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場所は、中立地帯エスペラルの空中議場。
透明な床越しに広がる雲海、白銀に輝く円卓には――
五大国と数十の自治領から集った代表者たちが並んでいた。
その中央に、ひとり。
トアルコ・ネルンが立っていた。
茶色の髪をきちんと整え、緊張で背筋をまっすぐに。
けれどその目は、どこまでもまっすぐだった。
「議題はひとつ」
進行役の中立代表が告げる。
> 「“魔王は、敵であるべきか”――
そして、“しあわせとは、個々が選ぶものであるのか”」
最初に声を上げたのは、ノラ王国の代表。
灰色の長衣に身を包んだ初老の女性だった。
「“個人の幸せ”は不安定で、社会の秩序を揺るがす。
トアルコ氏の思想は“悪意なき崩壊”をもたらす可能性がある」
「……でも、誰かに“こうしなさい”って押しつけられる幸せは、ほんとうに幸せなんでしょうか?」
トアルコの声は小さく、けれど澄んでいた。
続いて、機械都市ローテスの統括官が語る。
「あなたの“願い”によって一部システムが干渉を受けた。
その力が制御不能である以上、排除対象とみなすのが合理的だ」
「はい……たしかに、ぼくの願いは強すぎました」
「でも……止めるのも、選び直すのも、“ぼく自身”でなければいけないと思うんです。
誰かの痛みを、誰かに代わって決めることは、もうしたくない」
会場に、静かなざわめきが広がる。
「……君は本当に“支配”を望まないのか?」
そう問うたのは、軍事国イゼンタの若き代表、アラド将軍。
金の軍服に、深紅の瞳。鋭い眼差しでトアルコを見下ろしていた。
「争いがなくなるなら、誰かを従わせるべきだ――そう考える者も多い」
トアルコは黙って、一歩、前に出た。
「ぼくは……“誰にも従わなくていい”っていう自由も、
“誰かを頼りたい”っていう不安も、どちらも肯定したいです」
「だれもが、自分の速さで、しあわせを考えていい。
それを支え合えるようになれたらって、そう思ってます」
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、王子エルグだった。
「……私は彼と過ごした。彼は“理想家”ではあるが、
現実から逃げたことは一度もない」
「その在り方は、“武力によらない可能性”を残す、数少ない選択肢だと信じている」
会議の結論は――保留。
しかし、否定ではなかった。
トアルコは、初めて“世界の中央で語った魔王”として、歴史に刻まれた。
会場を出るとき、リゼがぼそりと言った。
「よく、言えたな」
「はい。……正直、途中で倒れるかと」
「倒れなくてよかったな。魔王」
「“やさしすぎる発言者”って呼ばれないか、心配です……」