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ユリノに合わせる顔がなかった。

どうしてもどうしても勝ちたかったのに、勝てなかった。なんで?なんで…?

全力は出した。いっそ全力をも超える“何か”がアタシにありでもすれば………。


そんなことを考えながら机に突っ伏していた。


美浦寮のとある一室。

いつもルネと一緒に過ごしている部屋。

でもルネはもう寝た。ルネはいつも早く寝る。


………次走はダービーか。


出てもいい。でもただの恥さらしだ。

一生に一度の晴れ舞台。でも出てもおそらく勝てない。

それに、アタシはまだまだ未熟だから………。


部屋着は着ている。もう寝よう。

そして、明日トレーナーに伝えよう。


────東京優駿には出ない、と。




「…………いいの?後悔しない?」


そっと、トレーナーはアタシに聞いた。

トレーナーは、アタシの出る予定だったダービーに向けた書類をクシャリと握った。

申し訳ないな。


「……うん」

「…………じゃあ、天皇賞に向けたトレーニングに急遽変更…か。今日は放課後トレーニングなしね。マイルカップ頑張ったから、友達と遊んできたら?」


トレーナーはそう言って作業を再開した。

全く外面だけはいいんだから。

そう思いながらも、少し迷っていた。


ユリノは、今日空いてるだろうか。


「ほら、今日は白い子と楽しく遊んできな〜」


しっしっとトレーナーは手を振った。

アタシは荷物を持ってここの部屋から出ていく。


「じゃ、また明日ね」


トレーナーはそう言うも、アタシの顔は見なかった。

目線はノートパソコン。何を調べてるのかは知らない。

………担当トレーナーなんだから、もうちょっとアタシのこと見ていて欲しい。


そんな戯言を頭の中で並べながら、トレーナー室のドアを閉めた。




レーストラックは……やっぱり人とウマ娘がいっぱいだな。

ユリノは、スピカだっけ。

そんなこと考えなくても、白くてちっちゃいからわかりやすいけど。


トラックの周りを探してみる。

意外にも見つからなかった。


「ほらぁー!もっと気合い出せぇぇ!!」


一際大きい声が聞こえ、声の方を見てみる。


「…………」


前走でアタシに先着した子だ。

名前は……エドヒガン。

隣はトレーナーかな。小さい男の人だ。


「……声の割に体は小さいんだな」


自分の体を見てみる。

身長は170センチ越え。この体見る度、母さんは嫌味を言ってたっけ。

『なんで、コールちゃんはこの前までちっちゃくて可愛かったのに……』…──きっしょ。


こんなこと思い出しても、仕方ないのだけれど。

毎日夢に出てくるから、自然に脳裏に張り付いている。


「───あれ、コール」


後ろから聞きなれた声が聞こえた。

ゆっくりと後ろを振り返る。

ユリノだ。アタシの……友達。


「……最近話してくれなくなったけど、何かあったの?」

「あー、いや。最近トレーニングがキツくて、あんまり話しかけられなかったんだ。ごめん」

「………そう」


咄嗟に嘘を言い、なんとか納得させる。

ユリノはいつもの無表情でアタシを見る。


いつもと同じで、少し違う。


「………ねぇ、この後空いてる?…って、ダービーあるよねごめ───」


ハッとして、すぐ謝ろうとする。

そうだ、ユリノは皐月賞ウマ娘だ。クラシックウマ娘だ。

アタシとはきっと“格”が違う。アタシに付き合ってる暇なんてないのかもしれない──


「───空いてるよ」

「えっ」


予想外の回答。

本当にいいの?そう聞き返す。


「うん。友達とお出かけしてみたかったの。ルネも誘おう?」


まるで青春を夢見た田舎の純粋無垢な少女のよう……実際そうなんだけど。確か出身も石川とかだったよね。

ルネも……。


「………いや、2人で行こう」

「分かった。着替えてくるから、待ってて」


そう言って、ユリノはアタシの方に走ってった。

いつもと変わらない、無表情で。




いろいろと店を回った帰り道。

アタシは右手に、ユリノは左手にドリンクを持ち、河川沿いを歩いていた。


「……ダービー、楽しみにしてるからね」


ユリノは夕日を浴びながら言った。


「一生に一度しかないダービー。沢山のウマ娘が憧れ、夢破れ、ひと握りのウマ娘だけが挑める舞台。そこでコールと走りたい。マンガみたいに熱い勝負を交わしてみたい。………コールとまた」


