外、直線で一気に追い抜く……!
『おぉっと、大外コールドブラデッド!ものすごい勢いだ!!一方のオクシデントフォーは先頭!粘っているが───』
更に、また更に加速した。
息は途切れない。行ける!
『──コールドブラデッド先頭に立ったあぁ!!』
勝ちは見えた。
このまま、このまま先頭でゴールして、ユリノにふさわしいウマ娘に───………ッ!!?
『だがその後ろ!その後ろはなんとエドヒガン!!エドヒガン迫って来たあぁぁ!!!』
さっきと同じ雰囲気。同じオーラ。同じ威圧感のウマ娘が内で迫って来ている。
───でも。
「抜かせるかあぁぁぁっ!!」
思わずそう叫び、更に加速した。
これで勝って、ユリノのライバルに………親友に…。
───アタシが………っ。
『内エドヒガン抜いた!エドヒガンが先頭だ!!!コールドブラデッドは伸びが苦しい!!』
ダメだ。伸びない。足が前に行かない。
さっきまで疲れなんてなかったのに、もう限界なの?
もう勝てないの?
『エドヒガン、後続を3バ身離して差し切った!!GI初制覇を飾りました!!』
電光掲示板にはレコードの文字。
───あぁ、また負けた。
さぁ、ついにこの日がやってきました。
天気には恵まれなかった府中のターフに、18人の優駿達が集いました。
数々の関係者の思いが乗ったこのレースで、一体誰が栄光を掴むのか!
──沢山の夢を乗せ、日本ダービーが今……スタートしました!!
コメント
6件
次の日本ダービーも出る予定オクシデントフォー?
・いつも出てくるオクシデントフォー 逃げウマ娘オクシデントフォー。今のとこほとんどのレースに出てきているが、コールよりもユリノと対戦した数が多い。でも実は、主がモブウマ娘の名前をググるのがめんどくさいため、いつも登場させている。(この物語の中の)適正はユリノとほとんど同じ。
エドさん登場回!!!