第24話:アルルの盾
早朝の魔王城。
淡い光が石畳を照らし、風が静かに草花を揺らしていた。
その中庭で、トアルコは手作りの花壇を整えていた。
茶色の髪には寝癖が残り、袖には泥がついている。
けれどその表情は、穏やかだった。
「……やっぱり、この花、好きだなあ……」
その瞬間――
「伏せろ、トアルコ!!」
叫び声と同時に、空気が裂けた。
鋭く放たれた黒い槍が、一直線に彼を狙う。
だがその軌道を遮るように、ひとりの影が飛び込んだ。
アルル・ヴィノエ。
金髪が風に広がり、緑の瞳は恐れを知らぬ光で満ちていた。
「ぐっ――!」
槍は彼女の肩をかすめ、石畳へと突き刺さる。
「アルルさん!?」
駆け寄るトアルコの顔に、血の気が引く。
アルルは肩を押さえながらも、にやりと笑った。
「……あんたって、本当に“狙われる体質”よね……」
すぐさま現れたリゼとパクパクが周囲を警戒し、
刺客の姿を確認しようと動く。
しかし、刺客はすでにその場にはいなかった。
「なぜ……庇ったんですか。もう、剣を置いたはずなのに……」
トアルコが問いかけると、アルルは少し間をおいて、こう答えた。
「“誰かを守る”のに、“肩書き”なんて要らないって……あんたに教えられたからよ」
その目に宿るのは、かつての“使命”ではなく、いま目の前にいる“ひと”のための強さだった。
「私はもう、勇者じゃないけど。
でも、守りたいものくらい、勝手に決めていいでしょ」
トアルコは、じんわりと目を潤ませながら微笑んだ。
「……はい。ありがとうございます。ぼく、ほんとに守られてばっかりで……」
「いちいち泣くな、やさしい魔王」
傷の手当てを終えたあと、
アルルは包帯を巻いたまま、そっと花壇の花を見つめていた。
「ねえ……私のしたこと、また誰かを“傷つける選択”だったと思う?」
「……ぼくは、すごく“救われた”って思ってます」
トアルコの言葉に、アルルはほんの少しだけ、目を細めた。
それはかつて“正義”に縛られていた少女が、
“優しさ”の中で自由を手に入れた、証だった。