第25話:世界会議
場所は、中立地帯エスペラルに浮かぶ空中議場。
透明な床の向こうには、広がる雲海。
その反射を受けて光る円卓を囲むのは、五大国と数十の自治領から集まった代表者たち。
その中央に、ただひとり。
トアルコ・ネルンが立っていた。
茶色の髪は丁寧にまとめられ、緊張のせいか背筋がぴんと伸びている。
けれど、その瞳には揺らがぬ意志が宿っていた。
「議題はひとつ」
進行を務める中立代表が告げる。
「“魔王は、敵であるべきか”──
そして、“しあわせとは、個々が選ぶものであるのか”」
最初に声を上げたのは、ノラ王国の代表。
灰色の長衣をまとった初老の女性だった。
「“個人の幸せ”は気まぐれで、不安定だ。社会の秩序を揺るがす火種になりかねない。
トアルコ氏の思想は“悪意なき崩壊”を招く恐れがある」
「……でも、誰かに“こうしなさい”と命じられて得る幸せって、
それはほんとうの幸せでしょうか?」
トアルコの声は静かだったが、どこか芯の通った響きがあった。
続いて発言したのは、機械都市ローテスの統括官。
顔の半分を機械に覆われた青年だった。
「あなたの“願い”により、一部の都市システムに干渉が発生した。
その力が制御不能である以上、排除対象とするのが合理的だ」
「……たしかに、ぼくの願いは、強すぎたかもしれません」
トアルコは少しうつむき、深く息を吐いた。
「でも、それを止めるのも、向き合うのも、選び直すのも……
“ぼく自身”でなければいけないと思うんです」
「誰かの痛みを、別の誰かが勝手に決める──そんなことは、もうしたくありません」
ざわり、と円卓に微かなざわめきが走った。
「……君は本当に“支配”を望まないのか?」
重い声で問いかけたのは、軍事国イゼンタの代表・アラド将軍。
金の軍服に深紅の瞳。まるで鋼のような存在感でトアルコを見つめていた。
「争いがなくなるのなら、誰かを従わせるべきだ。
そう考える者は、今も多数いる」
トアルコは、一歩前に出る。
「“誰にも従わなくていい”という自由も、
“誰かを頼りたい”という不安も、ぼくはどちらも肯定したい」
「人は、自分の速さで、しあわせを探していい。
その歩みを、互いに支え合える世界を目指せたら──
きっと、“戦わずに選べる道”も残せると思うんです」
しばし、沈黙。
それを破ったのは、王子エルグだった。
「……私は、彼と共に過ごした」
「彼は理想を語る者ではあるが、決して現実から目を背けたことはない」
「その在り方は、“武力によらない選択肢”を残す、
わずかにして最後の道だと、私は信じている」
会議の結論は──保留。
けれど、それは否定ではなかった。
この日、トアルコ・ネルンは「世界の中央で、魔王として語った者」として、
新たな歴史の一節にその名を刻んだ。
議場を出たところで、リゼがぽつりと言った。
「……よく言えたな」
「はい。……正直、途中で倒れるかと」
「倒れなくてよかったな、“魔王”」
「“やさしすぎる発言者”って言われないか、ちょっと心配です……」
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