♪テテテン⇗テテテン⇘テテン⇘テン⇗
まださほど明るくない部屋にマリンバの音が響き渡った。俺が昨夜寝る前にスマホでセットしたアラームだ。いつもは7時に鳴るようにしているが、今日は校外学習で集合時間が早いので5時半にセットしてある。布団との別れを惜しみながらスマホの元に向かい、アラームを切った。枕元にスマホを置いているとアラームを切った瞬間、直ぐに二度寝をしてしまう。それを防ぐためにあえてスマホはベッドから2mほど離れた棚の上から2番目の段に置いてある。ここだとスマホを取るために背伸びもしなくてはならないのでさらに眠気覚ましに効果的なのでは、と思って始めたのだが…言うほど意味あるか?まぁいいや。それにしても、こんな時間に起きられたのはいつぶりだろう。こりゃ『全米が泣いた』と言ってもいいんじゃないかねぇ(笑)。
「行ってきます」
家族はまだ誰も起きていない。しかし『行ってきます』『ただいま』だけは必ず言わなくてはならないというような暗黙の了解的なのが我が家にはある。なんだかもうすっかり慣れてしまった。
「冷たッ!」
チャリのサドルにうっすら氷が張っていた。手で払い除けた後もなんだか座ろうという気にはなれなくて暫くは歩くことにした。
3分ほど歩いて団地の出入口にさしかかろうとしたところで、
「待ってー!」
後ろから物凄い勢いでチャリに乗った奏弥がやって来た。
「はぁはぁ……ふぅ…追いついた」
「奏弥、今日は俺が起こしに行かなくてもほんとに自力で起きられたんだな」
「いやーまぁ?ちょっとは楽しみにしてた、と言いますか?」
少し得意げな奏弥の顔が少し赤く照らされていることに気づいた。
「お、日の出ってやつか」
「ああ、綺麗だな」
団地は高台にあり、学校方面に通じる出入口は東側にある。周りは田んぼだから遮蔽物も少なく、ここで日の出を見たら綺麗なんだろうな、とは前々から思っていたが実際にこの目で拝むのは初めてだ。
「………」
「………って遅れる遅れる!のんびりしてる場合じゃないよ!」
危ない。ついボーッと眺めてしまっていた。奏弥に急かされ、ようやくチャリに乗ろうという気になった俺は坂を下って学校へ向かった。
「学校集合組67人全員揃いました」
「ご苦労。では私達も乗りますか」
学年主任の継原 満先生に報告し、私──実澄 恭子は校庭に2台並んだバスの校舎側、2号車に乗り込んだ。教員になってはや5年。やっと日常の様々な業務には慣れてきたものの、校外学習だとかはやっぱりすぐに慣れるものではない。『家に着くまでが校外学習』とは子供の頃からよく言われていたが、全くその通りで学校に帰ってきてからも気が抜けないのである。緊張による寝不足で大きなあくびをしながら車内を見渡すと、やはり今にも寝そうな生徒たちが何人もいる。私と違って楽しみで寝不足になったのかな。なんとも幸せそうで庇護欲が掻き立てられる。
「みなさん席に着きましたかー?」
………シーーーン
まぁもう15歳16歳の子たちだ。恥ずかしがってそこで元気よく返事するとはあまり思えない。ま、返事があろうとなかろうと全員いることはわかってるんだけどね。
「では廣野さん、まずは集合場所までよろしくお願いします」
うちの学校は結構離れたところから登校してくる生徒も少なくない。だからあちこちで生徒を拾って、予め決められた集合場所まで各々指定された最寄りのバス乗り場から向かい、そこでクラス別にバスを乗り換える。何年もこの学校の校外学習や修学旅行に携わってきたバス運転手の廣野さんもよく分かっているようで「うむ」とだけ言って改めてハンドルを握った。
「ふああああ…」
なんとか時間に間に合って良かった。バスの席に座るとなんだか急に眠気が襲ってきた。
「お?もう眠いのか?せっかくの校外学習の行きのバスで秒で寝るとか敗者だな」
…なんか奏弥が煽ってくる。けど寝たくないのは俺も同じだ。特にみんなのいる所では。でも時間が時間だけに仕方ない。だってまだ7時前。普段なら寝てる時間だ。
「よし、じゃあそうだな。しりとりでもするか?」
「…ああ、そうだな」
ここは奏弥の提案に乗ることにした。すると
「いいじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」
「迷惑にならないなら僕もご一緒して大丈夫かな?」
1つ前の席に座っているクラスメイトの武本 清雄と崎津 俊也が席の隙間からこちらを向いて会話に入ってきた。
「いいんじゃね?」
「ああ」
俺たちが承諾すると、早速しりとりが始まった。奏弥から時計回りに俺、武本、崎津の順でするそうだ。
「じゃあ最初はしりとりの『り』」
「りんご 」
「ごま」
「ごまか…えっ?ごま!?てっきり『ゴリラ』ってくるものかと…」
「それじゃあ普通すぎるだろ?」
「それもそうだな。じゃあ…」
{……One hours later}
「ジョン・フレデリック・ダニエル」
「は?また『る』かよぉ……てか誰だよw」
「ん?あぁ、ダニエル電池の人だぞ」
…にしても、よくこんなに続いてるなぁ。もう何周したかわからない。そして誰も脱落してない。
「『る』攻めキッショ。降参で」
あ、武本が諦めた。意地でも『る』攻めを続けて良かった。さて、そうこうしてる間に他のバスとの合流地点であるサービスエリアまであと1kmとの看板が見えた。俺たちは6組。6号車に乗り換えなくてはならない。あーめんどくせ。武本が諦めたし時間的に、と自然な流れでしりとりは終わり、みんな荷物をまとめ始めた。
───プルルルル
「あ、もしもし。実澄です。……はい、あともう数分でそちらに着きますんで。……はい………わかりました。では」
私は電話を切って、思い思いに過ごしている生徒たちに声をかけた。
「はい、じゃあもうすぐサービスエリア着くんで、2組以外はカバンも持って、一旦全員トイレ休憩とします。2組以外はこのバスに戻ってくんなよー」
毎年ここでバスを乗り間違えるバカが1人はいる。面倒だから今年はいなければいいのだが…
そのようなことを考えている間にバスは駐車場に入り、既に到着していた他のバスに並んでゆっくり停車した。
(……To be continued)
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