いや、違う。

勝利を望み、熱い勝負を望んだ少女の瞳。

その目には勝利が見えているのかもしれない。

自分が勝つ姿が。


「…………でも、アタシ──」

「マイルカップのこと気にしてるの?でも出れるじゃない。2着だったんだから」


出ないということ。ダービーに出ないってこと言わなきゃ。


「ダービー一緒に走ろ。約束」


そんな約束はアタシに聞こえてはいなかった。

言わなくちゃ、もうアタシ、ユリノの1番の親友じゃなくなっちゃ───


「───…コール、大丈夫?」


ユリノはアタシの方を向いている。

自分という王者を見据えた瞳には、アタシの格好悪い泣き顔が映っている。

大粒の水はアタシの頬を辿り、コンクリートに落ちる。

ぽたぽた、と。


「……あっ…えっ………?」


手を受け皿に涙で濡らす。

その手には少しだけ赤が混ざっている。

まるで、未だに扱い慣れない赤い絵の具のよう。


未だに忘れられない母さんが着せてた紅い紅いドレスのよう。


「コール…?」


ユリノはこっちに駆け寄ってくる。

駆け寄ってくるなり、アタシの目にハンカチを当てた。


「違っ……アタシ……」


不器用ながらもハンカチを当てているユリノの腕を、そっと触った。

ごめん、ごめんね。

アタシ、ダービー出ないの。

ユリノと一緒に、走れないの。




本バ場入場………するところだけど…。

雨だな。とことん雨。

こういう空気、嫌いなんだよな。ジメジメしてるの…。

……………しょうがないか。

今日はダービーだ。コールもきっとゲート前にいるに違いない。

そう思い、1歩踏み出してずぶ濡れになりながらもゲートの前に行った。

僕が出てくると、観客席の方から歓声が上がった。


そっか、僕初めての1番人気だっけ。


会場には僕を呼ぶ声が響いた。

こんなことは2回目だけど、すごいなと今も思う。

僕の耳元を歓声が駆け抜ける。

なんだか暖かい。


─────あっ、


「コール!」


そう言い振り向いた。

ターフにコールはいなかった。


「………あれ…?」


見渡してもいなかった。


『さぁユリノテイオーが登場し、ターフに18人の優駿が姿を表しました。なおコールドブラデッドは直前で出走回避となりました』


…………え?




『さぁ第2コーナー曲がり、向こう正面に入りました18人。1番人気の皐月賞ウマ娘ユリノテイオーは後ろから4、5番手の位置でレースを進めています!』


大雨の中の日本ダービー。右隣にはスピカのメンバーとトレーナーさん。左隣には伊織。今日は何ヶ月かぶりにユリノのレースを見に来ている。


「…………少し、前に行きましたね」

「えぇ。位置取りとしては問題ない……だが最終直線で外に持ち出せるか…?」


スピカのトレーナーさんはただ真剣な表情で言った。

8Rの青嵐賞を勝ったウマ娘は外から伸びて差し切った。コースは皐月賞の時のようにバ場は大荒れ。ユリノは内に埋もれていた。無駄にスタミナを消費しないように……。

勝負服を泥で汚しながらも、ユリノは府中の不良バ場を駆けていた。


「………いや、皐月賞の時の戦略勝ち。あれはユリノのレース勘と華奢な体に秘められたパワーのおかげです。このぐらいのバ場だってきっとこなせますよ」

「…………」


きっとこなせる………と言っても少し不安だ。

何が不安かはよく分からない。この感情が不安なのかも分からない。

だから、


(………勝って)


ただただただただ願うだけ。


『さぁまもなく第3コーナーのカーブに差し掛かるところ!ユリノテイオーはまだ中団やや後ろ!』


3コーナーを曲がった。

残すところは4コーナー………!


「………ユリノちゃんどうなんだよ」


伊織が眉をひそめて言った。


「順っ調………!」


俺は自信満々で言った。


『大ケヤキを過ぎて第4コーナー!オクシデントフォーはリードが少なくなってきた!!』


バ群は横に広がって、ユリノは外の内。

さぁ直線だ。府中の長い直線…!


「…………!待って、あれ……!」


スピカのメンバーの一人…ダイワスカーレットが言った言葉にハッとする。


「斜行!!?」


ユリノより外にいたウマ娘が、無理やり内に切れ込んで来た。

そしてユリノにぶつかった。

ユリノは少しバランスを崩した。


「危ないっ!」


ユリノは踏み足を崩し────







───それを弾みに加速した。


『さぁ先頭エドヒガンだが、真ん中ユリノテイオーが!ユリノテイオー勢いよく上がって来たあぁあ!!』


他のウマ娘と明らかに脚色が違う。

1人、2人、3人、4人………エドヒガンを抜かした。

瞬きする間に先頭に立った。

俺だけじゃなく、伊織も、スピカのトレーナーさんとメンバーも呆気に取られて見ている。


『ユリノテイオー凄い脚だ!!エドヒガンをあっという間に交わし先頭に立った!!』


差は縮まらない。縮まるどころか、どんどん離されている。


『ユリノテイオー、後続をどんどん突き放す!差は4バ身!5バ身!6バ身!!さぁ二冠ウマ娘誕生の瞬間!!ゴールまで残り100メートルを切った!!』


6バ身、7バ身、8、9バ身………。

もう後続は追ってこない。

独走状態だ。


『ユリノテイオー!ユリノテイオーだ!!後続との差は縮まらない!!』


9。9バ身。

その差を保って、今───


『ユリノテイオー!!後続をちぎってちぎって大楽勝!!差は9バ身!なんとダービー史上最高着差を、白毛のウマ娘が塗り替えました!!!』


ユリノはゴールを通過した後、身を屈め呼吸を整えた。


『ユリノテイオーやりました!菊花賞に続く三冠の道を、目の前に築き上げてみせました!!』


ユリノは観客の方の見ると、凛々しく二本指をあげた。


俺も、兄としてなんだか誇らしいな。






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